第27話 初夏3

「おはよー」


宙の家は古くて広い。だから玄関から入ることはほとんどなく、縁側から声をかけることばかりである。


「おはよう。なあ、あいつ早起きすぎるし、何でもできるし、俺がダメな子みたいになっちゃう」


朝っぱらから早々、宙が愚痴を言う。親に比べられたとかそんなことだろう。


「宙が手伝いしないのが悪いんでしょう?」


「それなりにやってるよ? でも、何もしないのって調子が出ないとか言い出して今は廊下を雑巾掛けで走り回ってて・・ほら、来た」


タタタっと廊下の板を蹴る音が近づいていきて、見慣れた薄い青の髪が横切った。


「彩夜、おはよう」


「おはよう。着替え持ってきたよ。それと同じ形のだから多分着やすいと思う」


夏に近いからなのか、結が今着ている服も甚平だった。それとも元の服が着物だったからと気を使ってくれたのだろうか?


「ありがとう。この服っていつものより着やすいし、涼しいから着心地良いよ」


「困ってることはない? 色々違うでしょう?」


「違うけど、面白いし大丈夫」


意外と適応力が高いのだろうか? 元の暮らしていた場所があれなのだ。何か起こってもすぐに適応できるようにも育つのかもしれない。


「俺は宿題してくるからその辺でゆっくりしてて」


「宙、みーちゃんも来るってよ? 来たら一緒に中に入っとくからね?」


「うーん。いつもみたいに好きにしてて」


縁側のすぐそばの部屋は私たちの溜まり場で、遊ぶ用に開けられているも同然の部屋だからといつものように勝手に入る。


古い家らしい独特の木と畳の香り。それと何処かひんやりとした空気に包まれる。


「結、今のうちに話しとこう?」


「説明もお願い」


机を挟んで向かい合い座る。表情は明るく、何処か楽しそうにも見える。宙とも仲良くやっているのだろう。ひとまず、安心した。


「あのね、まず、その見た目は染めてるとしか思われないと思う。だから、帽子とサングラス。外に出る時はこれ使って」


この二つを使えばある程度の部分は隠れ、そこまで目立つことも無いだろう。


「それと洋服。外国から伝わった服なんだけど、今はこれが主流なの。涼しくて着るのも楽だから良かったら着てみて?」


「・・それも文化?」


指を指された自身を見る。考えてみるが何のことを言っているのかわからない。


「どれ?」


「足がすごく出てるから」


「スカートのこと? これくらいの丈は普通だよ?」


今履いているのはよくあるプリーツの入ったミニスカート。しかもちゃんと中にはズボンがついているタイプのもの。


「大人の人は膝より下の丈が多いかもしれないけど、子供から若い人までは結構着てるかな? あ、夏だしお腹が見えてたり、布面積はかなり違うかも」


結は顔を手で覆い・・・かと思ったら身を乗り出して、


「彩夜もそんな格好する?」


「・・・せいぜい今の格好くらいだけど?」


「わかった。これくらいじゃ動揺しないようにする」


結は乗り出していた身を下げて、座布団の上にちょこんと座り直した。

ついでにお茶も渡しておく。


「うん。あとは? 何から説明したら良い?」


「えっと・・時間? 何時って言われるけど、それがいつのことかわからない」


現代人にとって時間は大きい。


「えっと・・一日を24に分けた一つが一時間なの。時計の針が一周するのが一時間で、一時間が60分。伝わってる?」


どこまで説明すれば良いのかもわからず、どこまで単語を理解できているのかわからない相手に説明するのは難しい。


「あっちの時間って一刻、二刻だっけ? その一刻がこっちでの二時間」


「大体わかった。やっぱり、昔のこともある程度伝わってるの?」


「1000年くらい前より後のことは結構伝わってるよ。文化とか。その頃の文学作品も今でも読めるの。私からも聞いていい? あっちで何かあってこっちにきたの?」


私が移動してしまった原因は多分溺れかけたことだろう。

そんなふうに危険と繋がっているならば、心配である。


「あったにはあったけど・・・単なる息抜き。もうすぐあの村を離れるかもしれないからさ、その前にいろんなものを見て来いって奏さんが」


「離れる・・んだ。良かった?ね?」


もっと楽に暮らせる場所に移るということだろう。けれど、結の表情はいいものではない。


「そうでもないよ。これからは生活は楽になるだろうけど、・・難しいんだ。おれの昔を知ってる人達が来て、その人たち自体は嫌いじゃないんだけどさ」


人と関わることはいいことばかりではない。良いこともたくさんあるけれど、モヤっとすることもたくさんある。


「・・そうなんだ。うまくいくといいね」


年上の彼に、年下の私が言えることなんてほとんどない。


「彩夜、ここってあの時代からすればずっと先の未来なんだよね?」


「そうなるみたいだね」


「・・じゃあ、昔この辺りを治めてた人のこと知ってる?」


結からしたら未来になるその頃のことは詳しく言わない方がいいだろう。でもどうせそこまでのことは知らない。少しなら話しても良いだろうか?


「何となく。その頃のものもいくつか残ってるんだよ。でも、私が知ってるのは今から500年前より後の情報ばっかりだよ? 結の知ってる時代のことはほとんど勉強しないの」


資料が残っているかどうかもわからない。けれど私は結の時代を全く知らないわけではない。


「その時代はぐっちゃぐちゃなんだけどね」


「流石に遠すぎて関係ないからいいよ」


「おはよー。彩夜ちゃんもう来てたんだ」


話が一区切りついたところでタイミング良くみーちゃんがやって来た。そしていつものように部屋の中へ上がってくる。


「おはよう。宙は部屋で宿題してくるって」


「うん。結くんもおはよう。あ、私は彩夜ちゃんの友達の藤光月。よろしくね」


「おれは結理、よろしく」


結は何処かそっけない。私と会った時とはだいぶ対応が違うように見える。


そういえば、おじさんに対しても結は雑だ。どれが素なのだろう?


「名字はなんていうの?」


「・・色葉。多分」


やって来たという結の昔を知っている人に教えてもらったのだろうか?


「彩夜の名字は? まだ聞いてなかったよね?」


「椿、でもね、花の名前が二つ並んでるの。椿と菖蒲でしょう? 良いけど、微妙じゃない? 季節も冬と夏だし」


きっと付けられた時は違う名字だったのだろう。流石にお母さんもこんな名前をつけないはず。


椿はお兄ちゃんと揃えられた名字。仕方ないといえばそうだけれど、嫌いではないがなんとも言えない。


「そう? 綺麗だと思うけど?」


「綺麗かもしれないけど、しっかり名前負けしてるじゃん」


私はそんなに華やかなタイプではないし、顔だって悪くは無いとは思うけどどうせ普通の範囲内。


「みーちゃんは名前とピッタリだけど」


光る月で光月。明るく、いつも輝いているみーちゃんにはこれ以上ないピッタリな名前だろう。


「ねえ、結理くんって私達と同い年? それとも下?」


ああ、結の機嫌が一瞬で悪くなったのだ見てとれた。


「年上、身長的には上に見えないと思うけど、一つか二つ上だから」


「あれ? 3つ上じゃないの?」


「宙曰く違うんだって。年齢の数え方の問題がなんとかって・・」


お兄ちゃんより幼く見えるのも、そもそも年齢が下だから。それなら納得だった。


「違うんだ」


「違うみたい」


けれど、年上なことには変わらない。だから彩夜にとっては一・二歳の誤差なんてどうでも良かった。


「じゃあ、彩夜ちゃん。私達も宿題しようか」


「そうだね」


学生である以上、勉強はずっとついてくる。


たとえ、タイムスリップという不思議現象に巻き込まれてもそれは変わらない。


「すぐ終わるから待ってて。終わったら、なんかして遊ぼう?」


遊びに行く時は絶対にお兄ちゃんに宿題一式を持たせられてしまう。それをカバンから取り出して机の上にドンと置くけれど、これがやる気のなくなる瞬間である。


「じゃあ終わるまで見てる。良い?」


「良いよ」


みーちゃんと向かい合って黙々とノートを開いてシャープペンを走らせた。


静かなもので、部屋には時計の音だけが響いていた。





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