第31話 夏色4

「こんにちは。彩夜ちゃん」


生徒はあまり通らない裏門でキョロキョロしながら待っていると、涼しげなTシャツ姿の成雨さんが手を振りながらやってきた。


「こんにちは」


「夏牙を連れてくるとちょっと面倒だから家に置いてきたけど、玄関で待ってると思うよ。早速行ってもいいのかな?」


「はい。ちゃんと兄には連絡してるので、6時までは良いそうです」


あの過保護な兄にしては珍しくあっさりと許可してくれた。明日は季節外れの雪でも降るかもしれない。


「中学生って結構な量の荷物なんだね。何か持とうか?」


「これくらい大丈夫です」


お弁当の袋や体操服が入っているバックは教科書でいっぱいのリュックにはとても入らない。

おかげで両手に荷物を持つ羽目になっている。


「お家、どこですか?」


「すぐそこ。でも通りが一本違うから、家は見たことない場所かも」


細い道の行ったことがない場所を通ってほんの2、3分歩くと古い家の集まっている場所に出た。


「ここが家だよ」


「意外と広いですね」


「広くて安い、ちょうどいい物件だったんだって」


庭もあるし、二階建ての建物自体もまあまあの広さがある。


「ただいまー、なつきー、彩夜ちゃん来たよー」


広い玄関、そこから続く長めの廊下の奥からバタバタと音がして、華麗にカーブを全速力で走ってくる白い塊。


「クーー!!」


ピョーーんと私に向かって飛び込んでくる夏牙。キャッチしようと手を広げると、成雨さんの背中に視界が覆われる。


「はい、捕まえた。君は可愛い少女に何しようとしてたのかな?」


「夏牙、こんにちは。遊びに来たよ」


「クー、クー」


こっちに向かって前足をバタバタと動かす姿がとても可愛らしい。


「とりあえず中にどうぞ。お茶でいい?」


「お邪魔します。水筒は持ってるので大丈夫です」


古い家の匂い。それに混ざってどこかで感じたことのあるような香りがした。


「あー、夏牙、また散らかしたな」


居間らしき場所には机や棚があり、そのあたりは綺麗に片付いているのに男物の服が床に脱ぎ散らかされている。


「他にも一緒に住んでる人がいるんですか?」


落ちている服は成雨さんが着るには少し若いデザインに見えた。


「何人かね、燈依より若い女の子とか、ぐーたらやってるやつとか。今の所5人だね」


「そうなんですか。賑やかそうですね」


「賑やかって言うか、もうごちゃごちゃしてるよ。それぞれ好き放題してるからね」


よく周りを見れば、趣味もバラバラな住民の影響らしき置物がいくつもある。


「荷物はその辺に置いてていいから。夏牙もどうぞ」


部屋の端っこに荷物をまとめて置いて、足の周りに擦り寄ってくる夏牙に手を伸ばす。


「やっぱりもふもふ。可愛い」


脇に手を入れて抱えればぶんぶんと尻尾を振ってくれる。


「調子が良くて困るね。他の人が抱えるとすぐ蹴り入れようとしてくるのに」


「それも可愛いでしょうね」


短い足を一生懸命に振ろうとする姿を想像するとにやけてしまう。


「可愛くないさ。いっそ首輪でもつけれたら楽なんだけど、嵌めるなんて絶対無理だしね」


夏牙の首には何も嵌ってない。この子ならお散歩で迷子になっても自力で家に帰れそう。

迷子になること自体意図してやりそうな気さえする。そう思えば必要ない?


「クー」


「夏牙、いい子にしないとだめだよ。成雨さんがいっぱい困ったら夏牙のお世話してくれなくなっちゃうよ。夏牙だって1人じゃ生きていけないでしょ?」


顔のあたりの毛をふにふにと触ってみた。されるがままの夏牙は聞いているのか聞いていないのかわからない。


「ねー、夏牙」


「・・」


急に顔をぐりぐりと押し付けてくる。匂いを嗅いでる?

かと思いきや、次はすりすりと擦り寄ってくる。何をしたいのかさっぱりわからない。


「成雨さん、夏牙って変わってますか?」


「そうだろうね。って、何してるの!」


台所で作業をしていた成雨さんはこちらを見た途端、顔色を変えて飛んでくる。


「何もされてませんよ?」


でも、成雨さんは私から夏牙をベリっと引き離す。


「無害そうな顔をした男には一番気をつけた方がいいよ」


「なんの話ですか?」


「これから出会いもたくさんあるだろうと思ってね。安全だと思ってたら実は違うなんてまあまあある話だから」


まだお子様な中学生の私には縁遠い話だ。

大学生くらいの年齢になったら成雨さんの言葉通り、気を付けよう。


「成雨さんは大人って感じですね。燈依先生も大人だけど、大人っぽくないから違うなーって」


「人生経験の差じゃないかな。燈依も苦労はしてきてるけど、やっぱり若いし」


成雨さんは夏牙をしっかりとホールドしたまま私の近くに座る。渡してはくれないけれど、この状態ならもふもふさせてくれるらしい。


「時間が経てば、なんでも忘れて気にならなくなりますか?」


「・・・人と状況によるだろう。人は忘れるようにできてるから忘れることもできるとは思う。でも、稀にできないこともある」


結局のところ、人によるしその時によって違うからわからない。と言うことだろう。


「じゃあ、もしも、別の時代に飛ばされたら、私は見てるだけがいいと思うんですけど・・・どう思いますか?」


「さあね・・。それが正解なのかもしれないけど、何もしない自信は無いかな」


やっぱりもやっとするだけでスッキリしない。

なんという答えが欲しいのだろう? どうすればもやもやは消えてくれるだろうか?


「また遊びに来てもいいですか?」


「いつでもいいよ。休日とかあんまり関係ない生活してるから平日でも休日でもいつでもおいで」


この場所は気に入った。しっくりと馴染んで落ち着く気がする。

のんびりとした空気と、入った時から感じている独特な空気が心地いい。


「ただいまー、成雨、彩夜ちゃんまだいる?」


「おかえり」


いつもの先生。でも私を見たら真っ先に駆け寄ってきて、ぎゅーっと抱きしめられた。


「先生?」


「学校じゃあんまりくっつけないでしょう? 一応先生と生徒だし。彩夜ちゃんが低学年の頃はたくさんぎゅーってしてたから懐かしくなってね」


毎日のように中学校の保健室に侵入して入り浸っていた十歳になる前の話。

先生の腕の中は好きだ。先生はいつも本当に生きているかわからないほどひんやりと冷たいけれど暖かい。


「なんかいいなー」


「成雨がこれやったら犯罪よ。捕まるからね? 女子中学生へのセクハラかしら?」


「文面的にすごく社会的にまずいやつっぽいね。てか、燈依は俺にそんなに捕まって欲しいの? 何か恨みでも?」


「彩夜ちゃんのお兄ちゃんに警戒されたら終わりだから」


燈依先生の言葉に頷いておく。

それに成雨さんは困ったような顔をして、夏牙はクーっと声を上げた。




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