第28話 夏色1

「・・結、何してるの?」


ふと隣を見るとみーちゃんに貸してもらったらしい鉛筆で真っ白な紙に何か線を書いていた。


「これ、便利だなって。持ち運べるし、墨を摺る必要も無い」


そのまま結は自分の名前を書いて見せた。「色葉結理」並んだ文字を見るのは初めてで、やっぱり綺麗だと思う。


「やっぱり下手だな。彩夜達みたいにうまく書けない」


「毎日学校で文字書かされてるからだよ」


「一通り、文字は読めるみたいだから大丈夫。書けなくても読めれば・・・」


私達に話しているというよりは独り言のようだった。

何か考えて、それで思うところがあるのかもしれない。


「あれ?3人で勉強? なら呼んでくれたら良かったのに」


宿題を終えたらしい宙が戻ってきて机の横に座る。


「私達も終わったよ。これからどうする? 今日は何して遊ぶ?」


「暑いし室内か涼しいところがいい」


「じゃあ水遊びする? あっちの川なら・・今日は結構浅かったし、最近雨も降ってないから綺麗でしょ」


思いつきで今日の予定を決めていくのがいつもの事。


「それぞれ着替え持ってここに集まって・・それから移動で良い?」


宙の言葉にみーちゃんと顔を見合わせて、


「着替えならお兄ちゃんに一式持たされてる」


「私も、暑いしすぐ汗かくから持って来てるよ? いつもの事じゃん」


1秒でも長く遊びたい、と言うよりは家に取りに帰るのが面倒。そんな理由で遊ぶ度に持って来ている。


「結も行くよね?楽しいよ?」


「邪魔じゃない? 目立つよ?」


行きたく無い、とは言ってない。むしろ行きたいけど遠慮しているように聞こえた。


「帽子被れば大丈夫。大体、髪をね、青とか赤とか緑とか色んな色に染めてる人なんて山ほどいるんだから大丈夫」


別に学校へ行くわけではない。外へ出る分にはさほど目立たないだろう。

それに今から行く場所はそもそも人通りが少ない場所。まして、道路より低い場所だからわざわざ見ない限り人の目には映らない。


「じゃあ行く」







「冷たーい」


裸足になって丸い石の転がる川底に足を置くと、ひざのあたりまでとっぷりと浸かる。

気温は高くともまだ初夏。水の中はとても冷たくただ浸かっているだけでは凍ってしまいそうだった。


「水遊びには早かった?」


「動き回れば大丈夫でしょ。俺、水鉄砲も持ってきたから。結理は付き合ってくれるよな? 女子は濡れたがらないからこんなの滅多にできなくてさ」


川の中には入って来たものの、何もすることを思いつかなかったのか結はただ私達を眺めていた。そこに宙が大きめの水鉄砲を渡し、それを不思議そうに見つめている。


「・・どうやって使うの?」


「ここの丸いのに水を入れて・・ここを引く」


「うわっ!」


鉄砲が伝わったのは今から500年ほど前。もちろん結の生きている時代には無い。

似たような何かはあっただろうか? 歴史に興味なんて無く、習った程度の知識しか持たない彩夜芽には何も思いつかなかった。


「ただ水を掛け合って遊ぶだけだけど」


「・・やってみる」


「ここを回したら外れるよ」


仕組みを理解したのかそこからは簡単に外して、水を溜め、何度か引き金?を引いて見せた。


「これで水を掛け合うの? 楽しい?」


「楽しいに決まってるじゃん。もしかしてやったこと無いのか?」


「・・多分すごく小さい時にしたことがあるけど、桜達は女の子だし、もうある程度の年齢だし」


友梨ちゃんはともかく、桜さんが川遊びではしゃぐところは全く想像できない。


「この辺は20過ぎた大人でもこうやってはしゃぐなんて普通だよ。だから結理も遊べば良いって」


「じゃあ、遠慮しない」


2人が水を掛け合い始めて私達は少し離れたところに避難する。流れ弾に当たってびしゃびしゃにはなりたくない。


「彩夜ちゃん、見て。なんかもふもふの動物がいるよ!」


上流に目を向けると浅いところをふさふさの小さい犬が歩いている。


「可愛い。野良かな?」


「にしては綺麗じゃない?」


真っ白な毛色。けれど汚れている様子は無い。


「行ってみよう!」


「待って、みーちゃん」


バシャバシャと音を立てながら走る。浅い水の中を動くと言うのはプールの中よりも動きずらい。


「ほら、この子逃げないからどっかで飼われてる子じゃ無い?」


みーちゃんはその子を捕まえて軽々と抱き上げる。足をバタバタして嫌がっているように見えるのは私だけだろうか?


「・・犬じゃ無い。狐?」


狸やイタチを見かけることはあっても狐を見たことはない。


「まだ小さいね。子供かな?」


「彩夜ちゃんも触ってみる?」


濡れていた小狐を抱えているみーちゃんはあっという間にびしゃびしゃである。


「怖いから、みーちゃんこの子離さないでよ?」


「任せて」


動物は好きではない。噛んだり、引っ掻いたりして怖いから。でもこの子は大人しくて大丈夫な気がした。


「意外とふわふわしてないね。ツルツル?」


小狐もされるがままになっていて、気持ちいのか手足の力を抜いてぐでーんとしている。

それがまた可愛らしい。


「なつき、勝手に走って行くんだからっ」


上流の方から、川の流る音に紛れて男の人らしき声が聞こえて、走っている水音がする。飼い主さんだろうか?


「・・君たちが捕まえてくれたの? ありがとう」


背の高い、綺麗な顔立ちのお兄さんだった。少し長めの細い髪に優しそうな声。歳は三十代前後くらいに見える。


「この子、なつきって名前なんですか?」


「そう。でも全然懐いてくれなくて、誰かに大人しく抱えられてるなんてすごく珍しい」


みーちゃんからお兄さんの手に渡ったなつきはまた足をジタバタして暴れている。小さな足で何度も蹴られているお兄さんはなんとも無いのだろうか?


「でも彩夜ちゃんが触ると大人しくなるんですよ」


お兄さんは笑顔でなつきのふわふわのしっぽをむぎゅっと握り、それでなつきは一瞬のうちに毛を逆立てる。


「あの・・」


「気にしないで。悪い事したら叱らないと何度もやっちゃう子だから」


有無を言わせぬ笑顔に私達は頷くしかない。

優しそうに見えて、気迫というか圧というかそんなものを奥に隠し持っているらしい。


「お兄さんはこの辺の人ですか?」


みーちゃんはまだまだ警戒しているなつきをつつきながらお兄さんに尋ねる。


「最近引っ越して来て・・君たちは中学生? 学校の保健の先生に・・」


「燈依先生のことですか?」


「そうそう。彼女と昔からの知り合いで、燈依の家に一緒に住んでるんだ」


「もしかして、先生の彼氏・・とか?」


ちょっと悪い顔をみーちゃんはしてお兄さんを見上げる。


お兄さんと先生はさほど年齢は変わらないだろう。綺麗な燈依先生とこのお兄さんは並んで歩いたらお似合いだと思う。


「まさか、冗談でもそんなこと言ったら家に入れて貰えなくなる。燈依とは単なる家族みたいなものだよ」


知り合いで、家族のような関係とはどのようなものだろう?


「そろそろ帰らないといけないから、じゃあね」


「なつきもバイバイ」


小さな手を握ってみたら尻尾を振ってくれた。もうちょっと遊んでみたかったかもしれない。


「なつきと遊びたかったら燈依に言ってみて。多分、良いって言ってくれるから」


今までみーちゃんと話していて、私は一言も会話をしていないのにお兄さんは私を見てそう言った。

考えていることがわかったとか? そういえば。燈依先生もよく私は何も言ってないのに気づくような・・・。


「今度・・言ってみます」


「彩夜ー、何して・・」


私を探しに来たらしい結はお兄さんに気づいて後ろに隠れた。

ついこの間までの私と彼の行動が見事に真逆で可笑しい。


「・・他のお友達も一緒だったんだね。浅いから大丈夫だと思うけど、川遊びは気をつけて」


「はい」


お兄さんの姿が見えなくなると、隠れていた結が出てくる。


「なんか良いことあった?」


「そうかな? 今度、さっきの狐に会いに行ってみようかな」


なんとなくお兄ちゃんには今日のことは言わないでおこうと思った。

さっきのお兄さんとの会話も秘密にしておきたい。


「・・彩夜も遊ばない?」


「遊ぶ! どうせ着替えはあるし濡れてもいいや」


2人で一緒に川を走る。水飛沫がとび、周りの緑と川の色と、結の綺麗な水色の髪が輝いて、とても綺麗だと思った。


「彩夜?」


「なんか結の髪が水色に見えたの。光の加減かな? 綺麗な青なのにね」


まあいいかと宙とみーちゃんのいるところまで並んで走った。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る