第19話 幼い夢5


奏さんのお願いを聞いた途端、結は顔色を変えて奏さんに詰め寄った。


「無理だって。おれはまだしも彩夜は危ない!」


そういうけれど、結だって十分危ないと思う。話が通じる人かどうかもわからない。


「二人ならできるよ。私はできない条件なんか出さない良いお姉さんだから!」


そんなことを言われたって、危険なことにしか思えない。


「どうしておれ達がそんなことをしないといけないの? なにか条件というなら他のことでもいいと思う。それとも、二人纏めて処分したいとか?」


私にはとても考えつかなかったような怖いことを結理は言う。奏さんの様子をうかがうと、まさかと首を振った。


「そんなわけないじゃない。理由は私が、この条件は必要だと思ったから。これ以上の理由がいる? 別に私としてはどっちでもいいし、彩夜ちゃんにとってはずっとこのままこっちで暮らすのも幸せかもよ?」


「なんでそんなことを言えるんですか?」


奏さんは今日会ったばかりなのだ。私のことを深く知っているはずがない。


「私だから、かな? でもね、私としては彩夜ちゃんに帰って欲しい。けど、心の深いところではここでの生活も悪くないって思っているでしょう?」


奏さんの言う通り。帰りたいとは思っているけれど、この生活は嫌いじゃない。


「結理、君は彩夜ちゃんの全部を見ないと。今、君が見ているのはほんの一部だけだよ」


「そんなことは・・」


「本当に彩夜ちゃんは弱いの? 自分はこの先に行くのはいいけど、彩夜ちゃんは危ないみたいな言い方したよね?」


仮面の奥が全く見えない。何も見えない。


「だって彩夜は」


「ねえ、知らないの? 彩夜ちゃんだって君の手から炎を出す、みたいなことできるんだよ。この子は君が思っているほど弱くはない」


どこか気まずくなって一歩下がり陰に隠れる。


「ああ、言い方を変えた方がいいのかな? とっても弱いけど、ちゃんと強いの」


「奏さん」


ツンツンと奏さん袖を引っ張った。余計なことまで言わないでほしい。それにそんなに強くは無い。


「結理、もっとしっかりしなさい! そうしないとーーーー」


奏さんは結理には少し強くあたる。そして、最後の言葉は彼の耳元で囁き、結はさっと顔を青くした。


「なんで、いつもはそんなじゃないのに」


「なんでって、私は君が嫌いなの。今までは子供だと思って手加減してたんだけどね。それだけだよ」


奏さんは本当に結のことが嫌いなのだろうか?

奏さんは結をとても嫌いと思っているような態度には見えない。逆にとても優しくて・・


「彩夜ちゃんが決めて。どうする?」


ここには自分の意見を言わなくてもわかってくれるひとはいない。思っていることはちゃんと言わないといけない。


「私、ここも好きだけど、帰りたいです」


少しだけ心が痛む。私が帰ってしまったら結はまた一人になってしまうから。

けれど、そこまで私が関与することでもないだろう。深く関わらないうちに、元々ここには居ないはずの人間は早く帰った方が良いに決まっている。


「じゃあ、早速行っておいで。ちゃんと何かあったら助けるから」


危ない時には助けてくれるのなら、怖くは無い。きっと奏さんはとても強い人だから、簡単に守ってくれるだろう。


「行って来ます」


「行ってらっしゃい」



 




 霧の中だから先が見えない。ついでに、霧のおかげで服は湿り気持ち悪い。


「どこかな?」


「この辺だと思うけど」


声を潜めて会話をする。気づかれる可能性は少しでも減らしたい。


「結、なんかいる」


背中がぞわっとする感覚で、すぐそこに何かがいることはすぐにわかった。


「ゆっくり近づこう」


正直怖い。元々、お化け屋敷の類は苦手なタイプなのに、リアルお化け屋敷に行かせられているようなもの。


「ねえ・・・どうやって話しかける?」


「わかんない」


怖いからと握った結の手が少し震えている。結も強がっているだけで、本当は怖いらしい。


『誰かいるのか?』


突然、どこからか聞こえた声に二人で身を寄せる。背中合わせに立って辺りを見回すけれど何も見えない。

声も反響しているせいでどこからきこえたのかわからない。


「用があって来た」


「ちょっと、結!」


大丈夫と言うように結の後ろに隠される。結にはどこにいるのかわかるらしい。


『早く帰れ。子供の来るところではない』


あれっ? いきなり襲われない?


「話をしにきた。それだけだ」


『話など、何を』


人型の影が近づいてきて、やっとお互いの姿が見えた。

すると向こうはなぜか固まっている。


私の感想としては、思っていたより怖くない見た目だ。なんかの動物のようだけど人のようでもある。なにより目が怖くは無い。


『何者だ?』


「見ての通り、人間」


『嘘をつくな! その力を持っていてどこが人間なんだ』


容姿のせいだろうか? 普通の人間とはかけ離れている自覚はある。 


「この際、何と思ってくれてもいいから話を」


結が一歩近づこうとすると・・・・・


『来るな! 化け物!』


「「!」」


そのセリフは逆じゃないですか? どうにかその言葉は飲み込んだ。


「どこがおれたちが化け物だって?」


『騙されないからな! その力を持っていながら人間の匂いなんてそんな妙な生物は化け物に決まってる』


「こっちからすればそっちだって化け物だ。妙な生物だからってすぐに化け物って言うな」


「化け物は・・さすがに傷つきます」


向こうも同じように震えているのがわかった。怖いのはどちらの同じ。


「痛いこと、しに来たわけではありません。刃物とか、私たちは持ってませんよ?」


手を差し出す。

多少の水を動かすことは出来るけれど、たったそれだけしか出来ない。自分の意思で炎を操る結にも劣る。


「思っていたより怖い人じゃないですね。実は優しそう」


ねえ。と結に聞けばなぜか呆れられた。


「この通り、彩夜はおれのことを初めて見た時もちょっと珍しいもの程度にしか思わない。けど、彩夜と同じことをおれも思った」


「お互い・・びくびく怖がるのは損だと思います。それで良いことなんて一つもないでしょう?」


怖くても知っていけば怖くないことなんて多々あるものだ。


『何の話をしに来た?』


目の前のその人はどかりとそこに座った。敵ではないと思ってくれたことにほっとすると、大事なことに今気づいた。


奏さんからは話して来てとしか言われていない。内容はなにも決まっていない。

結にどうしよう?と視線で訴えてみれば首を振られる。


「彩夜、世間話ってどういうもの?」


「私、社交性ないよ。知らない人とお話なんて無理。結のほうが」


「他人と関わって来なかったから何を話せばいいのか見当がつかない」


二人でひそひそと話していると、その人は深くため息をついた。


『ところで二人の関係は? この前は急に雨が降り出したけど、大丈夫だった?』


自然な切りだし。答えやすい質問を交えての会話。


「・・まけた」


「こんなところに住んでいる人外に負けるなんて」


いかにも、他の者達とかかわりが無さそうなこの人にコミュニケーション能力で負けた。

コミュ力が無いのはわかっていたけれど、ここまでだとは思わなかった。


『そんなに落ち込まなくても。あと、失礼なこと言ってるけど、こっちだって集団の中で暮らしてた時期あったから』


想像していた以上にその人は、とても人間味があり、取っつきやすく、そして社交性が高いらしい。


どこか劣等感を刺激されつつ、それを実感した。


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