第17話 幼い夢3


澄んだ冷たい空気が纏う朝。


「行こうか」


朝食を食べた後、いつもなら洗濯をしたりするところを今日は先に出かける準備をした。食材集めはその道中にするつもりらしい。


結が私の帰れる方法に心あたりがあるらしく、先にそこへ連れて行ってくれることになっていた。


「それってどこにあるの?」


「山の中」


ここも十分山の中だけれど、と思いながらもそうなんだと頷いた。

気のせいかもしれないけれど結の口数が少ない。どことなく空気が重い。


その空気の中、気のせいかいつもより暗くて静かな山を登っていく。


「彩夜、元気ないのか?」


元気はあるつもりだ。どちらかといえば結のほうが元気がないように見える。


「まだ少し眠いだけ」


「ならいいけど。病み上がりなんだから無理はするなよ」


「うん」


あれくらいの熱は一日もあれば治るのに。結は心配性なんだろうか?


「これ食べれるかな?」


山の中はたくさん色々な植物が生えている。見つけ次第背負っているかごへぽいぽいと入れていかないと次にどこで出会うかわからない。


「それは苦い。苦いの食べれるのか?」


「食べれない」


この植物は断念して次の植物を探そう。


「寄り道してないで早く行こう」


「採りながら行くって言ったの結じゃなかったっけ?」


「やっぱりやめた。重い物持って山を登る方が効率が悪い」


そう言われればそうだ。それにこうして寄り道しつつ向かっていたらいつ着くかわからない。


「帰りに取って帰るから問題ない」


「また見つけるの?」


「どこにあったかくらい覚えてる」


山の中なんてどこも一緒に見えるのに。ここで育っている結には目印でもわかっているのだろうか?


「記憶力いいね。すごいなーなんでもできて」


先に歩き始めた結にちょっと足を速めて追いついて隣に並んだ。

私は記憶力がない。それでいつも勉強で苦労している。社会や漢字は大の苦手で中学生から本格的に始まってしまう英語はとても恐ろしい。


「なんでもは出来ない」


「怖いものってある?」


「それくらいある」


ここ数日過ごした中では私にはそんなものの心当たりはない。


「ねえ」


「彩夜が言ったら言う」


いつもだけどどうしてここまで言いたいことがわかるの?


「流れでわかるから」


「大きい音が苦手」


花火とか綺麗だとは思うけれど音が怖い。だから遠くから眺めるくらいでちょうどいい。


「おれは・・・火が苦手」


「なんで?」


手から炎を出したりするのに? 苦手どころか得意なのかと思っていた。


「大きい音が苦手なのはどうしてって聞かれて答えられるか?」


「ドーン!ってのがびっくりするから。ほら、結は火をボワーって出せるじゃん」


「昔は囲炉裏の火もだめだった」


聞いたらいけないことだったかな? これ以上深く聞くのはやめておこう。適度な距離感が大切だ。いつもは仲のいいお兄ちゃんとだってずっと一緒にいると喧嘩してしまう。


「彩夜、高いところ平気?」


「嫌い」


突然何の話だろうか? 苦手なものの続き? 高いところが苦手な人って多いから?

けれど、この時代は観覧車や高層ビルなんてないだろう。だからそこまで高いところを苦手と感じる機会もなさそうだけれど。


「へえ・・・なら頑張って」


結はちょっと意地悪そうな笑みを浮かべていた。なんだか嫌な予感がする。


「?」


「そこを渡らないといけないんだ」


結の指す先にあったは、蔓に覆われ古びた板がまっすぐと並べられた・・・吊り橋?

ぼろぼろで植物と一体化している。今にも落ちそう。壊れそう。


「え、行かないとだめ?」


「ここで一人で待っとくのとどっちがいい?」


「・・・」


「ここ、もちろん蛇とか動物も出るけど・・・・どうする?」


難しい。あれを2回渡るのと一人で待つの、果たしてどちらがいいだろうか? 結はどれくらいで橋の向こう側から戻ってくるかわからない。 


「いく」


「なら早く渡ってしまおう」


結はスタスタ行ってしまう。これが怖くないの?


「待って。置いていかないで」


「・・・・早くこないと揺らす」


だからどうしてそんな楽しそうに黒い笑みをうかべているのだろう?


「鬼!」


「だから早く渡ってしまった方が怖くないって」


「無理」


なんか今日の結は冷たい。


「ほら」


手を掴まれ引っ張られた。


「真っ直ぐ前を見て歩け」


「うん」


顔を掴まれて強制的に前を向かせられる。

橋の上は風が強い。下から冷たい風が吹きあがってくるのがよくわかる。


「下は見ないように」


「もう見ちゃったよ!」


下は深い谷になっている。その谷にはまあまあの勢いで流れている川。落ちたらひとたまりもないだろう。


「そんなに距離はないから」


「やだ、無理、帰る」


「後ろに蛇と猪が・・・もうすぐ吊り橋壊れそう」


「ぎゃあぁぁぁぁーーー!」


急いで向こう岸まで走った。


「はあ、はあ」


色々びっくりして疲れた。


「なんだ、渡れたじゃん」


どこか面白くなさそうな結をみて、さっきまでいた向こうを見た。


「あ、あれうそだったの!」


「本当にいたらもっと急ぐって」


結はニッといたずらっ子のように笑っている。私で遊んでいたらしい。


「・・・・ひどい」


すごく怖かったのに。

結がこんないたずらみたいなことをするのは意外だった。大人びていると思っていたけれど意外と年相応なところがあるのかもしれない。


「そうか。もうすぐそこだから」


「すぐ?」


「見えてるよ。あの洞窟みたいなの」


「あれって」


夢で何度も出てきた場所に似ている。


「洞窟って言っても大した深さはないんだけど」


「そうなんだ・・・」


なんか入ってはいけないような場所に見える。


「こっち」


「いっていいの?」


「うん」


結は中に入って行くから私もその後をついていく。洞窟の中は外よりも心なしかひんやりしているきがする。


「どこだったっけ・・・この辺に・・・・あった」


結が地面の落ち葉を払うと地面に描かれた模様が出てきた。


「なにこれ?」


「さあ?」


どことなくアニメにででくるような魔法陣みたい。ただ、アニメと違ってその中に書かれているのが漢字のようなものに見える。


「確か・・・これに触って」


「うん」


二人で触れると・・・・


「なんか光ってるよ!」


なんかとてもファンタジー。

小説やラノベ好きの私としては少し楽しくなってきた。


「そういうものだから」


「なんか引っ張られる感じする!」


「いつものことだから」


これは本当に現実なんだろうか? タイムスリップが起きているのだからこの際なんでもありなのか? 手に炎が出せるのも私からすれば魔法みたいなものだ。


そういえばなんで結はここまで冷静なんだろう? こんなにありえない現象が起こっているのに。ここってそういう世界? 

いや、ここは過去なのだからそんなはずはない。


「出てきて。聞きたいことがある」


「・・・・誰に言ってるの?」


「これに」


「・・・大丈夫?」


結はおかしくなったんだろうか? 熱があるとか? 今朝から様子がおかしいのはそのせい?


「なんかお面の人にこうやって呼ぶように言われたんだ」


「それ幻覚じゃない?」


真面目な結がこんなことを言うなんて。


「・・そんなことはないはずだ」


なら、今の一瞬の間はなんですか?


「だから本当だって!」


結が焦って言った。本当ならここはなんなのだろう。


「彩夜が疑うから早く出てきて!」


地面に向かって叫んでいる。桜さんに結の様子を伝えた方がいいだろうか? 伝えたところでどうにもならないか?


「ほら・・出て来ないよ」


やっぱり結がおかしくなった!


「おかしいなー」


「ほら」


何も出てこない。模様をぺちぺちしてみたり、さっきのように触れてみても何の変化もない。


「・・・・・いや・・・・そんなはずは・・・」


だんだん自信なさげになっていく結。


「ごめんね! 遅くなっちゃった!」


やたらと元気な声がどこからか聞こえた。近くに人はいなかったはず。どこから?


「?」


「こっちだよ!」


後ろから声が・・・・


「ねえ」


「・・・・・わぁぁ!」


振り返れば後ろに鬼のお面をした、美しい着物を優雅に纏った女性が立っていた。


 


 

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