第2話 従姉妹の助言

寮に戻ったわたしは、上級貴族にだけ使用が許されている魔術具を使いお父様に緊急連絡を取った。

いくら仕事中だったとはいえ、フラベル公爵子息からの告白は喫緊の課題であるはずなのに父からの返答は「パウリーナのしたいようにしてくれて構わない」だけだった。

お父様はわたしに興味がないわけでも、邪険にしているわけでもない。それどころかむしろ、とても大切にされていると思う。

お父様は文官としては領内でも優秀だが、権力の意味を心の奥底から理解しておらず、何事も楽観視しすぎてしまう欠点がある。

前フェリシス公爵の長子でありながら、爵位継承者を降ろされて(本人も降りたがっていたようだが)伯爵となったのは、その楽天的すぎる性格が大領地の当主には向かないと判断されたためでもある。


「もう、ホントに。どうなっても知りませんからね」


対になっている魔術具との通信が切れて、赤色から白色に変化した魔術具に向かって吐き捨てるようにいった。


「あら、パウリーナ。どうかなさったのですか?悩みでもあるなら私が相談に乗りますわ」

「そうね、お願いするわ」


彼女はプルデンシア、フェリシス公爵の長女でわたしの従姉妹に当たる人だ。歳は一歳上で、魔術具科の前年度の五年生最優秀者だ。公爵に似て、とても美しく聡明な女性である。

小さい頃からよく遊んでいたこともあって、わたしの中では家族を除けば一番仲が良い親友だから、わたしはハンスから告白されたこと、デートの行き先が魔獣狩りに決まったことを相談した。


「それは災難だったわね。静かな所にいたい貴女と外で魔獣退治をするのが大好きなハンス様は価値観が一致しない相手ですわね」


一通りわたしの話を黙って聞いていたプルデンシアは扇を口元に当てながら言った。明言は避けたが、ハンスは暑苦しいから余計にわたしとは合わないと言われたような気がする。


「でも、あの方は遊びでそのようなことを言う方ではありませんわ。私が調べた限りではハンス様が言い寄ってこられる女性に靡いた話は聞いたことがありません。魔獣退治が好きすぎるのは些か難点ではありますが、少なくとも恋愛面では信用のおける殿方ですわ」

「そうだったのですか!?」


偏見も混じっているが、普段たくさんの女性に囲まれているハンスは何となく女性関係がだらしないイメージがあった。言い寄ってもいないわたしに告白をして来たのだから本気度はあるだろうとは思っていたが、どこか信用していなかった。


「それにあの暑苦しさと強引さもフラベル出身の者だと考えれば理解ができる範疇内です。かの地では魔獣の発生もフェリシスに比べてとても多いそうですから魔獣退治は日常行動なのかもしれませんわ」


フラベルはサングレイシア王国の最南端に在ることもあって、冬でも雪がほとんど降らず、夏用の服で過ごしている人もいるほど気候が温暖だ。

それに加えて、魔獣の数は異様に多い。聖霊力は聖地やシャトレの神殿の神官たちによって特に潤沢に注がれているそうだが、元々の魔獣の数が多いのか、サングレイシア王国の他の領地と比べると二倍近くある。

祖母がシャトレ公爵一族で、現在の公爵一族に聖霊力を多く持っている人が多い、フェリシス公爵領と比べると五倍近くに上るそうだ。

フェリシスでも魔獣対策に苦戦しているのに、その五倍もあったら領地が崩壊してしまうのではないか、と十歳ながらに心配した覚えがある。

そのため、一人一人が強くなくては、農民が苦労して育てた作物が魔獣の餌にされてしまう。

だから、フラベルでは上は公爵から下は平民まで、全員が魔獣を退治できるように子供の頃から訓練されて、必死に作物を守っている。

それを証明するように、騎士科の実技最優秀はここ二、三十年途絶えることなくフラベル出身の貴族が占めているし、今でも平民から騎士になる者が一番多いのもフラベルだ。


「そう考えると、ハンス様はフラベルの一般的な人のような気もしてきました」

「何度かデートをしてみて、それからハンス様の告白を受けるのか決めても遅くはないと思いますよ。それから、次はパウリーナの好きな場所を提案してみてはどうですか?」

「わたしもそうしようと思ったのですが、あの大きな身長の前に立つと身が竦んでしまうのです」


時間が経てば慣れてくるとはいっても、それは今日明日のことではない。

わたしの性格を家族の次くらいに熟知しているプルデンシアはハンスにデート場所を提案する術を頭を捻らせて考えている。


「それなら、行きたい場所や日時を事前に紙に書き起こしておいて、次のデートの約束が来たときに紙を渡せば良いのではないでしょうか?」


確かにそれならば声を発する必要がないので臆することもないし、強引に進んでいくであろう話を遮ることもできる。


「それは名案ですね。そうしましょう」


わたしは思わず感嘆の息を吐いた。それに紙を見て話を聞いてくれるかどうかで、本当に信頼できるのかを確認することもできる。


「もう一度言っておきますが勢いに押されて告白を承諾してはいけませんよ。そして、どうしても合わないと判断した場合は私を頼ってくださいな。パウリーナの代わりにお断りを入れて差し上げましょう」

「ありがとう」


時間を掛けて関係を深めつつ、彼の本当の一面を見いだしなさいということらしい。

プルデンシアは頼っても良いと言ってくれたがそれは最終手段だ。頼ってしまえば全ては解決するだろうがそれはわたし自身が一人では何もできないと認めることになるし、何よりも権力に頼った形になってしまうからだ。


その後は楽天的すぎるお父様への愚痴や他愛のない噂話に会話の花を咲かせているうちに、気づくと終鈴の時間を過ぎてしまっていた。


「明日の予習がありますから、そろそろ部屋に戻らないといけません」

「あら、もうそんな時間ですわね。決して一人で無理をしないでね。がんばってね」

「わかったわ。ありがとう。じゃあまた明日」


わたしはプルデンシアに軽い会釈をすると、部屋を後にした。


「噂によると、彼は一途だそうだから断っても何度でも告白してくるわよ」


部屋の去り際にプルデンシアから放たれた言葉をわたしが聞くことはなかった。

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