第11話 町
「彩夜、起きて。・・・おーい」
「んー」
なんかうるさいから布団の中に潜り込む。まだ寝足りない。
「はぁー」
聞こえるため息。次にされることは分かっている。だから布団の端をぎゅっとつかむ。
「!・・・布団剥がすように言ったのは彩夜だろ」
寒いし、眠い。もう少しだけ・・・
「わっ!!」
突然地面が動いた。私はころがって壁にぶつかり、うつ伏せになって止まった。
背中側に布団がない。掛け布団を下に敷いてしまっているからだろう。転がって仰向けになり、布団の端の方によって余っている掛け布団の半分を上にかけてくるまる。
「また寝る気か?」
多分外から見たらミノムシかサナギのようになっているだろう。でも寒い時期のお布団の誘惑には抗えない。
「どんだけ起きたくないんだよ」
布団の中はとてもあったかい。その温かさでまた夢の中へ誘われる。
「ほら・・・努力するんじゃ無かったのか?」
聞こえてはいるけれど眠くて答えられない。
「二度寝するな」
うるさいなー。私は『努力はする』と言っただけだ。努力はしたけれど、どうしても眠気には勝てなかった。
「あと3秒以内に起きないと朝ごはんは汁抜きだ」
眠気に抗い目を開けて、寒い空気に身を縮めながらも布団から出る。
「起きたよ! いる。汁抜かないで」
「・・まさかご飯に釣られて本当に起きるとは」
結が驚きつつ、呆れている。寒い朝の暖かい汁物は大事だ。
「朝ご飯用意しとくから、顔洗ってきたら?」
「うん。・・おはよう」
「あ・・おはよう」
布団から出て、外に出る。陽は出ているけれど、まだ少し暗い。
「寒っ」
今日はとても冷えている。夜も晴れていたからだろうか? 空を見上げていると結がやってきて大きめのタオルを肩にかけてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。・・あ」
どうしたんだろう? 結がじっと空を見つめている。私も同じように見てみても何もない。
「今日は雨降るかも」
「?」
空を全体的に見上げても、雨雲どころか雲一つ無いいい天気だ。
「早く用事済ませた方がいいかもな」
「そうなんだ、川まで行ってくるね」
「うん」
近くの川に行く。水を顔にかけるととても冷たくてすごく目が覚めた。
この時代、鏡はなかなか無いらしいので水面を鏡の代わりにして髪をとかしまとめる。
町に行くらしいし・・・髪は見られないようにしないと。三つ編みにしたらいいかな? 一つの三つ編みをしてそれをおだんごにする。
これで大丈夫かな? 最後にもう一度髪を確認して結の家に戻る。
「結、これでいいかな?」
「なんかよくわからないけど、見えにくくて良さそう」
みつ編みって知らないのかな?
そういえば友梨さんたちはほとんど髪をおろしているし、あげていても一つ結びだ。
あまり髪をあげる文化がないのかな?
「ご飯の用意できたよ。食べよう」
「うん。・・・おー、美味しそう」
昨日とは汁の具が違う。ご飯も炊き立てだ。
『いただきます』
今日も美味しい!
これ、結が一人で作ったのかな? え? いつ?
「・・結っていつ起きたの?」
「陽が出る前かな」
すごいなー。私ならそんな時間に起きられない。
「おれが横で料理していても彩夜起きないから流石だなーと思ったよ」
この家は台所がなくて、囲炉裏の周りしか料理する場所はない。囲炉裏は部屋の真ん中でそれを挟むように布団を敷くと部屋はいっぱいになってしまう。それくらい結の家は狭い。
「敷布団とっても起きなかったからびっくりしたよ」
地面が動いたと思ったのは敷布団を取られたからだったんだ。
「まさか掛け布団にくるまってまた寝ようとするなんて思わなかった」
なぜか結は呆れを通り越して感心している。
「よく敷布団動かせたね」
「そんなに重くない」
そうだっけ?
「でも、私のってたよ」
私はそんな背が高くないし体重だって平均ないけれど、重いことには変わりがないはずだ。
「彩夜軽いし・・・別に」
「?・・・なんで軽いって知ってるの?」
そんなこと言った覚えはない。
「彩夜が昨日?一昨日かな?倒れた時、ここまで運んだから」
「ごめん」
あそこからここまでそれなりの距離はあったはず。
「いや。川から水運ぶ方が重いから」
比べるのが水とは・・・やはり現代とは全然違う。
「彩夜、これもてる?」
食後、出かける準備をしていた。結が渡してきたのは背負うかごでその中にいろいろ入っている。
「重い」
「無理かー」
座り込んで靴を履いたら後ろにひっくり返りそうになるランドセルと厚めの本を10冊を足したくらいの重さな気がする。
「大丈夫」
持てないことはない。
「結構歩くから無理しないほうがいい。・・・・これで持てる?」
少し中を減らしてくれた。
「うん。これなら」
まだ重いけれどさっきのよりはずっといい。
「じゃあ行こうか」
結も同じようなかごを背負っている。中は私のよりずっと重そうだ。
「それ持つの?」
「わざわざあっちまで行くんだからたくさん出来るだけ多く持っていかないと」
そうか、行くのに一時間の距離でもあれこれしていると三時間はかかるだろう。結は一人暮らしだからいつもの家の事もしないといけない。普段はそんなことで一日終わるらしいから三時間もかかるところへたまにしか行けないんだろう。
「あれ、こっちに行かないの?」
私は村の方へ行こうとしたけれど、結は別の方に行こうとしていた。
「村の方はあんまり通りたくないんだ。だから山の中を通って行こうかなーと。・・・それにこっちの方が近道だし」
そっちは山だ。まさか山道を行くとは思っていなかった。
「こっち、ついてきて」
「うん」
山の中だけど意外と歩きやすい。ちゃんと地面が平らで草の生えていない場所がある。
「山の中なのに道があるんだね」
「あー、けもの道だから」
けものみちって・・・もしかして・・
「動物出ないよね?」
「言い忘れてたけど、たまに出るから気をつけて」
やっぱり・・・まあ、しかたない。ここは約一千年も前の時代。現代とはまるで違う。
「はぁー、やっとついた」
結局、町に来るのに数時間はかかった。
「結、待って」
やっと着いたのに結はもう町の中に入って行こうとする。
「あ、ごめん」
「大丈夫。ちょっとだけゆっくり歩いてくれない?」
結は歩くのが速いからついていけない。
「うん」
それにしても町というだけあって人が多い。
「・・・彩夜、髪とか見られないように気を付けて」
「うん」
かさを深く被る。大丈夫。誰も私たちの方なんて見ていない。
「そばから離れるなよ」
「うん」
結の後ろにくっついて町の中に入っていく。すごい。町だ。見たことない風景で面白い。
「わっ」
顔から何かにぶつかった。大きい壁? でもあったかい。見上げると結がすぐそこに立っていた。
「彩夜! ちゃんと前見て」
「ごめんなさい」
ついキョロキョロしてしまった。初めてみるものもあって、楽しくて。
「人が多いし、やめとこうと思ってたけど・・」
結が私の右手を握っていた。こちらに目を向けることなくただ前を見ている。
「えっ、ちょっと・・結」
「彩夜が悪い」
怒っているらしく結は無言で私を引っ張りながらどこかへ歩いていく。
「結・・・ごめんね・・ねえ」
「・・・誰かにぶつかってかさが落ちたらどうするんだよ。周りから目も見えてそうだし」
私を心配してくれていたらしい。それで怒ってたの?
「見られたらどんな目にあうかわからないっていうのを分かってるか?」
分かっていなかった。ここは現代とは違う。
「・・ありがとう」
「ここは村ほど安全じゃない。早く用事を済ませて帰ったほうがいいんだ」
「はい」
そんなに危ない町には見えないけどなー。
「ここに用事があるんだけど・・・」
そこは町の端のほうにある小さなお店だった。色々なものが置かれている。
「彩夜はおれの後ろにいればいいから」
ここは言われた通りにしておこう。
「おじさん、いる?」
「? あー、青髪か」
店の中から30代くらいのおじさんが出てきた。ちょっと怖め。背はそんなに高くはないけれど目つきが怖い。
こんな人が店番でお客さんが来るんだろうか?
そういえば青髪って結のこと? 結の髪が青いって知ってるのかな?
「いくらで買い取ってくれる?」
「おっ、・・・・貴重なのもあるな」
話す感じは普通だ。怖そうなのは見た目だけ?
「青髪、女連れてくるなんて珍しいな」
「そんなことはいい。早く」
「これだけの量だから時間かかる。ゆっくり中で待っても」
「ここでいい」
結がおじさんの言葉を遮るように言葉を返していく。
こういう結は珍しい。それとも本当はこんな感じなのかな? おじさんと結ってそこそこの知り合い?
「なあ、青髪」
「何?」
「その子、髪見えてるけどいいのか?」
「えっ!」
本当だ。いつの間にか髪が一房こぼれていた。
「あっ!」
「へー、碧眼かー」
おじさんがこっちに近づいてくる。手が伸ばされて、触れられそうになって、思わず結の背中にくっつくように隠れた。
「彩夜、大丈夫?」
だめだ。体が震えている。どうしても・・・・・。
「この人は見た目ほど悪い人じゃない。おれの髪と目のことだって黙ってくれてるんだ」
「おい、見た目悪いって言ったか?」
「ほら」
確かにおじさんは悪い人ではなさそう。
「うん」
「とりあえず、店の中に入ったらどうだ? そこにいると外からその髪が見えるんじゃないか?」
「そうさせてもらう」
結が店の中に入っていく。私もそれについていく。
言わないと。違うって。そうじゃないって・・。
「あの、・・見た目でじゃなくて・・・例えばどんな優しそうな人だったとしても・・・慣れていない大人がだめなんです」
おじさんは私をなぜかじっと見て・・
「・・まあ・・・近づかなければいいってことか?」
「はい」
「そうか。わかった」
おじさんはなぜか笑っていた。不思議な人だな。
「・・・ゆっくり昼ご飯でも食べて待ってたらどうだ?」
「・・・そうする」
結がそこにあった椅子のようなものに座ったから同じように座る。
「彩夜、はい。ご飯」
少し昼には早いけれどお腹が空いている。早く起きたし、たくさん歩いたからかな?
「これは?」
渡されたのは中に何かが包まれているであろう葉っぱの塊?のようなもの?
「昼ごはん」
それはわかっている。
葉っぱは食べないだろうし、中身かな? どうやって開けたらいいんだろう?
首を傾げながら考えていると・・・。
「あっ、そうか」
と結が開けて見せてくれた。開け方がわからないのに気づいてくれたらしい。
「すごい!」
葉っぱとひもだけで3つのおにぎりが包まれている。
こんなものがある事は知っていたけど実際見たのは初めてだった。
「青髪、その子・・妹か?」
「違う。・・まず似てないし、どうしたら妹ってなる?」
「会話」
私たちってそんな風に見えてるの?
「なら・・・嫁?」
「!・・・違う。だいたいまだそんな歳じゃないし」
「あと少しで成人だろ」
こっちの成人っていくつなんだろう? あと少しって・・・14、15歳ってことなのかな?
「あー、将来の」
「だから、そんなのじゃなくて・・・」
結はどこか楽しそうなおじさんを前にたじろいだ。おじさんは結をからかって遊んでる?
「ならどういう関係なんだよ」
結は色々考えた結果・・・
「うちに居る」
「・・同じ家に住んでるってことか?」
「まあ・・・そんな感じ」
おじさんはそれを聞いて悪い笑みを浮かべた。
「一つ屋根の下で生活している家族以外の女ってそれは嫁だろ」
「違う!」
おじさんは結をからかっているらしい。結を助けたほうがいいかな?
「色々あって、ただ泊まらせてもらってるだけですよ」
「本当か?」
「本当だから! 速く計算して」
「はいはい。わかったからご飯食べたらどうだ?」
おじさんは面白そうに笑っている。
お腹も空いたからおにぎりをハプっと食べる。
「美味しい。塩がちょうどいいね」
「うん」
結は私が2つおにぎりを食べている間に3つぺろっと食べてしまった。結が早いのか、私が遅いのか。
「結、おにぎり1個いる?」
「いや、それ彩夜のだから・・」
やっぱりまだ食べれるらしい。成長期かな?
「私、もうお腹いっぱいだからあげる」
「本当に?」
遠慮して、とでも思っているんだろうか? そんなんじゃないのに。
「本当。思ったよりおにぎりが大きくて。だから食べてくれない?」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして」
やっぱり普段食べている量は結には少ないんじゃないかな?
「どうかした?」
「いや、・・私見ても驚かない人がいるんだね」
「おじさんはただのおじさんに見えて情報屋もやってるんだって。商売しながら色々な人とも繋がりがあるらしい。あやかしとも・・・なんて話も」
確かにあやかしは色々なことを教えてくれる。怖い、悪い奴もいるけれどいい人の方がもっといっぱいいる。いいあやかしでも人間とは関わりにくいらしい。そういう人と繋がりがあるのかな?
「だから驚いたり、怖がったりしないんだと思う。・・おじさんのことは小さい頃から知ってるけど実際どうなのかはよくわからない」
世の中にはそういう人もいるんだ。
「金髪に碧眼ねー」
「何?おじさん。・・絶対他の人に言うなよ」
「わかってる。そんなに信用ないか?」
「・・・で、いくらになった?」
かなりの量だ。わからないけど結構いくのかな?
「これくらい」
おじさんはパッと指を立てている。金額ってこと?
「もう少し」
結も同じように指を立てている。
「おい、その手どうした」
挙げた方の結の手はまだ治っていなくて布が巻かれていた。
「毒キノコにやられた。それより」
「これでどうだ?」
「ありがとうございます」
結の表情からしていい金額になったらしい。こっちのお金は単位が違うし、物価も違うだろう。
そうだった。私、この時代で買い物もできない。どうしよう。
「あ、そういえば最近ある噂があるんだ。本州の方から来た噂らしいけどな」
「何?」
昔の時代は情報は人から人へと伝わって広まっていったと聞いたことがある。それだろうか?
「昔、青髪の化け物と金髪の化け物がいたんだってさ」
私たちを化け物と言いたいのだろうか? やっぱりそんな風に言われるんだ。
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