第37話 曇り空2

冬特有の冷たい外の空気が顔を撫でる。太陽の暖かさも感じるけれど少し寒い。

少しチクチクする枕。なんとなく草の匂いのする布団。


「彩夜、起きて!」


知っているような、知らない声。軽く肩を揺らされれば自然と意識が浮いてくる。


「・・寝てた?」


目を開ければ、一面に広がる空。地面には冬の元気がない雑草。


「・・」


そして私を覗き込む、能面の人。服は着物だから本当に能をする人だろうか?

後ろには眉間に皺を寄せているお兄さん。渋い色の着物が似合っているが余計に怖い。


「・・私のこと、どこかに連れて行く気ですか?」


「あ、ごめん。おれだって。結理、覚えてない?」


お面を取ったら見えた懐かしい顔。けれど、記憶にあるよりもずっと大人びている。

声もあの頃より低く、男の人といった感じになっている。


「連れて行く気があるかどうかと聞かれればあるけど。風邪引くだろう? お昼寝するなら部屋の中にしないと」


「さっきまで保健室にいなかったっけ?」


ここで結に聞いたところで、彼がわかるはずがない。

燈依先生と一緒にいたのは覚えている。それからの記憶があやふやで、まあいいか。


「陸、彼女はしばらく側に居させるから」


「結理、あまり・・」


「嫌だ。・・彩夜は知らない事多いから何か間違った事したら説明して」


よかった。あのちょっと怖いお兄さんが結の側にいるのか。


「彩夜、今はちょっと違う場所に住んでるけど、前よりいい家だよ。ボロく無いし」


手を引かれて後をついていく。大きくて硬い手。


ちょうど髪を染めたばかりで綺麗に黒いはず。染めたのはたまたまだったけれどよかった。


「どう? そっちは変わりない?」


「うん。そっちは随分変わったね。背も伸びてるし、一瞬誰かと思ったよ」


「まだまだ大きくなる予定だから」


対して目線が変わらなかったのに今は見上げている。けれど、やっと同年代に追いついてきたくらいだろう。


「さっきのどっか連れて行く気?って何?」


「そのお面のせいだって。神楽ってわかる? あれって途中でお面被ってる人が子供を連れて行くから」


幼い頃に見たことがあるけれど、泣きまくった記憶がある。説明しようにも、これ以上知っている情報が無い。


「この辺りにはないかも。お祭りか何か?」


「そんな感じ。結は? こっちの生活も慣れた?」


「・・・うん」


表情も声もわかりにくい。前の結とはどこか別人みたい。


どうして奏さんは今になって私を呼び出したのだろう? 半年も何もなかったのだからもう忘れられているのかと思っていた。


「そこの怖い人は陸。おれを面倒見てくれてる人。今は陸の家にいるから今からそこに行く。おれの部屋に衝立置いて・・」


「おい、同じ部屋で過ごす気か? 子供・・なのかもしれないがいい年齢なのではないか? 客室くらいすぐに用意はできる」


「ちゃんと空間は分けるよ。客室は遠いし、あの部屋は1人で使うには広いから」


陸さん?よりも結の方が立場が上なのかな? でも年の離れた兄にわがままを言う弟と、嗜める兄の構図にも見えなくもない。


「あの、私はお世話になる方なのでそちらの良い方で」


「陸、おれの部屋に連れて行くから!」


「・・わかった。ただし、距離をわきまえること。良いな? わかってるな?」


冷たいけれど優しい目。陸さんはきっと良い人だ。


「わかってる!」


「なら良い」


「彩夜、着物も縫い終わってるから着て。寒いだろうから上着は誰かから借りてこないと・・」


「ありがとう」


私だって半年前より成長している。だからこそ思った違和感。

どうしてここまで優しいのか。側に居ようとするのか。

自意識過剰かもしれないが多分、依存や執着がピッタリ合うような感情が結の私に向けるものではないだろうか?


「彩夜、おれが着てたので悪いけど羽織っててくれる? その服は流石に目立つから」


「そうだね」


青色の鮮やかな着物。その生地の艶と肌触りから前に着ていた着物とは比べ物にならないほど上等なのは素人目にもわかる。


汚さないようにしなければ。ここは怖い時代。うっかり何かやってしまえば簡単に罰せられてしまうらしい。






     ・       ・        ・




「これくらいの場所で良い?」


結理はいつもよりどこか楽しそうな様子で衝立を動かしている。


楽しそうな原因は十中八九あの少女だろう。妙な服を着て青の瞳の明らかに色持ちの少女。

オドオドした様子を見せる割に慣れない環境だろうに落ち着いている。


「私は寝る場所さえあれば良いから」


結理の恋人なのかと思ったけれどどうやら違うらしい。むしろ愛情の一方通行で避けられているようにも見える。


「結理、何か手伝おうか?」


「仕事してきていいよ」


それに少女に私が近づくのをなぜか嫌がる。取られるとでも思っているのか、少女に目を奪われるのを恐れているのか。


引き離すつもりもなければ、こんな子供に恋するはずもない。どちらかといえば微笑ましく見守る立ち位置なのに、子供と言う生き物は何を考えているのかさっぱり理解できない。


「仕事は終わらせてある」


これも一応仕事だが、そんなことを言えば結理が悲しむのは目に見えている。

こちらも仕事と思って側にいるわけではないから嘘はついていない。


「・・部屋にいるから片付けが終わったら来るように」


「はーい」


少し娘の顔を見て、その後は情報操作でもしなければいけないか。


側から見ればあの2人は恋愛関係。それが事実かはどうであれ知られれば面倒なことになる。

後のことを考えると下手に嘘を流すことも難しい。


「あら、今日は暇なの? 結理様もお昼寝中?」


娘は妻の腕ですやすや眠っていた。果たして幼児と大人とも言える年の少年を一緒にするのはどうなのか。


「いや、妙な少女を拾ってきた。成人してるかどうかの見た目だが、行動は少し幼く見える」


「それで?」


妻がいつもよりも目を輝かせているように見えるのはどうしてだろう?


「結理は・・好きなんだろうが、明らかに一方通行でべったりで」


「具体的には?」


妻とは10年以上の付き合いだけれど、ここまで楽しそうな様子を今まで見たことがあっただろうか?


「同じ部屋で過ごそうとしている」


「十三歳くらいの子? まだ愛とか恋とか分からないのかもしれないわ。せっかくだからその子は私が誘ってみても良い? 夜な夜なお話しするの」


「私はどこで寝れば・・」


夫婦なのだから当然寝室は同じ場所である。広い家だから空き部屋はいくらでもあるが、そこで1人はできれば避けたい。


「結理様のところに行ってらしたら? たまには良いではないですか。兄弟のようなものなのでしょう?」


「結理も言っていた上に私も確認したがあの少女は常識がかなり欠けている。妙な言葉も口にするし、着物の着方すら知らない」


誰かの面倒を見るべく育てられたこちらと違い、妻はただの姫として育てられている。


「菜乃花と変わらないと思えば可愛いだけではありませんか。私、妹が欲しかったのです!」


妻のこういうところに惹かれたのだけれど。

どこか普通ではないのは初めから知っていたのだから今更か。


「陸ー、終わったー」


近づいてくる二つの足音。一つは軽く響いて、もう一つは静かに擦れる音。






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