第29話 夏色2

三日目


「彩夜、今日も遊びに行くのか? 日曜日だろう?」


玄関を出て行こうとしたところで目ざとい兄に止められてしまう。

気づかれないうちに宙の家へ行こうと思ったのに。


「うん。ちょっと用事があって」


「・・宙の家に来ているらしい男か?」


「それも・・あるんだけどね、まあ色々と・・」


お兄ちゃんにずいっと詰め寄られる。何も説明せずにどうやって外へ行こうか。


「あのね・・・こちらにも事情があるというか・・」


「お兄ちゃんも付いていく」


「いやいや、お兄ちゃんはやることあるでしょう? 日曜日だしのんびりしててよ。ね?」


付いてこられては堪らない。話をしたくて行こうと思っているのに話どころでは無くなってしまう。


「うちの可愛い妹を誑かした男がどんなやつか確かめなければ」


「誑かされてないから!」


「じゃあ、たった1日遊んだだけでどうしてそうなる?」


答えられる訳がない。けれど、このままでは結が甚大な被害を被るのは目に見えている。


「ついて来て良いけど、絶対突っかからないでね? それに・・お兄ちゃんと似てるから仲良くなっただけだから」


「・・会って確かめる」


お兄ちゃんの目がどこか怖い。このまま行っては絶対にまずい。


「いやいや、私の話聞いてた? 絶対見てるだけにしてよ? じゃないと・・お兄ちゃんのこと嫌いになるかも」


これが私のお兄ちゃんに対する一番効果的な言葉。そう簡単には嫌いにならないのにとてもよく効く。


「わかった。彩夜の言う通りにするから、見るだけは良い?」


「いいよ」


うちの兄は他の部分はずば抜けて良いのに、こういうところはどうしようもない。

だから、どうしようもない時は妹の特権を行使するまで。


それでも気が重い、どうしようかと思いながら宙の家までの道を歩いた。









「宙ー、結ー、きたよー」


声を掛ければ奥から2人の足音が聞こえてきて、宙はお兄ちゃんの姿にげっとわかりやすく嫌な顔をした。


「秋翔くん。うちに来るなんて珍しい。ここに来るくらいならみーちゃん家に行けば良いのに」


「宙、うるさい。今日は・・彩夜の付き添いと買い物のついでに・・」


結は案の定知らない人を前に、表情こそ崩さないものの立ち位置で嫌がっているのがわかる。


「宙、お兄ちゃんがね、私を結が誑かしたとか言ってくるの」


「秋翔くん、そんな訳ないじゃん。いくら妹が心配でもさ、・・どちらかと言えば誑かしたのは彩夜ちゃんかなー」


「彩夜がそんなことする訳ないだろ」


やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃん。


「あー、結、これが私のお兄ちゃん。三つ上だから今年16歳。えっと・・彼が結理くん。言っとくけどあの色は私と同じようなものだから」


お兄ちゃんはじーっと穴が開くほど結を見つめる。


「これがお兄ちゃんと似てるって?」


「中身の話ね。なんでもできるし、面倒見良いから似てるの。宙もそう思うでしょ?」


「・・・シスコンじゃない秋翔くんって感じ」


宙の言う通りだ。今の所、結の欠点は一つも見えてない。欠点のない人間なんていないはずだから結にもどこかしらに欠点はあるのだろうけれど。


「秋翔くん買い物しに行くんでしょ? 早く行ってきたら? 今日セールがあるってうちの婆ちゃん達も出かけてったよ」


「あ、そうだった」


そういえばおばあちゃんからお兄ちゃんはお使いを頼まれていたような、生憎スーパーは隣の街にしか無く、周りが私を1人で行かせることもお兄ちゃんと2人で行くこともない。


「行ってらっしゃい。早く行かないと無くなっちゃうかもよ?」


ここぞとばかりにお兄ちゃんを遠ざけようとする。さっさとどこかに行ってくれなくては何もできない。


「・・帰りに迎えにくるから」


これはお兄ちゃん公認でいいだろう。どうにかなってよかった


「うん。行ってらっしゃい」


渋々といった感じで、早足で家の方へ向かった。スーパーに行くには自転車を使わないと一時間以上かかってしまうからだろう。


「さすが、秋翔くん。手強いね」


「・・彩夜と似てない」


「赤の他人だからね。血は繋がってないの。お兄ちゃんの両親も私のお母さんも忙しいからおばあちゃん家に預けられてるって感じ」


聞かれなければわざわざ言うことはない。多分この話を知っている人はほとんどいない。


「俺奥にいるから何かあったら呼んで」


「うん。ありがとう」


宙は空気を読むのが上手い。わざと2人の空間にしてくれたのだろう。


「・・結、今日帰るの?」


「多分、なんか夕方には帰って来なさいって言われてる。彩夜は・・もう来るつもり無いの?」


無い。そう言おうと思ったけれど、こちらを見る結の目が真剣で言い淀む。


「呼ばれない限り・・行くつもりは無い」


「ここの居心地の良さを感じたら納得だけど。・・奏さんは呼ぶつもりみたいだからその時は、また会おう」


「そうだね」


もしかしたら、もう会うことはないかもしれなくて、お別れになるかもしれない。


「あのさ、色葉って結が前に教えてくれた、この辺りをまとめ上げていたお家だよね?」


「そう」


そうだと思ったから昨日のうちにネットで調べた。ある時代から中世の途中までこの辺りをまとめ上げていたお家。


「でも、あの家好きじゃ無いから」


結の気持ちはそれとして、歴史は変えてはいけない。


「結なら、1人でどこでも暮らしていけるよね」


「・・また行方不明になろうかな」


心の中でごめんねと謝る。

生活力があって、響紀さんと仲良くしているらしい結ならば人の世の中から完全に離れることだって不可能ではない。


「あのね、優しい結がまとめる人になったらきっと周りは暮らしやすいだろうなって思ったの」


「役人なんか嫌い。・・おれ、兄弟がいたんだ。みんなみんな、あいつの方が残れば良いって言うのに」


いた、ということは今は居ないということ。事情はあまりわからないけれど青くてどろっとした気持ちなのは伝わってくる。


「なんて、冗談だよ」


「ごめんね。対して分かってないのに、こんなふうに言って」


「だから、冗談だって。嫌いなのは事実だけど」


ふと、ネットで調べる中で書かれていた記事の一つを思い出した。

あの時代の頃、いくつかの国の協力が一番強くなって最も繁栄するらしい。


その理由の一つに、国をまとめ上げていた彼らが兄弟だったという説があるんだとか。

確証こそ無いものの、容姿が似ていたという話や、とても親しく兄弟と呼び合っていた。年齢なんかを見てもその可能性はあるらしい。


「ねえ、もしかして3人兄弟じゃない?」


結は否定も肯定もしなかった。

特に結束が強かった国は三つだったらしい。偶然かもしれないけれど、もしかするともしかするのかもしれない。


「兄弟がいるのは本当なんだよね?」


「そうだけど」


「その人達、今は藍に居ないって可能性無い?」


「・・優理は可能性あるかも。優理は、攫われていなくなって・・」


そこまで結は言った後で、私を疑いの目で見てきた。

別に疑われても構わない。どうせ出会うはずのなかった存在なのだから。


「私だって事実は知らないの。結の話を聞いて、そんなこともあるんじゃ無いかなって思っただけ」


「ーーになったら、見つけられる? 少なくとも、隣の国に行くくらいは・・」


少しでも、そちらの道へ進もうと思ってくれたならそれでいい。


「彩夜は、こっち、また来ようって思わない? あ、すごく居心地いいし、来てみて納得したけど」


どこか寂しそうな結の視線にたじろいだ。結とは一緒に過ごして楽しい。けれど、会うにはあまりにも距離が遠い。

もし近くに住んでいたなら、きっといい友人になれたと思うけれど現実はそうではない。


「あんまり・・近づかない方がいいかなって思ったの。もっと仲良くなって、もう会えないってなったら寂しいじゃん」


しかも時代が遠いというのは残酷で、もっと調べれば結の未来もはっきりと分かってしまう。

友人の行く末を知りながらに何もできずにいるのはとても辛い。


「きっとこれから結にはたくさん出会いがあるよ。・・年下が言うことでもないかもしれないけど」


「桜も友梨もみんな大人になって出ていくだけ。それでも?」


「全然知らないけど、あの時代にだって私たちみたいな変わり者が普通にいる場所があるかもしれないよ。・・これあげる。私もたまに使うの」


あの時代にはあってはいけないものだけれどこれくらい許してほしい。


「これなに?」


「髪を染めるのと目の色を黒く見せれるやつ。そしたら普通に暮らせるのかなって。でも未来のものだからできるだけそれ自体は隠してよ?」


「ありがとう」


「呼ばれた時はちゃんと会いにいくから。奏さんに言えば大丈夫だよね?」


奏さんの気まぐれかなんなのかはわからないけれど私たちが必要で、意思とは関係なくあの時代へまた行くことになるのは決まっている。それは受け入れるしか方法がない。


「・・・彩夜はすごく綺麗」


「!」


突然のその言葉に、すごくどきりと心臓が跳ねた。私を見つめてそういう結の方が何倍も綺麗だけれど、目を合わせるのが恥ずかしくて横へ逸らす。


「結? それは・・」


「何にも染まってなくて、ふわふわしてて暖かくてとても綺麗」


結の独特な表現に首を傾げた。

褒めてくれてはいるのだろうけれど、なんのことを言っているのかさっぱりわからない。


「結も綺麗だよ。透明でキラキらのお水みたい。私、水の中は好きなの」


おそらく伝わっていない。けれどそれでもよかった。


「・・彩夜には敵わないな。お兄さんが心配するはずだよ。しかも肝心なところは伝わってないし」


「?」


お兄ちゃんが迎えに来るまでは他愛のない話をして過ごした。

結との時間はとてもしっくり来る。昔からずっとこうして一緒にいたような錯覚を覚えるほどに。







「結理、なんか寂しそうじゃん」


彩夜はあの過保護な兄に連れられて帰っていった。あの過保護っぷりはちょっと見ただけでもすぐにわかる。次に会うのはいつだろうか。


「別に。・・おれが欲しいって言ったら賛成してくれる?」


「何? 花一匁はないちもんめみたいな?」


村で聞いた覚えのある一節を思い出して言いたいことを察する。


「・・そうそう。さすが察しがいい」


あの子が欲しい。そんな子供のようなわがままを誰も許してはくれないだろう。


「あの子じゃわからんよ?」


「分かってんだろ。で、どうなの?」


「いいんじゃない? 俺たちは気にしない。一番気にしてるのは彩夜ちゃんだろうから本人さえどうにかすればいいじゃん」


彩夜は何も知らない子供のようだけれど、ちゃんとある程度物事を考えられる年齢である。


「そもそも、これくらいの山は序の口だから。山あり谷あり、人生長いよ?」


まるで見て来たかのようにいう。宙なら本当に見てきているのかもしれないけれど。


「彩夜ちゃんがいない時点でそもそも詰んじゃうから、頑張って!」


「詰むって・・ならそっちがどうにかしてよ」


「それを嫌って言ったのは結理じゃなかったっけ?」


一つ分かったのは、この出会いは偶然なんかではなく、誰かがなんらかの理由で仕組んだこと。


「詳しいことは俺には聞くなよ? 聞かれても大して知らないから」


「・・やるだけやってみるって彩夜に伝えて。失敗したら行方不明になる。それならいいんだろ?」


「それくらいの方がかっこいい」


自称年下の宙の言葉に若干イラっときたものの、なるようになるものかと腹をくくった。















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