第26話 初夏2
「その辺でゆっくりしてて。お茶飲む? それとも先にお風呂? 汗かいてるでしょ」
宙、という人に連れられて家の中に入れば呆然と立っているしかなかった。
広くて、とても綺麗で、明るくて涼しい。あの世の中とはまるで違う。
「えっと・・おふろ?」
普段は聞かない言葉だ。「お」は付属品だろうから単語としては「ふろ」でも通じるはず。何か似た単語を知っていただろうか?
「えっと・・お湯で汗を流す?って言えばわかる? 湯船のお湯に浸かったり」
湯浴みのことか。彩夜の反応を見るに多分ここは一般的な家。
それぞれに浴場があるなんて、とても考えられない。
「使わせてくれるなら助かる」
「こっちこっち」
見たことのない素材も多く、一々驚いていたらキリがないことに気づいた。
「脱いだ服はここの籠に入れといて、着替えは用意しとく。あとはわかる?」
「大丈夫」
入浴自体は幼い頃に経験がある。思えば、ちゃんとした浴槽に浸かれるのなんて何年ぶりだろうか? 幼い頃は桶にお湯を張ってそれっぽくすることもできたけれど、大きくなったあとはまず無理だった。
「宙、服の着方、これであってる?」
置かれていたのは何処となく着物に似た服だったけれど、下着なんかはとても違い、さっぱりわからなかった。頭を悩ませながら何とか着たけれど。
「うんうん、いい感じ。似合ってる。ところで、名前って結なの? 歳はいくつ?」
「あれは、あだ名で名前は結理。歳は多分16。宙だってそんなものだろ?」
「おれ冬生まれだからまだ12歳なんだー。16って言うけど、もう誕生日来てる?」
たんじょうび、誕生は理解できる。「び」は日のこと? となると・・生まれた日はいつか?と聞いてるのだろうか?
「そんなの知らない。季節・・くらいは知ってる人に聞けばわかるかもしれないけど、日付なんて気にすることじゃないだろ?」
みんな等しく次の年が来れば、一歳年を取るのだから。
「あのさ、生まれたのって何年前?」
「・・・14年だと思う。いや、15?」
生まれた年で一歳、次の年が来れば二歳。そういう年齢の数え方をする。
「多分14年だね」
そう言った宙の目に何処か見覚えがあった。怪しい奏さんと同じ目。
「・・何だ。宙もそっちの人か」
「何の話?」
はぐらかすと言うことは教える気が無いのだろう。もう嫌と言うほどその手口を知っている。大人って本当にずるい。
「・・宙は彩夜の友達? それとも、何となく近くにいるだけ?」
「友達だよ。ちゃんと友達。光月も、俺たち3人は物心ついた時からずっと一緒の友達」
「なら良い」
宙は分かった上でおれをここに泊めてくれようとしているのだろう。ならば甘えておくまでだ。
「食事で苦手なものってある? 肉、魚、野菜・・どれも平気?」
「肉・・食べるのか?」
あちらでは食べることはない。もし食べてもせいぜい小動物程度。
「牛、ブタとか嫌いな人もいるじゃん?」
「食べたこと無い気がする。魚と野菜は何でも食べれる。肉は・・・無理かも」
「じゃあ大丈夫だな。今日の夕食は魚のフライだって」
食べるものが本当にない時はとりあえずその辺のものを口にしていたものだ。
ふらい、が何なのかはわからないけれど食べれないことは無いはず。
「多分、大丈夫」
「なにこれ! 美味しい!」
「初めて食べたの?」
宙が気遣ってくれて、食事は部屋で二人で食べるようにしてくれた。人前にこの髪を晒すのは慣れていない。
「美味しい。なんて言うか・・すごく贅沢な感じがする!」
「そうでも無いよ。揚げ物なんて給食でも出るし、割と普通によくある夕食」
油をこんなに使うなんて贅沢すぎる。それだけ数百年の間に発展したのだろう。
「味は口に合う?」
「何の味かはわからないけど、どれも美味しい」
素材と塩の味だけではない。甘かったり、辛かったり、知らない味ばかりだった。
それにたっぷりのお米。陶器の器に山盛りで、久しぶりにお腹いっぱいになるまでお米を食べた。
「喜んでくれたみたいでよかった」
ここに来てから、ようやく彩夜が色々なことに対して困惑していたのか理解ができた。
違うことが多すぎて慣れないことばかりだっただろう。でも、精一杯手伝いも覚えようともしてくれていた。
「やることがあったら言って。それなりのことは一通りできると思うから」
「うん。それよりこのあと遊ばない? せっかく二人なんだし、夜を楽しまないと」
もうすぐ日がくれる。日が暮れたら真っ暗でなにも出来ないものだ。
「寝ないの?」
「こんな時間から寝てられないって。まだ6時代だよ?」
宙が丸くて文字が書かれた盤を指してそう言う。あれを見れば時間がわかるのだろうか?
「便利だな」
別に無くとも困らないけれど。太陽の高さを見れば時間は大体わかる。
「不便なところも多いんだけどな」
おれの独り言に宙はぼそっとそう返した。
「おーい、結理ー?」
「んー」
とらんぷというもので遊んでいたけれど、睡魔が襲ってくる。すでに日はとっぷりと沈んだ後。いつもなら寝ている時間である。
「もう無理」
「早いって。まだ8時だけど?」
「なんで夜なのにこんなに明るいの? 寝れないじゃん」
「電気がついてるから夜も暗くないの」
昼間と変わらない明かりが天井に灯っている。これなら夜も怖くない。
逆に、彩夜があちらの夜を異様に怖がるはずだろう。
「もう限界?」
「限界」
「じゃあ、そっちの布団使って」
バタリと倒れた布団はふかふかだった。しかも薄っぺらくない。そしてとても綺麗。
「ここって・・良いところ」
知らないことばかりで、同じ男と友達のように過ごすのも久しぶりで。
だから奏さんは行ってこいと言ったのだろうか?
「それぞれ良さがあるんだよ。おやすみ」
「・・おやすみ」
ずっと昔の、記憶の中に埋もれていた頃の夢を見た。
「ゆいりー、はやくー」
手を振る小さな自分とよく似た影。小さな弟と廊下の先でおれを呼んでいる。
「ゆーり、まってー」
駆け寄って二人の手を握る。もう2度と離さないように。
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