第43話 入道雲

少し離れただけだった。


主人は期待と嬉しそうな表情をしていたはずなのになぜかとても空気が重い。


「結理、何かあったか?」


「・・勉強しに行ってくる。彩夜のことよろしく」


「ああ」


縁側に座る少女を見れば、こっちここっちで表情が固い。


「あの・・喧嘩をしたとか?」


「違います。喧嘩だったら・・よかったんですけど」


妻の方を見たが、ただ首を振られた。少女との関係は主人の機嫌に大きく関わる。


「話して貰えたりはしますか?」


「・・私、ここにいていい人間じゃないんです。奏さんの気まぐれでここにいるけど、そのうちお家に帰らないといけなくて。・・いつか結とも2度と会えなくなるだろうから、近づきすぎるのはやめようって言いました」


少女は泣きそうなひどい顔をしていた。それを言われた結理よりも傷ついていそうな。


「未来を知っているのは本当ですか?」


「・・・だって未来から来たのですよ。私にとってはここは言葉が通じるだけの異国の土地のような感覚です。本当に外国だったらよかったのに」


だから結理のたどる未来を知っている。結理の隣に立つ相手が自分では無いことをわかっているから、あれほどその相手に好意を示したのだろう。


「私、知らない人とは仲良くなるのが下手で苦手なのに結はにゅって側に来てしまうのですよ。お兄ちゃんとか付き合いの長い友達とか、それくらいの距離に入ってきて・・」


「彩夜ちゃん・・」


妻が彼女の側に行って抱きしめ、優しく頭を撫でている。こうして見れば姉妹のようで。


「歴史を変えるわけにはいきません」


もっと幼いと思っていた。けれど、事の良し悪しを考えられるほどには成長しているらしい。


「では、結理の兄弟のことについて何か知らないか? 2人いるんだ。双子と弟にあたる人が」


「あまり調べなかったので、・・でもこの時期から他の国との交流が活発化したって書いてありました。特に3つの国と」


藍国がここだとしたら、この辺りとここと・・と手で説明してくれる。。


「それで、当時の王は血縁があったのではないかという説もあったりなかったり。顔が似ていたとの記録はあるそうなのですが、それの時代がはっきりとは不明らしいのでなんとも・・」


どれくらい先の未来で知った情報なのかはわからない。違うようになって伝わっている可能性もあるため信用はできないけれど、参考にはなるだろう。


「というと?」


「その次の代に多く姫?がお隣の国に嫁いでいるらしくて、えっと・・藍の姫がお隣に行って、別の国の姫がまた別の国に行ってって感じです」


今はうちはもちろんのこと、他の国も交流が少ない場所が多い。

これから状況が変わるのか、もしくは数代先の話だろう。


「未来はどのような場所で?」


「私みたいにしっかりしてなくても普通にやっていけるくらいのんびりしている場所です。大人になったら大変とは聞いています。でも安全な世界ですよ」


「色葉の一族は?」


「身分制度が無い場所なのです。貧富?の差はありますけど・・だから子孫はいるんでしょうけど詳しいことは」


少なくとも、私たちが生きている時代に存続の危機に陥ることはないのだろう。


「言ったことはあんまり広げないでください」


「彩夜ちゃん、そんな顔しないで。細かいところは私がどうにかするからさ」


また出てきた奏様。さっきまでふらっとどこかへ行っていたはず、この人は暇なのか?


「私が勝手にしたことだから気にしなくて良いんだよ? そもそも彩夜ちゃんのいる未来はこの今の先にあるんだから、変えるとか変えないなんて特にないの」


「そうですか?」


「今日はそろそろ帰らないといけないし、私から一つ贈り物をしよう」


彩夜に対して妖しく近寄る奏様。止めた方がいいのか、わからない。


「?」


「今の一番の悩みを解決してあげる。なんでも言ってごらん」


「あっちにいる時、急にちっちゃい子供の鳴き声が聞こえて・・頭がガンガンするから困ってます」


躊躇いがちにそういった。

そんな不思議な現象が起きるのはさすが奏様のお気に入りというべきか。


「へえ・・、そういう時期ね・・。でも緩んでないみたいだから、ちびちゃん達の能力のせいかな。どうしようか? どうせそのうち解けるわけで・・」


首を傾げながら何やらぶつぶつと呟く奏様。


「奏さん?」


「他に無いの? この悩みでも良いんだけど・・」


「・・早く役目とやらは終わらせて欲しいですけど」


「それは私の管轄外なんだよねー。今開いちゃってもちょっと無理だろうし、せめて半年は後じゃないと」


「どうしてですか?」


二人にしかわからない内容なのだろう。なんの話なのかわからない。

関係ない話をちゃんと聞くのも躊躇われて背を向けておく。


「まだ二人とも成長しきってないから。もうちょっと力の全体量が増えないと危険なんだよ」


「じゃあどれくらいまで増えれば良いのですか?」


「私を軽く上回るくらい。慣れるまでは制御に苦労するけど、その後は便利だと思うよ」


「どうすれば増えますか? 奏さんがとってもすごい人なのは感覚でわかっています」


聞こえてきた内容につい聞き耳を立てる。

この少女が奏様を超えるはず? それは・・


「何もしなくても成長と共に増えるから。生まれた時点でどこまで増えるかはほぼ決まってるの。だからね、これから負担が大きいかもしれないからその時は安心できる人たちのところに行くと良いよ」


「? 奏さんは怖いこと言いますね」


結理も同じなのではないだろうか。だとすれば、これから能力はさらに成長して、負担も増えて。

なんの能力も持たない私に支えられるだろうか?


色持ちの能力は精神状態が大きく関わるらしい。不安定だとそれだけ暴走する危険も大きくなる。


「・・どうするべきか」


遠い昔に感じた無力さにまた包まれるような心地がした。

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