空白

第23話 非日常

「彩夜、手紙来てる」


学校から帰って来て、部屋でゆっくりしようと思っていた所に兄がやって来た。


「後でも良くない?」


「母さんからの手紙だけど?」


「ありがとう」


受け取れば、後は兄を追い出し布団に体を沈める。

実のところ、兄とは兄弟ではない。親戚なのかもしれないし、そうで無いのかもしれない。


彩夜芽はここに預けられているだけで、親はと言えば仕事で忙しいらしい。兄の両親も同じようなもので外国を飛び回っているんだとか。

事実がどうであれ、兄弟であることには変わりないからと気にしたことはなかったけれど、我ながら変わった家だと最近になって思っている。


「今度は何かなー」


相変わらず綺麗な封筒に入った手紙の上を折り目に沿わせて切る。


年に5回会うかどうかの母の字はとても読みやすい。一緒に暮らしていた記憶は無いけれど、小さい頃の私の持ち物は全て母の字で名前が書かれていた。


「何これ?」


意味のわからない言葉が並んでいる。読むことは難なく出来るけれど理解が難しい。


遠い昔の時代はどう? 結理くんとは仲良くしてる? どうにかなりそう?


そんな言葉がつらつらと並んでいる。


話した覚えなんてもちろん無い。兄も祖母達も誰1人私が居ない事に気づいていない。

遠く離れた所で暮らしている母が知るよしが無い。


「何それ」


最後には、夏休みには帰るね、とそれだけ書かれている。肝心なことは何も書かれていない。


不気味なほどに違和感だらけ。


仲良くしてる?なんて聞かれても、自分から行くつもりなんて無い。

生まれた時代が違うのだから干渉しない方がいいに決まっている。何もしなくたって巻き込むと奏さんは言っているのだからそれを待つだけ。


そもそもどうして私なのかわからない。

わざわざ自ら面倒ごとへ突っ込んで行きたくも無い。


結がどうしているかは気にならなくも無いけれど、きっと元気に暮らしているだろう。お互い今まで通り。


それが一番だ。





         ・         ・          ・




「これ、ありがとう」


夏の気配が近づいて来たある日、

滅多に山には入って来ない桜が直接貸していた着物を届けに来た。


「もういいの?」


「ええ。それとね、結理、紹介したい人がいるの」


桜の様子が少しおかしいとは思いつつもついていく。紹介したい人、というのはおれの家の少し離れた所に待たせているらしい。


「桜?」


「お待たせして申し訳ありません。彼が結理です」


桜に倣ってぺこりと頭を下げておく。


そこにいたのは、この場所とはとても合わない青年だった。

服からして役人、しかもかなりのお偉いさん。そんな人がどうして?


「ありがとう。確かに本人ですね。ずいぶん大きくなられて」


微笑んだその人がおれの方へ手を伸ばして来て、反射的に一歩下がった。


「なんの話ですか? 桜?」


「元の家に帰りなさい。幼い頃の結理を知っている方よ。こんな所にいるべきじゃ無い」


考えなかったことがないわけでは無い。自分がどこから来たのか、どうしてこんな所にいたのか。


唯一の手掛かりの当時の着物から、それなりの身分だったのでは?と思ったこともあった。けれど、何となく深く考えないようにしていた。


「葉、と申します。幼かった結理様が何も覚えていなくても無理はありません。私の兄に陸、という者がいるのですが聞き覚えはありませんか?」


りく、陸、妙に口に馴染む。


2人で大きな背中をいつもついて回って、悪戯をして怒られて、時々その弟も・・


「よう、・・何で?」


色々な光景が突然頭に浮かんで、理解が追いつかない。


「ほんの少し、でも覚えてらっしゃるのですね」


同じく子供だった葉が立派な大人になっている。けれど、見上げているのは変わらない。


「ずっと探していたのです。陸兄だって、ふとした時に結理様の事を話していました。あの頃は私達とて子供でしたので、探すことが出来ずに申し訳ありません」


「さくらっ」


何かの恐怖に襲われて、桜の袖を握る。


「桜が言ったの? 気づいてた?」


「・・見つけた時から、良い家の子とは思ってた。けど、家の事を聞くと変になるから放っておいたし、何も知らないって言うでしょ?」


その頃の記憶はほとんどない。覚えているのは知らない土地で桜が優しくしてくれた事くらい。


今の桜の顔は見たことがないほど真剣で、必死さが伝わって来た。


「その頃ね、中央で色々あったって辺境まで聞こえて来てたの。その時期にって絶対訳ありじゃない? 打算で面倒見てたわけじゃないのよ」


当時、子供だった桜がそこまで考えて面倒を見てくれたとは思わない。それはわかっている。


「結理様、数日後には兄も来ます。その際には会って頂けませんか?」


「すみません。混乱しているようですので、私が聞いて返事をさせていただきます」


「よろしくお願いします」


桜に隠れるようにしている間に、とりあえずは葉は帰ってくれた。


「いつまで私の後ろにいるつもり?すくすく育っちゃって私より背も大きいのにね」


グニっと頬を摘まれる。


「友梨と同じくらい結理のことは可愛いの。だから、元の家に帰って欲しい。別の意味で大変かもしれないけど、確実に暮らしてはいけるでしょう?」


「そうだな」


うっすらと記憶にある、かつて暮らしていた場所にはあまり良い印象がないのも事実。


「選ぶのは結理だからね?」


「葉から、何か聞いた?」


自分の出身に関することを、桜達には知られたく無いと思った。


「あの方が一ノ宮家の方とは聞いていたの。でも結理がその人を呼び捨てにするから」


そういうことなのよね?と尋ねられる。


一ノ宮家はこの藍国で一番上の貴族であり、この国をまとめ上げる色葉家に仕える家。


「残念ながら」


記憶が確かならば、本名は色葉結理。

色葉家の長男として生まれて、右葉曲折で今は辺境の村で暮らしている。




人生を大きく変える、生まれて14年目の年の事だった。






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