第39話 羊雲
「彩夜ちゃん、今日はお城の方へ行って来ようと思うのだけれど一緒に行かない?」
久しぶりの過去へ来て数日、すっかり仲良くなった奥様にお散歩へ誘われた。
「私なんかが行っても大丈夫なのでしょうか?」
コンタクトレンズはいくつか持っているから問題ない。けれどここの土地に私以上に身元不明で怪しい人などいないだろう。
「私と一緒なら大丈夫よ。私の血縁ってことにしておくから」
「それは大丈夫なのですか?」
彼女だってどこかの貴族の出身だろう。適当に嘘を言ってもいいものか。
「あら、このあたりの貴族って長い事変わっていないのよ。貴族同士なら数代たどっただけで繋がっているし、貴族では無くなっていく方達も一定数いるんだからこの国に住むものは皆親戚同然じゃない」
確かにいくら遠くともどこかで血は繋がっているのだろう。何も嘘にはならないから大丈夫?
「ではご一緒させていただきます」
ここ数日は敬語の大切さをよく実感する。そこそこだけれどまともに勉強をしてきてよかった。
「じゃあ、まずお着替えからね」
「堂々としていれば大丈夫よ。とってもかわいらしいのだから」
嬉々とした奥様に着飾れられ、慣れない服の上に飾りまで付いていて動きづらい。
「でも、目立っていませんか?」
「かわいらしいからよ。姫よりも綺麗かもしれないわ」
この国のお姫様(結の妹)は私よりはちょっと年上らしい。
双子で可愛らしく、とても姫らしい方なんだとか。
「そんなことはないでしょう?」
「ちょっとつんとした雰囲気の方なの。好み次第って感じかしら」
今回のお散歩の名目は陸様に忘れ物を届けること。
だからそちらにも顔を出さなければいけないはずだけれど。
「人があまりいない場所に行きましょう? とってもいい場所があるの」
建物の間を数回抜けて、どんどん奥へ入り込んでいく。似たような景色ばかりで1人では元の場所に帰れる自信はない。
「どう? いい場所でしょう」
沢山の木に囲まれた中心に屋根だけがある古屋とそこに置かれた椅子。秘密基地のような雰囲気で。
「自然に見えて一応手が入っているの。本当は色葉家の人の専用の庭として作られたんだけどね」
「そんなところに入っちゃって大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。だって恋人とこっそり会うために作られた場所よ? 結理様は興味なさそうだし、姫たちは流石にそんな大胆なことしないでしょう?」
姫たちが仮に恋人と密会しているのがバレれば、芸能人の恋愛報道のようなことになるのかな?
そんなスキャンダルは避けるべきなのはなんとなくわかる。
「奥様はここを偶然見つけたのですか?」
ちゃんとバレにくくなっているであろう場所。かと言って、作られた経緯を知りながら入る場所ではないだろう。
「まさか、旦那様が連れてきてくれたのよ。幼い結理様達ってお城を走り回っていたの。それを探している時にたまたま見つけたんですって」
「陸様と仲良しなのですね」
置かれている椅子に2人並んで腰掛ける。
「そうでもなかったのよ。他所と比べれば仲は良いと思うけれど、ちょっと前まで菜乃花の事はあまり見たがらなくて、私には会いにきてくれるけれどね。それでちょっと距離ができて、でも戻ってきてくれてから変わったわ」
戻ってきた人というのが結のことだろう。
「よかったですね。結も楽しそうにしていますし、みんな仲良しが一番ですよね」
「・・そうね。ねえ彩夜ちゃん、そのままでいて頂戴。世の中汚いところも山ほどあるわ。ここはその中心地のようなところ」
「奥様?」
「あなたがその気になった時は本当に親戚になりましょう? 後ろ盾には私がなるわ」
その気とはどの気のことだろう? 後ろ盾とは?
イマイチ理解できない内容に首を傾げるしかない。
「そうよね、言葉だけ覚えておいてくれたらいいわ。必要になったら意味もわかるはずだから」
「必要になるんですか?」
「彩夜ちゃん次第ね。念の為の準備というところかしら? お客さんも来ちゃったみたいだし移動しましょう?」
手を引かれて出口へ向かう。出来れば知らない人とは会いたくない。
「あら、こんなところで何をされているの?」
入り口の方から入ってきた美少女2人。どちらも人形のように顔が小さく、鮮やかな着物を纏っている。
「これは姫様方。少しお散歩をしていただけですわ。失礼致します」
片方はおっとりとした容姿でもう片方は強気な顔のお姫様。きっと結の妹がこの2人なのだろう。
出来れば関わりたくないと、奥様と同じようにぺこりと頭を下げてから出口へ向かう。
「待って頂戴。あなた、見ない顔ね。どちらの方?」
「私の親戚の者ですよ。たまたまこちらに来ていたものですから、少し綺麗な景色でも見ようかと」
奥様の影に隠れてできるだけ目立たないようにしておく。
本物のお姫様ってかなり怖い。目つきも纏う雰囲気もかなり違う。
「彩夜!」
聞こえてきた声につい頭を抱えたくなった。どうして来てしまうのか。
「こんなところに・・」
お面姿の結がお姫様達の姿を見て止まった。陸様も後ろから付いてきて、状況を把握したらしくため息を付いている。
「兄上の知り合いの方?」
「そんなところだ。・・彩夜、早く行こう」
「兄上には良い方がいらしたのね。それとも・・」
「うるさい。話しかけないでくれ」
妹にそんな言い方は無いなと思いつつも、何か事情があるのかなともどこかで思った。
お兄ちゃんと私のようにどこの兄弟も仲良しではないことは知っている。
「もうちょっと優しい言い方の方がいいんじゃない?」
ちょっとくらいと思って口にすれば、仮面の奥から鋭い目を向けられた。でも妹の意見としてはお兄ちゃんは優しいに限る。
「・・嫌だ」
「ほら、行きましょう? ね、結理様も休憩ついでに一緒に過ごしましょうよ」
奥様に背中を押されて出口の方へ連れて行かれる。
「彩夜さんと言うの? 今度私達に付き合ってくださる? 一度お話ししてみたいわ」
ニコリと微笑む片方のお姫様。きっと私に言っているのだろう。
「機会があればご一緒させていただきますね。今回は用事がありますので」
「あなたに聞いてないわ」
代わりに奥様が答えてくれたのに、それでは文句があるらしい。
「機会があれば」
「そう。では待っているわ」
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