第25話 初夏1

「この行事って必要? 誰得なの?」


友人のみーちゃんと並んで歩く帰り道、体操服の入った袋をむぎゅっと潰しながら愚痴をこぼす。


西陽が横から当たり、みーちゃんの方を向くを眩しく目を細める。


「んー、スポーツしか出来ない人と・・お祭りごとが好きな人じゃない? 私の偏見だけど」


「みーちゃん、一回も雨で中止になったことないじゃん? どうせ今年もあるんだよ」


今は5月、梅雨を前にして学校であっているのは体育大会の練習と準備。これがとてもつまらない。


「生徒を炎天下の太陽の下に延々と立たせる先生ってどうなの?」


「そのバックには国が居るんだから仕方ないんじゃない?」


色々と子供の浅い知識で言ってみるが、それらをまとめると体育大会なんて嫌だ、というところだ。


「せめて秋とか、冬にやってくれたらいいのに」


「冬は寒いよー。彩夜ちゃんは寒いのも嫌いでしょう? それに先生たちのことだから半袖になれって言ってくるよ?」


先生たちはもこもこの格好なのに生徒には薄着をさせる。走ったって、動いたって、寒いものは寒い。


「それもヤダなー」


元々学校は嫌いだけれど、こんな行事があるとさらに学校は憂鬱になる。


練習はほどほどに顔を出して、それ以外はサボっているけれど、それでも面倒くさい。


「彩夜ちゃん、あの人、お化けだったりする?」


引き攣った顔のみーちゃんが指した先には、雑木林の中をふらふらと歩く着物姿の人影がある。


「今時、あんな服着ている人なんて時代劇に出る人だけじゃない? あのふらふら感とか、すごくお化けっぽくない?」


「・・・あ!」


雑木林の中に入り、その影を追いかける。


かしゃかしゃと枯葉の踏んだ音が当たりに響くけれど彼は気づいてくれない。

意味は分からないが今は回収するのが先だろう。見たことのない土地で一人っきりというのはとても恐ろしい。


「待って! 結! どこ行くの?」


「・・彩夜。本物?」


「そうだけど」


こっちが聞きたいくらいだ。本物なのか。どうしてこんなところへ来てしまったのか。


「この国、怖いよ。通りに出たと思ったらすっごい暑いし、大きくてツルッとした何かとぶつかりそうになるし」


アスファルトの上は土の上に比べればとても暑い。通りにあった大きくてツルッとした何か、とは車のことだろうか? よく無事だったものだ。


「どれくらい彷徨ってたの?」


「・・・一刻くらい?」


つまり二時間くらいだろう。5月とはいえ、南にあるこの辺りはまあまあ暑い。


「お水飲んで! 熱中症になっちゃう」


持っていた水筒をずいっと押し付ける。

幸い、一度空になっている為今は冷水機で補充した冷たい水がたっぷり入っている。


「いいの? ありがとう」


一気に水筒の三分の一を飲み干したところで不思議そうに結が首を傾げる。


「半透明の水筒なんてやっぱりここは変わってる。彩夜の格好もすごく変」


「そうだった」


見慣れた結のその格好も、ここでは大きな違和感になる。この状態ではどこにも連れて行けない。


「すぐ帰る?」


「二、三日はこっちに居るようにって奏さんに言われてる」


いきなりなんてことをしてくれたのだろう。

せめて、前もって教えてくれるなり何なりしてくれたら少しはどうにか出来たかもしれないのに。


「彩夜ちゃーん、その人と知り合い?」


「うん。知り合いではあるんだけど・・」


家に連れて行けば、お兄ちゃんに質問ぜめで徹底的に聞かれることは目に見えている。かといって、正直に話せばおかしくなったとしか思われないだろう。


子供の私にはどうすることも出来ないが、このまま外にいてとも言えない。


「珍しい格好だね。神社とかの子?」


「うん。違うけどそんな感じ」


細かいところは誤魔化しておこう。今それに乗っかって、後で違うとバレても困る。


「もしかして、家出してきたとか? それなら、知り合いでも彩夜ちゃん家には連れて行けないよねー」


「そうなの! だからどうしたらいいと思う?」


家を出てきたことに間違いは無いからそれでもいいだろうか?


「んー、宙の家に連れてこうよ。宙の家っていっつもお兄さんのお友達がいるじゃん? 泊まって行ってることも多いみたいだし、頼めばどうにかなるんじゃない?」


「うん。とりあえず、行ってみよう!」


「彩夜?」


当の本人を置いて話を進めていたからだろう。結はただただ首を傾げ、不安そうにしている。


「あのね、結の住んでるところほど色々緩くなくて、だから、一番大丈夫そうなところに連れて行こうと思うんだけどいいかな? 家に連れて行けたらいいんだけど・・・多分面倒なことになるから」


「無理だったらその辺で適当に夜は過ごすからいいよ?」


現代の住宅環境からすれば、ほぼ外で暮らしていた結ならば一晩くらい平気だろうけれど現代で未成年がそれをすると問題なのが目にみえる。


「こちらの成人って20歳なの。子供が夜にうろうろしてたら捕まっちゃう?の。だから着いて来て?」


「わからないけど・・分かった」


この時間ならそこまで人とすれ違うことも無い。

けれど、目立たないに越したことは無いと早歩きで宙の家へ向かった。








「何ー、宿題してたんだけど・・? それ誰?」


面倒くさそうにラフな格好で出てきた宙は、結を見た途端何事かと私達の顔を見比べた。


「宙、この人が彩夜ちゃんの知り合いらしいんだけど家出してきちゃったらしくて一晩泊めてくれない?」


「俺の部屋で雑魚寝でいいならいいけど。今日は兄ちゃんは友達の家に行ってるし、珍しく家が静かかも」


「ありがとう!」


宙の家は昔のままでかなり古い。そのおかげで、庭も家自体もそこそこ広く、みんなで集まる時はうってつけの場所である。


「一晩でいいの? 明日は土曜日だしそのまま休みの間は居ても問題ないんじゃない?」


「えっと・・、とりあえず明日の朝に来るからそれまでお願い。その後のことは明日伝えるから」


すでに帰る時間が遅れている。早く帰らないと兄が心配するから、また明日、と帰ろうとしたところで大事なことを忘れていた。


「えっと、急いでお兄ちゃんの小さくなった服を持ってくるから。身長は・・」


宙と結を見比べるとあまり変わらないか、それより少し小さいか。


「宙ってどのサイズの服着てる?」


「基本160。たまに大人のも着るよ?」


「いい感じの探してくる」


何枚か持って来て、その中からいいものを着てもらおう。


「あ、もう遅いし俺の貸しとくから明日でいいよ。うちって兄いる分お下がりもあって服は多いから」


「ありがとう。また明日ね」


今度こそ、手を振って別れて帰りの道を歩く。みーちゃんともこの先は通る道が違うため、一人で歩く。


結にはどんな服がいいだろうか? 洋服に慣れない結には甚平なんかがいいかもしれない。


「おかえり。寄り道してたのか?」


道の途中まで迎えに来ていたらしい兄と会ってしまった。

それが愛情なのはわかるけれど妹からすると面倒で、結を連れて来なくてよかったとホッとした。


「学校でちょっと呼び止められちゃって」


「早く帰ろう?」


手を握られる。そんなことをされるほど子供では無いのに。


「うん」


無難な返事をしてさっきのことは隠す。もし、この前のことがバレたらお兄ちゃんは私を外へ出してくれなくなる気がする。


「彩夜? 何かあったか?」


「何もないよー。それより、お兄ちゃんの昔の服借りていい? 宙のところに知り合いの人が来てて、その人の分が足りないんだって」


お兄ちゃんはみーちゃんの家に行くことはあっても宙の家へ行く事はない。だからこれくらいの嘘ならバレないだろう。


「どうせ押入れに詰まってるだけだから好きにして」


「ありがとう」


やっぱり、結とお兄ちゃんを比べると結の方が子供っぽいような・・。お兄ちゃんは基本上にしか見られないからそのせいだろうか?


まあいいか。考えたってどうにもならない。


「お腹すいたー」


「用意できてるよ。彩夜の好きなものも作っておいたから」


「やったぁ!」


兄の前ではただの妹。なにも知らないふりをして兄に甘えた。



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