第33話 夏色5

「こんにちは。その狐なんかと遊んでないで私とお話ししない?」


早い梅雨に入ったとある日の土曜日。

遊びに来ていた燈依さん家で、ここに住んでいるらしい若いお姉さんに迫られていた。


「私、桃って言うの。燈依の友達かな? 彩夜ちゃん、遊ぼう?」


「・・あ・・えっと・・」


この妙に距離の近い桃さんはどうしたらいいのかわからない。

初対面のはずだけれどとても近い。ぎゅーっとくっつかれて・・、燈依さんといい成雨さんも距離が近いが心地は悪くない。


「シャァー!」


膝の上の夏牙が毛を逆立てて威嚇している。ついでに絶対に離れないとばかりに私にしがみつきながら。


「そんな威嚇でだれも怖がらないよ」


「桃、夏牙をいじめるのはやめてあげなさい。後で不機嫌になって面倒なんだから」


「ガルルー」


さらに毛を逆立てる夏牙を抱えてなでなでする。大体のことは私がなでなですれば落ち着いてくれることがわかってきた。


「そんなだと器がちっちゃいって言われちゃうよ? 夏牙、ガルガル言ったらだめ」


途端に毛がぺたっとなり一回り小さくなったようにも見える。

自信家のわがままに見える夏牙も落ち込むことがあるのだろうか?


「こうやって手名付けられていったのでしょうね。さっぱり知らなかったけれど」


「ご主人様の前ではすごくいい子なのに。狐のくせに猫かぶって」


「はいはい。彩夜ちゃん、桃は彩夜ちゃんとお話ししてみたいって言ってて、でも夏牙がべったりだからこう言ってるだけなの」


ここの人達の関係はイマイチわからない。

仲がいいけど仲良くなくて、特に夏牙は可愛がられているようでそうでもない。


「桃さん、なんのお話ししたいんですか?」


「えっとー、彩夜ちゃんくらいの子が好きな話は・・恋バナとか?」


落ち着いていた夏牙がまたシャァーと声をあげる。今日は膨らんだりしぼんだりと忙しい。


「・・居ませんよ」


「幼馴染の子がいるんでしょう? その子はどうなの?」


「もう1人の幼馴染といい感じに見えるので、・・昔から2人の結婚式には呼んでねって言ってます」


みーちゃんも宙も付き合ってもいないし、好きとも言わないけれどこの話は一度も否定されたことはない。多分このまま行けば何事もなくくっつくと思っている。


「クラスには?」


「今のところ居ないですね」


「じゃあ、成雨が見たっていうかっこいい子。その子はどうなの?」


成雨さんが私が誰かと一緒にいるのを見たのは多分あの水遊びをしていた日だけ。

その時一緒にいたかっこいい人といえば宙以外なのだから結しか居ない。


「その人とはほとんど会うことないので、そんなことにはならないですよ」


桃さんは燈依先生とチラリと見合わせて、なぜか首を振る。


「桃さんは?」


「出会いが無いの。憧れはあるじゃない? でもね、今どきそもそも私みたいなタイプが少なくて。燈依もそう思うでしょう?」


「私はしばらくは独り身を楽しむから。今の生活で十分なのよねー」


考え方も色々あるらしい。桃さんも燈依先生も私より十歳は上。

10年後、私は何をしているだろうか? 仕事をしているだろうか? どこにいるのだろうか?


「・・先生、あれなんですか?」


視線を彷徨わせている時に、ふと目に止まった水晶玉のようなもの。けれど中が白くて、壊れないようにクッションの上に置かれた上に包まれている。


「触ってみる?」


燈依先生の手から私の手の上にそっと置かれた。優しく表面を撫でると温かい。


「彩夜ちゃん?」


「あ・・」


目の前が滲んで頬が濡れた。どうして泣いているのだろう。全く悲しく無いのに。


「先生、これ、なんですか?」


「卵のようなものかしら」


「そっか・・」


これがとても大事なものに思えた。涙を拭いて、もう一度撫でるとトクッと反応する。


「燈依先生、動いた」


「ちゃんと中で生きてるのよ。・・動くならもう近いのかもね」


「・・嬉しくないの?」


なんの生物かはわからないけれど、新しい家族が増えるのに。先生達の表情は曇っている。


「嬉しいわ。ねえ、彩夜ちゃん・・ここに来るのは楽しい?」


「楽しいです。・・良いなら毎日入り浸りたいくらい」


「ここで暮らせるくらい?」


ここならば変わっている私が浮くことはない。むしろ私はこの中では普通に近い部類に入る。

きっと自然に過ごせる。


「・・それは分からないですけど、楽しそうだなとは思いますよ」


「そう言ってくれて嬉しいわ」









「あれ? 彩夜ちゃん来てないの?」


成雨は帰ってきた途端これである。この子の周りにはつくづく過保護な者が多い。


「そこで夏牙とお昼寝中。昨日夜更かししたらしいのよ」


「へえ、・・普段は年齢よりも大人びてみえてたけどまだ可愛らしいね」


仲間に言って良いものか。にまにましながら12歳の少女を眺める成雨は普通に気持ち悪い。


「何? 何か言いたげな顔だけど」


「・・微笑ましい気持ちはわからなくもないから今日は言わないでおいてあげるわ」


夏牙のべったり具合にも言いたいことはあるけれど、夏牙もまだ若い。年齢は子供とも言っていい。だからある程度のことは目を瞑っている。


「彩夜ちゃんね、同年代よりは大人びているでしょう? でも慣れた人に見せる顔は周りの子よりもずっと幼いの」


それが学校で段々とうまく行かなくなっている原因だと思っている。趣味は大人で同年代とは合わなくて、考えも他の子よりも広く見れる。けれど、周りに合わせられるような器用さは内面の幼さゆえに難しい。


「チグハグなのよね」


「・・じゃあ、もう少し大人にならないと厳しいね」


「でも時間の問題もあるでしょう? 私たちが守らないとね」


まだ子供のこの子に押し付けるわけには行かない。だから大人の周りが様子をみて支えるしかない。


「何が一番良い道なのかしら?」


「あっちに先に動かれたらどうしようもないだろう? こちらが優っているのは人数と・・」


昔ほど脅威ではない。そうなると何かしようもあるもので。


「私はそっちは苦手なの。成雨、頼める?」


「何でも屋じゃ無いんだけど。この面子なら適任だろうから良いけどさ」


謙遜なのか本気で言っているのかは知らないが、成雨ほどの実力の者は滅多に居ない。


「ぐっすり寝ているうちによろしくね?」


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