第42話 結理、空回りする

「陸、コツって何?」


「・・何を聞きたい?」


静かな部屋に2人、真剣な顔で陸と向きあう。


「認める。微塵も意識されてないのはちゃんとわかった。・・いつ帰っちゃうかわからないから」


「親が決めた結婚だからなんとも言えないが、噂によると一緒にいたいと思わせるのが良いらしい」


「兄みたいって言ってくれてるから安心する存在ではあるかも。でも、前より距離を取られてるような」


きっと背が伸びたせいだ。彩夜は前から知らない人には近づかない。特に大人にはその傾向が強い。大人と認識されてしまうと・・。


「服に落ち着く香りのする香を焚いてみるのはどうだ? その上で色々と・・」


「色々っていうのは?」


「どうしていたか・・。確か他愛のない話をしたり、それとなく褒めてみたり・・気持ちを伝えたり」


他愛のない話は延々とできる自信がある。褒めるのもできる。けれど気持ちを伝えるのは難しい。


「気持ちってどうしたら良いのかな?」


多分、彩夜のことは好きだ。でも世の中の好きは色々あることくらい知っている。


「好きか? 一緒に居たい、誰にも取られたくない、仲良くしたい、恋人になりたいとか色々あるだろう?」


「仲良くしたい。取られたくない。一緒にいたい」


「その後は?」


彼女は遠い未来で生まれた存在。本来ここにいるはずがない存在。


「子供のうちは親しくても大人になれば距離ができるのはよくある話だ。そもそもどうして彼女にこだわる?」


「幼い頃に一回会ったの。それから5年以上経って再会して、今度は半年くらい経ってまた会えた。・・初めて会った時から忘れたことがなくてまた会いたいって思ってたから変わることはないと思う」


幼い頃の五年間はとても長い。それでもずっと会える時を待っていた。だからあの日はとても嬉しかった。


「数ヶ月の間にあれくらいの姫には何人もあっただろう?」


「なんか・・彩夜は会った瞬間にこう・・・、説明はできないけど感覚的な何かがあるっていうか」


「向こうも感じているなら可能性はあるんじゃないか? 色持ちはそういう事があるらしい」


陸は特別な能力は持っていない。だから色持ちのことに関してはらしい、ということになってしまう。


「どんな?」


「波長? よくわからないが何かが合う色持ち同士は酷く惹かれ合うらしい。執着と言えるくらいにな」


綺麗とは言い難いこの気持ちにもピッタリはまる気がした。同時にそれを彩夜に向けることに後ろめたさも感じる。


「奏様が夢がなんとかとか言っていたがあれのことは聞いても?」


「内容はよく覚えてないけど、見たらすごく疲れる夢。大事な子と会って愛して・・なんか最後にとっても悲しくなるの」


脳裏に浮かぶのは黄色。それに桃色。ふわふわで暖かかった。


「奏様のことだから何かお考えがあっての事だろう」








「彩夜、あのさーーー」


今日はやたらと結理が話しかけてくる。それになぜか距離も近く、ついでに服から香りが漂っている。


「彩夜、どうした?」


「・・香?だっけ? 今日はつけてるんだね」


「城に行くときはつけるんだけど、ちょっと香りを変えたらしくてどう?」


答えづらい。正直に言えば好みではない。けれど言い方によってはかなり傷付けてしまうような・・。


「ちょっと・・私の好みじゃないかも。えっと、苦手なのが多くて・・」


柑橘系の香りは好きだけれどラベンダーですら昔は苦手だった。少しずつ平気になってきたが苦手なものの方が多い。


「香のことはよくわからないけど・・香り付きの線香っぽい香りだね」


ふと顔を上げて・・目の前には固まっている結。沈黙の数秒に自分の言葉を思い出して・・。


「あ! 違うよ。その・・私が暮らしてるところでは香りのついた油を使うことが多くてね、雰囲気がずいぶん違ったから一番近かったのが線香なだけで・・」


いくらなんでも仏壇に添える線香に例えるのがあんまりなのは分かる。けれど他に似ているものを考えても・・


「蚊取り線香? 香り付きの・・」


口を塞ぐが遅い。きっと聞こえている。いや、この時代に蚊取り線香がなければセーフ?


「蚊取り・・・線香」


どうやらアウトらしい。


「あのね、私はいつもの結のままが良いと思うよ。何かあったの?」


私が来たことで起きている変化ならば帰る前に元通りにしなくてはいけない。


「いや、ちょっと色々失敗しただけだから。あのさ、その・・・えっと・・・」


「結、私はそのうち自分のお家に帰るでしょう? 陸様が結はあんまり外に行かないって言ってたから・・」


「一緒に町似行ってみる? たまにはそういうのもいいかもしれない」


「いつかお別れするしかないんだよ? あんまり近づくのはやめようよ。その時すごく寂しくなるだけだよ?」


やっと半年かかってその存在を忘れかけていたのだ。


「そうだけどさ、いる間くらい・・」


「結はいいよね、私がどうなるかなんて知りようが無いし。でも私はちょっとネットで検索したら分かっちゃうの。新しい事実がどんどん発見されていくんだよ?」


ネットなんて言葉を知らない結にはどうせわからないだろうけれど。こっちだって色々考えているし、その上で距離を置こうとしているのだ。


「彩夜、何を言いたいの? おれと過ごすのは嫌だった?」


「違うよ・・どうでもよかったらもっと楽だったのに。結も奥様もみんな優しいから・・」


怖くてこの未来を深く調べられなくて。もしも結理が一般人なら歴史に残るはずがないからまだよかった。けれどここの人たちは皆それなりに地位がある。


なぜだか知らないけれどこの時代の資料は特に綺麗な状態で豊富に残っているらしい。


「ごめん」


結理が伸ばしかけていた手を引いていった。目は伏せられたまま。


こんな言い方をしたかったんじゃない。傷つけたかったわけではない。どうしたらいいのかわからない。


「私こそ」


そこには重たい空気だけ。聞こえるのは冷たい冬の風の音。


なぜだか異様に寒く感じられた。








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