第34話 夏色6

夏、梅雨も終わり一番暑くなる季節へ向かっていくこの時期。


「涼しい?」


「はい。今年はとっても暑いですね」


例年より早い梅雨明けは早い夏の暑さまでも連れてきた。


暑いのが苦手らしい燈依先生も私と一緒に北側の縁側で桶に入れた冷たい氷水に足を浸している。


「彩夜ちゃんって最近はいつも下駄履いてるわよね」


「サンダルより楽なので」


ベタベタしないし、歩きやすい。靴下を履いておくのも嫌いな私にはちょうどいい。

ちょっとのお出かけや買い物くらいなら下駄で歩き回っている。


「よく恋愛系のお話で、夏祭りで下駄で歩いて足が痛いってあるあるじゃ無いですか?」


定番中の定番である。ドラマだろうが漫画だろうが小説だろうが大体出てくるものだ。


「でも、私、下駄で走るのも飛び跳ねるのも普通にできちゃうんですよね」


「わかる。私も平気なの。これからの時期、一つはそんなシーンを見るじゃない? どうして痛くなるの?って思っちゃうわよね」


我ながら全く可愛げのない会話である。


「むしろ靴より良い時もあるわよね。通気性は抜群だし」


「素足と変わらない感じがいいですよね」


「ここの面々は靴嫌いも多いわよ。なーんか慣れないのよねー。便利ではあるはずなんだけど」


共通点があるというのはいいもので、同じ話題で盛り上がって共感できる。


「でもアスファルトの上は歩きにくいですよね。石が嵌ってすぐカツカツいうじゃないですか」


「いっそ砂利の上の方が歩きやすいわよね」


ですねーと返しながら冷たい麦茶で一息つく。

最近は毎日のようにここへ入り浸っている。最近ではある意味、ここも私の帰る家のような気分になってきていた。


「日曜日もここにいて大丈夫? 家族との時間も大事よ?」


「今、お兄ちゃんの方の家族が帰ってきてるので・・今日なんて家にだれも居ないんです。だから大丈夫ですよ」


お兄ちゃんの家族とはそれなりに交流はある。けれど、あの人達は私の家族ではないしその中にいても居心地は悪い。

それくらいならと、ちょっとわがままを言ってお留守番させてもらった。


「それって・・よその家庭に口出すのもアレだけど・・・」


「大丈夫ですよ。別に悪い人達じゃないし、夏休みにはお母さんも会いにきてくれますから。好きでお留守番してるんです」


兄には私以外にも妹がいる。でも年が離れているから他の弟妹は両親と一緒にいるらしい。


お兄ちゃんが言うには、たまに会う実の妹よりも私の方が可愛いんだとか。


「彩夜ちゃん家って複雑よね」


「それで育てば普通ですよ? ・・この年にもなれば訳ありなことくらい察していますし」


先生は苦笑いを浮かべる。

多分普通の家庭ではこんなに自由にできていない。そう思えばこの境遇は悪い点なんて見当たらない。


「周りが思っているほど気にしていないのですよ」


ぴょんぴょんとスキップ?しながら夏牙がそばにやってきた。


「夏牙、良いことあったの? というか、器用だよね」


「クー」


そう鳴いてぴょんっと縁側から飛び降り、桶にダイブする。そのせいで桶の水が高く跳ねた。


「夏牙、私達が濡れるじゃない。何やってくれてるの? 変態狐」


「シャァーー!!」


今にも噛み付かんばかりの勢いで燈依先生に怒っている夏牙。


「先生、言い過ぎじゃないですか?」


「いいのよ。ねえ、夏休みの前に文化祭があるじゃない?」


ここの学校は変わっていて一学期のうちに文化祭も運動会もある。おかげで一学期はバタバタで、さらに二学期は秋に校内の色々なコンクールが行われる。


「光月ちゃんが演劇部に入ってるでしょう? 演者として彩夜ちゃんを勧誘してくれって頼まれてるのだけどどう?」


どうして直接言ってこないのか、とも疑問に思いつつもどうしようかと考える。


「演劇部ってそれなりに人いますよね?」


「あの部活ってほとんどが裏方志望で入ってるのよ。脚本、大道具、衣装、そのあたりのプロは揃ってるんだけど肝心の役者が毎年いないの」


ならばどうして演劇部なのか? なんでも作ったものの成果を発表するための演劇なんだとか。

多分みーちゃんは衣装を作りたくて入ったのだろう。


「演技上手くないですよ?」


「去年までは毎年秋翔くんも出てたんだから。下手でもみんなで楽しそうにやってるの。どう? ワクワクしない?」


「・・楽しそうかもしれないです」


多分上級生もいる。普段関わらない人達と過ごすのは緊張もするけれどどこかに惹かれるものもある。


「先生はそういうのに参加したりしないんですか?」


「そうねー、彩夜ちゃんが出るなら一緒に参加させてもらおうかしら?」


「! じゃあ一緒に出ましょう! 先生と一緒ならきっと楽しいです!」


それはもっとワクワクする。


「そう?」


「私、先生のこと大好きですよ?」


お母さんのようでお姉ちゃんのような存在。可愛がって、怒って面倒を見てくれる人。


「ありがとう。シンデレラみたいな話らしいのだけど、どの役が合うと思う?」


「継母?か・・姉役。あとは魔女も得意そう! それか・・王子様!」


一番似合うのは王子様かもしれない。背が高い方の先生はきっと男役もかっこよくこなしてしまうだろう。


「なら彩夜ちゃんがお姫様になってくれる?」


「それは喜んで!」


暑いけれどなんとなく先生の肩に頭を傾けた。

成雨さんに彼氏ですか?なんてみーちゃんは言っていたけれど、先生に彼氏ができたらきっとこんなにべったりできない。その人には妬いてしまうかもしれない。


「クー、クー」


私達の間を割るように小さな頭を押し込んでくる夏牙。


「夏牙も先生のこと好きなの? 優しいもんね」


「それは無いわよ。嫌ってるはずね」


そんなこともないと思うけれど。


実際どう思っているかを知るのは季節がいくつも回った後のこと。

あんなことになっているとはこの時は思いもよらなかった。


後で思えば、このころが一番のんびりと子供でいられた時間だったのかもしれない。







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