第8話 夕食


「ほら、しっかり掴んで」


手に伝わるヌメヌメと嫌な弾力。この微妙な硬さがまた嫌いだ。


「んー、ヌルってする。こっち見てる」


「ちゃんと見て」


そんなことを言われてもこの微妙な状態の時は見たくない。目が合ってしまう気がするから。


「ここに指を入れて」


「あぁー」


ぬちゃっとして指に独特の感触がまとわりついて気持ち悪い。この微妙なチクチクも嫌い。


「次は引っ張る」


魚の頭が取れる感触が・・・


「はぁー、できた?」


「まだあるからな。次は内臓を取る」


「えっ?」


さすがにそれは・・・ここまでは手でやっていたけれど包丁を使いますよね?

 

「ひっぱれば簡単に取れるから」


「あの・・・結、私もう頑張ったよ」


「うん。やってみようか」


今無視したよね? こんな笑顔で『やってみようか』なんて・・


「まずこうして」


「待ってよ! そんないきなり」


結が後ろから私の手を掴んだ。逃げられない。目の前には魚、後ろには結。


触ったことのない今まで以上にヌメっとした感触が・・・・・


半泣きになりながらどうにか終わった。


「嫌だ。もう二度とやりたくない」


「大体、彩夜が内臓は苦いから嫌いって言うからだろ」


「そうだけど・・・」


ああいうのは苦手だからしょうがない。でもお肉を料理するのよりはマシだった。

 

「彩夜、次は野菜切って」


「はーい」


言われた通りに切っていく。家の中にはトントントントンとリズムのいい音と、トン・・・トン・トン・・トンと全くリズムのない音が響いている


もちろん私がリズムのない、ゆっくりな方で・・


「待って、もしかして・・・」


いや、もしかしなくても私のほうが結より料理出来ないんじゃない?


「ほら、手動かして」


結の手際が良すぎる


「なんでそんなに速いの?」


「今日は遅いほうだけど? さすがに少し痛いし」


そうだった。結は右利きで毒キノコのせいで腫れたのは右手だった。


「それで遅いの?」


いつもどれだけ速いんだろう?


「毎日やってるし・・慣れたら速くなる」


確かに私はお兄ちゃんがあんまり包丁をさわらせてくれなかったからあんまり料理の経験はないけど・・ちょっと悔しい。


「はい、次はこれ」


「どんな風に切ったらいい?」


「さいの目切りで」


「・・・わからない。どういう切り方?」


そういえば小学校の家庭科の授業で習ってるのかな? どれだっけ? さいの目、なにそれ?


「こんな風に」


結が実際にやってみてくれた


サイコロ型に切るっていう意味だったらしい。1センチ角くらいに切って・・


「出来た」


「・・・うん、まあ四角だし・・うん」


私のは大きさがバラバラなのに結のは綺麗に四角で同じ大きさ。


「・・練習すればできるようになるよ・・多分」


「結に負けた・・」


フォローされると余計に悲しくなる。


「んー、彩夜にはお兄さんいるんだろ。お兄さんには勝てるんじゃない?」


「無理だよ。お兄ちゃんすごいの。それなりの料理ならなんでもできるし掃除、洗濯パッパッと出来ちゃうし、勉強もできるの」

 

「・・・・」


結はもうなんとフォローすればいいのかわからないといった顔をしている


「気にしなくていいよ。歳上にはかなわないもん」


「あ・・・次は火起こそうか」


「うん」


この時代、ライターは無いよね。もしかしてマッチすら無い?どうするんだろう?

 

「まずは薪を囲炉裏に入れて」


「うん」


山のような形になるように積んでいく


「火はどうやってつけるの?」


「どうしようか・・」


どうしようかってどういうこと?


なぜか結は私のことをじっと見ている


「彩夜、これから見ることは誰にも言わないでほしい。いいかな?」

 

「?・・うん」


なんのことかよくわからない。どうしてそんなことを?


「言ったらこの村から追い出される・・かも」


「えっ!」


なにをする気なんだろう?


「見てて」


パッと蝋燭の火くらいの大きさの火が結の手の上に浮かんでいた。


「わぁー! すごい」


「・・・やっぱり彩夜は喜んでくれるんだ」


「だってすごいよ」


どういう仕組みなんだろう? 手熱くないのかな?


「一本枝取って」


「はい」


結が手の上の火に渡した枝を近づけると枝に燃え移った。


結はそれを囲炉裏に落としてつつきながらどんどん火を大きくしていく。


「すごいね」


陽が傾いて暗くなってきていた部屋がぱあっと明るくなった。

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