第20話 幼い夢6
「2人は名前は何というんだ?」
住んでいるらしい簡易的な古屋に入れてもらい、ご丁寧にお茶まで出され、話題まで振られてしまった。
彼が本当にこの前村を襲った人と同一人物だろうか? それとも、何かの勘違い?
そう思うほどに普通で人間的なもてなし方をされる。
「彩夜芽です」
「結理です」
この時代では名字がない人も多ければ、字が書けない人もたくさんいる。
名前は?と聞かれればフルネームで答えるのに慣れているせいでちょっとした違和感が生まれてしまう。
「へえ、聞かない音だけど、それなりの家の生まれ? 字も決まってたり?」
それぞれどの字で書くのかを言えば伝わった。
「字が読めるのですか?」
「親は読み書き出来たから一通りは。二人とも綺麗な字が並んでいる。ちゃんと考えられて付けられた名前だ」
「気に入っている名前ですよ。結は?」
「・・漢字の意味は覚えてないからなんとも。親のことも知らないし」
結は読み書きがちゃんとできるわけではないらしい。けれど必要な字は覚えているようだから、ここに来る前に教育を受けていた時期があるのかもしれない。
「あなたも名前はありますか?」
「ああ、言ってなかったね。響紀というんだ。響くに日本書紀の紀」
「ニホンショキ・・糸偏の方の紀ですよね?」
歴史か何かで出てきた記憶がある。中学生になったばかりの私には読めても書けない漢字はまあまあある。特に普段使うことのない字はなかなか出てこない。
「それそれ。知ってるんだ」
「有名ですよ。たしか・・日本の神話というか、成り立ちが書かれている歴史書ですよね?」
あれを書いた人はとても想像力豊かな人だろう。それとも大人が何人も集まって考えて作ったのだろうか? それはそれで、その光景は面白い気がする。
「どうやってできたのかってのが書かれてるの?」
「うん。どうせ作り話だから、あくまでお話として聞く分にはいいと思うけど」
「どんな内容?」
結は知らないらしい。この環境なら無理もない。それともこの時代にはそこまで知られていない?
「神様がとある場所に降りてきて、ポンポン国を生んで、神様がいっぱいになって、その子孫が天皇、みたいな内容でしたよね?」
「ざっくりだとそうだね」
どうせ天皇を神格化するために書かれた本だろう。
「天皇も他の人もみんな先祖はサルなのに、信じている人っているのでしょうか?」
「随分失礼なことをはっきり言うなー。こんなことを言う子は初めて見た」
響紀さんは面白そうに笑う。
「君は遠いところから来たのかな? 例えば遠い未来とか」
当てられた上に鋭い目で見つめられて心臓がはねる。
「そんなところですね。でもどうして?」
「数日前に、近くでとても大きな力を感じたから。大規模な術でも動かないとああはならない。今はこうしてひっそり暮らしているけれど、両親はとても強い人たちの元でくらしたんだ。その人たちの話をきいているから少し詳しくてね」
付け足されたその話に私は興味が無かったけれど、逆に結は食いついた。
「どうして、そこに今はいないの? 集団の中にいる方が楽じゃないですか?」
同じように一人で暮らしている響紀さんに対して思うところがあったのかもしれない。
「だろうね。けど、そこはもうないから仕方ない。その強い人たちは変わり者だったらしくてね、人ならざるもの達の中では浮いていたから排除された。どこの世界でもある話だろう?」
変わっていた人たちの中で暮らせるような両親をもつ響紀さんもその影響をうけているから、こうして普通に話してくれているのだろうか?
「1、2を争う強さだったらしいけどね」
「もしかして、青い髪の?」
「そうそう。随分前に亡くなっているけど知ってるの? そう見えて100歳こえてるとか?」
「見た目通りの年齢。・・ただ、知り合いから青の化け物と同じ色の髪だからってからかわれたことがあって」
少なくとも100年前にはその強い人は亡くなっていると思われる。伝承がずっと語り継がれているほど強い存在だったのだろうか?
「とてもいい人だったらしいから誉め言葉だな。強くとも、力で抑えてまとめるようなことは一切せず、尊敬されていたらしい」
「誉め言葉・・」
結が突然俯いた。見えている耳はとても赤い。
「結? どうしたの?」
「きっと嬉しかったんだろう。強がっているだけでずいぶん可愛いところがあるな」
「いや、ただ・・」
やっと顔を上げた結の顔は不機嫌そうながらも、口元がちょっと緩んでいる。
年上の男子を可愛いと思うのはいけないことだろうか?
「彩夜、なにニヤけてるんだ? 何かおかしい?」
こちらを見てさらに不機嫌そうになった結に、軽く手を摘まれる。
「そんな顔もするんだなーってだけだけど?」
結はお兄ちゃんと同い年のはずだけれどふとした時の表情はずっと子どもらしい。
「そう言えば、その強い人にはとても大事にしていた奥方がいたんだ」
揶揄われいるのだろうか? 町で会ったおじさんにも同じように言われた気がする。
「その人はどうなったの?」
「誰も知らないんだ。その場所が無くなった時、用事か何かで奥方は別のところにいたらしい。色々な噂だけは流れてきて、生きているとも亡くなったとも言われている」
悲しい話だ。理不尽で、何と言っていいかわからない。
「気をつけた方が良い。その見た目なら、奇怪の目で見られるだろう?」
忠告。その言葉に恐ろしさを感じつつも、優しさは嬉しかった。
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