第30話 夏色3

「彩夜ー、おーい」


真っ赤な空、暖かくも涼しい風に当たりながらそれを眺めているとふと視界が肌色に覆われた。


「あ・・」


夕焼けを見ながらつい考え事をしていた。

そのせいでお兄ちゃんが呼んでいることに気づかなかったらしい。


「どうした?」


「ちょっと考え事してただけ」


これ以上絡まれても面倒だからと部屋へ逃げ込む。


結はもう帰っただろうか。そのことばかり頭の中でぐるぐるする。


「はあ・・」


本を読んでも、テレビを見ても、どうしても気分転換ができない。考えてもどうしようもないのに。


「深く考えたらダメなのに」


色葉家が治めていた時代の中で最も繁栄した時代が結の頃。だからネットに書かれている情報も多かった。


その時代の領主とも呼べるような立場の人の名前は間違いなく結理だった。字も同じ。入れ替わったりしない限り、彼でないことはありえない。


彼の子である、その後に継いだ子も優秀で更に発展させていったらしい。

また、あの時代には珍しく浮気もせずたった1人の奥さんを愛したんだとか。


部下達にもよく慕われていたらしい。子供もたくさんいて、4人だとか6人だとか。いろんな説があったけれど、一番多かったのは9人だった。


きっと将来の結の周りにはたくさんの人がいる。1人になることなんて絶対にないだろう。


その先はどこか怖くてみることができなかった。知ったらいけないような気がした。


「ただの他人なんだから」


姿も特性も似ていたからちょっと気になってしまうだけ。


私にできることなんか数えられるほどしかない。またあちらに招かれたらちょっと仲良くして、けれど近づきすぎないように。そして、いい未来になることを願うだけ。


「そうだよ。私は関わらない。奏さんに呼び出されたって穏便にさっさと済ませて帰ってくれば、意味不明な現象にも付き合わされなくて・・済むから」


今はほんの少し寂しいだけ。いい理解者ができたと思ったのに。





      ・        ・        ・






「いつ家には遊びにくる?」


「え?」


いつものように、学校の保健室でのんびりと過ごしていると燈依先生がそんなことを言ってきた。


「あー、いつならいいですか?」


その後のゴタゴタですっかり忘れていた。ちょうど夏牙のもふもふに癒されたい。


「いつでもいいわよ。2人とも暇人・・ニートだからずっと家にいるの」


「あの人たちが?」


成雨さんはとてもしっかりしているように見えた。とてもニートには見えない。


「というか、今のところは仕事がないのよね。ダメ人間な訳じゃないんだけど、本当はスペック高いのよ? でも本人は老後気分というか、やる気もないというか」


燈依先生も苦労をしているらしく、同居人の愚痴が次から次へとどんどん出てくる。


成雨さんの料理は口に合わないだとか、買い物も任せられない。夏牙が好き放題に動いて部屋の中を散らかすだとか。


「本当に面倒なのよ。まとめ役がいれば楽なんだけど、みんな協調性がないからもうばらっばらで」


「先生もですか?」


「性質的なものだから仕方ないのだけど。近いうちに、毎日喧嘩する未来が目に見えるわ」


燈依先生達の関係がなんだか羨ましくなった。ぶつかりもするけれど分かりあっているような。


「どうしたの? 何かあったでしょ?」


「先生はいいなーと思って。・・みーちゃんとも宙ともどっちも一番の友達だけど、それは私だけに見えるから」


2人には友達がたくさんいる。

私だって他の子と遊ばないわけではないけれど、クラスが離れれば会わなくなってしまう程度のもの。

2人のそばにはいつも誰かがいて、幼い頃はなんとも思わなかったけれどだんだんと気が引けるようになってしまった。


「きっといつかもっと仲良しの人ができるわよ」


「いつ?」


「明日かもしれないし、数年後かもしれない。もしかしたら十数年かかるかも」


「・・家に帰りたくないから・・放課後、ちょっとだけ遊びに行ってもいいですか?」


先生が帰る時間は知らないけれど、そんなに遅いとも思えない。5時過ぎくらいなら学校で待っておけるものだ。


「成雨のことは平気? それだったら迎えに来させるわよ。どうせ家にいるだけなんだから」


「大丈夫です。あ、今日お邪魔して迷惑じゃないですか?」


早くても明日か明後日のことだと思っていた。先生のお家はいつも綺麗で誰でも呼べる状態なのだろうか?


「むしろ、喜ぶんじゃない? 秋翔くんにはちゃんと帰りが遅くなるって事くらい言っておくのよ?」


「はーい」


夏牙と会ったらもふもふさせてもらおう。膝にも乗せてみたい。


今までも可愛いもふもふの動物に興味はあったけれど、やっぱり怖くて触ったとしてもちょっと撫でるだけだった。


「夏牙っていい子ですよね。可愛いし、噛む気配も爪を立てることもなくて。あの子なら思う存分もふもふできます」


「・・昔はひどかったのよ。噛むわ逃げるわで、どうしようもなかったけど・・・いつの間に落ち着いたのかしら? 最後にあった時は反抗期みたいな感じで・・」


「狐にも反抗期ってあるんですね」


人間年齢に換算すれば私ともさほど変わらない年齢なのかもしれない。そもそも狐の反抗期は何に反抗するのだろう? 普通は野生で暮らしているわけで?


「そうよね。狐なんだからもっとおとなしくてもいいわよね」


「尻尾を握るとおとなしくなるんですか?」


「噛まれる可能性が大きいかしら。成雨はうまく扱ってるけど難しいのよ。でも彩夜ちゃんには無害だから安心して。尻尾だって触らせてくれるわよ」


狐にも人の好き嫌いがあるのだろうか?

なんだか狐がとても人間味のある生物に思えてくる。昔から人を化かすと言われているほどだから、元々賢く人に近い性質を持っているのかもしれない。


「東門の方に迎えに来るって。成雨が不審者扱いされないようにだけはしてあげてね?」


成雨さんといるところを兄に見つかればすぐに連れて帰られるだろう。

なんと言い訳して1人で遊びに行くか、それを考えるのに頭を悩ませることになった。



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