第9話 夕焼け


「ねえ、火出したのってどうなってるの?」


ガスの様に燃える物質が無ければ何もないところで火が出るはずがない。なのにさっきは何も無い手の上に突然火が現れた。


「さぁ? 仕組みは知らない。ある日やってみたら出来た」


結はなんでも無いように言う。何かの力なのかな? 私のシャボン玉みたいなのと一緒だろうか?


「使って疲れないの?」


やってみたら出来たってことはコツとかわからないんだろう。私も同じことができたら便利なのに。


「疲れない。・・これ見ても彩夜は驚かなかったな」


「え?」

 

なにをだろう。驚くことなんてあっただろうか? すごいなとは思ったけれど。


「ほら、火を出したのに」


「・・人間でする人は初めてみたけど、あやかしならいるし・・ね? 仕組みは気になるけど」


結はちょっと驚いたような顔をした後、くっと笑った。何か変なこと言った?


「人間か」


「え・・違うの?」


「彩夜にはおれが人間に見える?」


答えは出ているけれど結をじっと見てみる。綺麗な紅瞳を見つめてみる。はっきりした違いは知らない。でも感覚で人間かそれ以外かはわかるものだ。


「人間でしょ? あやかしによく似ているけれど深いところが違うよ」


「・・・うん。そうだよ」


結はパッとさっき以上の笑顔で笑った。何がそんなに嬉しかったのだろう?


「どうしたの?」


「いや、非現実的なあやかしとかいるって思ってるのに・・・仕組みの事を言うのがおかしくて」


それはそれ、これはこれだ。理科は興味がある。物の仕組みを知ることは好きなのだ。気になってしまうのは仕方がないだろう。


「だって、あやかしだって見えない人は見えないんだから存在しないって言うけどもし完全な透明にもなれる物質が存在するとしたら別でしょう?」


「あやかしが見えないのは感じ取れないほどの存在感しかないから、見えないと感じているだけらしい。空気みたいなものか?」


「でもそれとこれとは別じゃない?」


答えが出ることはないから考えるのはまた今度にしよう。色々教えてくれた人たちに会った時に聞いてみようか?


「彩夜、魚焼こう」


「うん」


どうしてそんなに楽しそうなのかわからないけれど・・・まあいいか。


「結構焼き加減が大事なんだ。うまく焼けば同じ魚でもとっても美味しくなるんだ」


「へー、そういえばご飯は?」


友梨さんの家では食べたけれど、結の家では食べていない。


「おれは田んぼ持ってないからお米は買うか物々交換するしかないんだ。大体、魚と山菜で交換して貰ってるんだけどそれでもかなり安くして貰ってる方で・・・食べるのは2日に1回くらい」


「それで足りるの?」


中高生の男子ってご飯いっぱい食べるイメージがある。私だってご飯はたくさん食べるし、お兄ちゃんはそうだった。


「他の食材があるから」


結はそこまで背が高くない。私よりは高いけど、そもそも私がそこまで身長が高くない。


まだ成長期が来ていないだけかと思っていたけど栄養の問題もあるのかもしれない


「でも、今日は大丈夫。昨日、たくさん手伝ったから桜がお米多めにくれたんだ」


私邪魔じゃないのかな? あんまり働いていないのにそれなりに食べる。するとどうしても結の分が減ってしまう。


「できることあったらするから。言ってね」


「うん。そうだ。明日は町に山菜売りに行こう」


町? ここは村だから町ってことはここより大きいのかな?

 

「どこにあるの?」


「山の向こう」


この辺りは山に囲まれているから仕方ない。どこに行くにも山を通らなければいけないのはちょっと不便だ。


「この辺にしか生えていない植物があって、それが高く売れるんだ」


ずっとこのあたりで育ったのに知らなかった。


「彩夜が珍しいやつを見つけてくれたし」


「そうなの?」


少しかもしれないけれど結の役に立てていたらしい。よかった。


「その後、買い物もしようか」


「街までどれくらいかかるの?」


「ざっと・・・一時間くらい」


もちろんこの時代に車はない。それどころか自転車も無い。つまり歩きで一時間だ。


「朝早く起きれる?」


「どれくらいの時間?」


「明るくなったくらい」


それってどれくらい? 普段起きるのは外が眩しい様な時間ばかりだ。 結はすでに私が朝弱いのを知っている。


「布団剥がして、起きるまでずっとあれこれ言われていたら起きるから」


お兄ちゃんは毎朝そうしている。小学生になったばかりの頃は目覚まし時計で起きる努力もしたけれどダメだった。音がなって起こされても、鳴らないようにスイッチを切って二度寝してしまった。


「わかった。あ、今日は布団一つ桜の家から借りてきたから」


「ありがとう」


そっか。友梨さんの家は色々昨日の騒動で色々大変らしい。だから私は今日は結の家にいる。


「あ、そろそろ魚いい感じ」


「美味しそう」


いい感じに焼き目がついている


「後は少し火から離して中まで火を通せば出来上がり」


「汁は?」


さっき切っていたのは汁の材料の野菜だ


「今から火にかけて・・・野菜が煮えたら食べれるかな」


それまで時間がかかりそうだ。何かするのかな?


「水浴びしてくる?」


「?」


なんだろう? まだ寒いこの時期にわざわざ水を浴びたくなんかない。


「えっと・・体洗いたいかなーと思って。今日は汗もかいただろうから」


結は言いづらそうに言った。


「陽が落ちると寒くなるからその前に・・入るなら」


「お風呂代わりってこと?」


「そう」


こっちに来てからお風呂に入っていない。濡らしたタオルで拭いてはいたけれど・・入るのとはまた違う。


「どこで?」


「そこの川で」


もしかしてこの時代ってお風呂無いの? この時代ってそんな時代?


「川って冷たく無いの?」


「冷たいけどもう春だし、他に方法もないから冬以外はそうしてる。・・寒いならお湯にしてから浴びたら?」


私は火を起こせない。どうしよう?


「・・川って普通に浸かるの?」


「浸からないと洗いにくくない?」


絶対寒い。プールと思えば大丈夫? いやでも・・暗くなってくる時間の森は怖い。


「あ・・この辺、人は来ないから大丈夫」


「人はってなに?」


「動物はたまに来るかな」


なにそれ。怖い。動物ってなんだろう? この辺りに熊は居ない。でも猪や鹿、たぬきは現代でだって普通にいる。目撃情報は近くでは聞いたことがないけれど猿もいたりする?


「心配なら・・その・・・遠く?・・というか、遠くもなく近くもないところから・・なにも来ないか見張っとこうか?」


それなら怖くないかな?


「もちろん彩夜の方は絶対に見ないから」


「うん。・・・お願い」


すると結がなんか微妙な顔をした。なんか困っているような・・何か迷っているような?


「どうしたの?」


「その・・本当に頼まれるとは思わなかった」


ならなんのつもりで言ってくれたんだろう?


「普通、ちょっとくらい動物が怖くても1人で行くものじゃ無いのか?」


またぶつぶつ言っている。けれどこの前と違ってはっきり聞こえて


「・・暗い森・・・怖いんだもん。それに結はそんな・・その、のぞきなんてしないでしょ」


それにまだまだ子供の私なんて覗いても何もないだろう。


「うん。しないけど・・そういう問題じゃなくて・・」


後で思うとこの頃は結の言っている意味があまりわかっていなかった。この頃は中学生になったばかりで考え方は小学生のままで幼かったのだろう。多分、結の前で寝る時に着ていた体育服から朝着物に着替えるくらいなんとも思っていなかった。きっと原因は家にはお兄ちゃんがいるし、小学校では体育服に着替えるとき男女混ざっていたからだ。


「はぁ・・なら早く行こうか」


「うん」


後にこの数日が長く結にからかわれ続ける恥ずかしい過去になるが、この時はそんなことになるなんて思っていなかった。


「洗濯物はそこに積んであるから」


パジャマがわりの体育服などの着替えとタオルを持って川にいく。


「おれはこの辺にいるから」


結は川の手前で待っておくらしい。ちゃんと背中を川に向けて木に寄りかかって座った。


「・・いいって言うまでこっち見ないでよ」


見ないとは思っているけど念のため。それくらいの恥ずかしさはこの時の私にもちゃんとあった。


「わかった」


早く終わらせようと川の方に向かった。この川は浸かると腰くらいまでくる深さがある。


髪を結んでいたゴムを取って髪を下ろす。あまり川に浸かりたく無いし寒いのは短い方がいいから髪洗うのは服を着たままでいいかな?


「わっ!・・」


思いっきり頭に水をかけたらかなり冷たかった。けどさっぱりする。


水をかけて、こする。それを何度か繰り返すとシャンプーがなくても汚れが落ちた気がした。


体を洗うのは流石に川に入らないといけないのかな? うん。仕方ない。


帯を引っ張ったところで一度振り返る。


うん。こっち見てない。大丈夫。でもちょっと心配だ。結ではなく他の誰か来た時が。


そのために一応大きめのタオルを体に巻いた。足を川につけてみる。やっぱり冷たい。


そうだ! これはプール、プール。お風呂がわりじゃなくてプール。雨の日のプールはこれくらい冷たいものだ。


早く終わらせよう。もう諦めて一気に浸かった。プールと思っても寒いものは寒い。


さっと洗って震えながらあがった。


風が吹いて余計に寒い。川の中の方が暖かかったかもしれない。


ヒーターが欲しい。でも無いものは仕方ないからさっと着替えた。


「結、もういいよ」


「・・彩夜! 唇、紫になってる。大丈夫か?」


「寒い」


「早く家の中で温まって」


家の方へ歩くけれど・・結は家の方に行こうとしない。あれ? 私だけ?


「結は行かないの?」


「水浴びしようかなーと思って」


私はあの家に1人ってこと? 電気の無いこの時代の家の中はこの時間でもとても暗い。


「ここに居ていい?」


「家でも怖い?」


コクコクと頷いた。元々1人のお留守番は嫌いでそんな時はいつもテレビをつけている。


「わかった。はい、これ」


結は手にあの小さな火を浮かべ手をこっちに向けてきた。


「?」

 

どうすればいいの?


「手かして」


「こう?」


言われた通りに手を出すと結はその上に火を乗せてきた。私の手の上に火がぷかぷか浮かんでいる。


「あったかい」


「すぐあがるからそこから動かないように」


「はーい」

 

私は川に背を向けてその場に座った。


だんだん陽が落ちていく。空が青からオレンジ、桃色、紫と変わっていく。


「結、すごく綺麗だね。夕焼け」


「ここ、すごくいい場所なんだ。そうだ、陽が落ちたら・・・あ、でも・・早起きしないといけないし・・・明日がいいかな?」


結がどうしようか? こうしようか。とあれこれ言っている。


「?」


「うん。そのうちもっとすごいものを見せる」

 

なんだろう? すごいもの? よくわからないけれど結がそういうならいいものを見せてくれるのだろう。


「楽しみ」


「うん。すごく綺麗なんだ」


きっとお互い背を向けて話しているだろう。でも結の楽しそうな笑顔が簡単に頭に浮かんだ。








「ひゃっ!」


首に何か冷たいものが当たった。


「へー、こういうの弱いんだ」


結が面白そうに笑った。今の冷たいのは結の手だろうか? いつの間にか後ろに立っていたらしい。


「やめて」


「多分」


絶対またイタズラする気だ。まあいいか。これくらいの悪戯なら私もお兄ちゃんによくやっている。


「帰ろうか」


「結、この火どうすればいいの?」


風でもなにをしても消えなかった。


「こうするんだ。多分、彩夜には出来ないけど」


結は火を手で握った。その手を開くと火は無くなっている。マジックみたい。すごい!


「もう汁できたかな?」


「早く食べたい」


「お腹すいた」


家に近づくといい匂いがしてきた。


 

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