第38話 間話 主人と従者
「結理、なあ」
「・・・」
いくら声をかけても一切こちらを向こうとしない。
すごくムスッと膨れたまま布団をかぶっているとても子供っぽい主人。見えているのはやっと周りと同じように結べるほどに伸びた青の髪だけ。
普段は大人びているけれどこういうところでまだ子供なのを実感する。
「そろそろ機嫌を直してくれないか? 私だって、渋々ここにいるんだからな?」
「じゃあ帰れば良いじゃん。弟達のところでも良いんだから、そっちにいけば良いじゃん」
結理は幼い頃に1人っきりになったからなのか、承認欲求が人よりも高い。
「悪い。結理が要らないとか言ってるのではなくて・・、今日は娘が起きているうちに行って遊べると思ってたのにと」
「菜乃花のお昼寝の時間は大体決まってるよ。それを避けて会いにいけば良いだけじゃん」
「え、決まってるのか?」
知らなかった。妻も誰も今まで教えてくれなかった。
「そう言ってたけど? あ、気づかないのよーって奥様笑ってた。上手くいってないの?」
結理はへぇーとこちらを揶揄うように言ってくる。
「うまくいってる。なんなら家の父上達なんかよりずっと夫婦仲は良いからな? 本当だからな?」
親が子供のうちに勝手に決めた結婚だったけれど、お互いちゃんと思い合っている。
「知ってる。言ってみただけ。流も陸達を羨ましーって言ってた」
多分、うちの兄弟4人の事を一番広く知っているのは結理である。流と葉はそれなりに交流があるらしいが少なくとも私は仕事以外では兄弟と会うことはない。
「そんなことを」
「兄弟が側にいるんだから仲良くすれば良いのに」
「・・結理は知らないのかもしれないが、私達4兄弟は母親が違うんだ。葉と流は同じだが」
彼の妹も親も結理に会いには来ない。すでに存在は明かして仕事もしているのにだ。
「あー、そういうことか。陸のお母様はどんな人?」
「さあ、顔も覚えてないな。私が幼い頃に亡くなったらしい」
結理はこちらが向けている感情を知らないだろう。多少は世の中に擦れたと言ってもまだ素直。
「彩夜が言ってたんだけど、彩夜のお母様はおれの母様と会ったことがあるんだって」
弟達なんかよりのずっと身近で大事な存在だからこれ以上は傷付かないでほしい。
「それで?」
「思ったんだけど、おれは他所の子じゃない? あのお母様の子じゃない気がする」
あっけらかんと言って見せた。事実を知れば悲しむと思っていたから今まで気づかないようにしてきたのは無駄だったのか。
「どうしてそう思う?」
「だって扱いが違いすぎる。ただの侍女の方がずっと可愛がってくれた。お父様の方も怪しいね。親子って大体空気が似てるけどおれとは似てない」
色持ちゆえの気づき方。これだけさっぱりとしているのなら薄々気づいていたのかも知れない。
「陸に立場があるのもわかってる。当時は陸も子供でしょう? だからあんまり覚えてないかもしれないけど、会ってみたいから。もし、おれの親とどこかで会うことがあったらこっそり教えて」
「・・詳しいことは聞かされてないんだ。でも、なんとなくは覚えているから見かけたらそうしよう」
夏の頃はしばらくウジウジとしていたようだけれど、いつの間にか吹っ切れたらしい。
「陸が居てよかったー」
ニッと笑う主人はとても嬉しそうだけれど、その理由がわからない。
「どうした? 変なものでも食べたか?」
「一番好きな人って陸だなって思ったの」
とても幸せそうな様子なのは良いけれど。
「大丈夫か? 熱でもあるのか? それともまさか?」
世の中には恋愛対象が男という人も、そうでなくても上司と部下のそんな関係もまあまあある話である。
「私は妻一筋だから、悪いが・・」
「? なっ、違うし! そうじゃなくて、・・好きな食べ物と同じ感じ」
ついこぼれた笑みを隠して向き直る。
せっかくなのだから揶揄ってみようか? ここで少し機嫌を損ねても明日になれば忘れているだろう。
「では彼女は? どうしてそこまでこだわる?」
「知らない。でも、どうしても欲しいから」
色持ちにはいくつか特徴があると言われている。一つは人を空気で見分けられるというもの。他には危険が迫れば無意識に能力を使うというもの。もう一つは・・
「嫌がるだろうけどね」
「わかっているなら・・」
「遊びに来るくらいなら良いと思える国にしてみせるよ。せめて自分が住みたいと思える場所にしないと」
こんな場所には住みたくないときっぱり言い切り、それを変えていくと言って見せた。
けれど
「嫌になったら勝手に消えるから」
「では嫌にならないようにしないといけないな。そろそろ寝るか。夜更かししては明日に響く」
幼い娘を寝かしつける事よりは楽だろう。と、思っていたが中途半端に育っている分そんなことは無く、体力を持て余して眠くならないらしい結理に苦労する羽目になった。
「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
「おはようございます。奥様を借りてしまってすみません」
いつも通りの妻と、昨日よりも柔らかい表情をしている彩夜。そして彼女にべったりとくっついている娘。
「おはよー、彩夜今日は・」
寝たのが遅かったからかまだ眠そうにしている主人を捕獲して、城の方へ引きずっていく。
「今日は朝から馬のところだ。少し寒いが動けば温まるだろう? その後は護身術でも教えようか」
「え、良いの! 毎日部屋の中ばっかりでつまらなくて」
「着替えてから行くから先に門まで行っておいてくれるか?」
返事もよそに、話している途中で走っていってしまう。
「お疲れですか? それとも私がいなくては眠れませんでしたか?」
「そんなところだ。今日は運動させて早く寝るように・・」
「ああ・・、馬に乗るのって疲れるんですか? みなさんそんな大変な乗り物に日常的に乗るなんてすごいですね」
無知な少女がふわりと笑う。
「普通に生活するよりは疲れるんじゃないか?」
「でも、結って山の中を一日中歩き回っても疲れないみたいですよ? 村から一番近い町ってわかりますか? あそこに行って帰って来るのを山道を通った上で半日もかからずできるみたいで」
その体力の持ち主が馬に乗る程度で疲れるのか?と言いたいのだろう。
けれどまだ結理も子供。身長も伸びてきたとはいえ大人よりは小柄である。
「旦那様、頑張ってくださいね。それとも流とかその辺りに任せた方がいいのでは?」
「まだ成長期だろう? 流石に大人には叶わないはずだ」
10代の体力を舐めていた。大したことはないだろうと思っていた。
「・・まあ、気をつけてくださいね」
含みのある妻の笑みに気づかなかったのも悪いと思う。けれど、どうなるかわかっていたなら教えて欲しかった。
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