第7話 山歩き


1人なんて寂しいに決まってる。そんな分かりきったことは聞くものではないのに。


「ここに来たばっかりの頃は寂しかった。まだ7歳だったし・・けどもう慣れたから」


「そうなんだ」


結は淡々と山菜をぶちぶちと摘んでいる。記憶を無くす前、ここに来る前に何かあったんだろうか?


「覚えてないからわからないけど・・時々理由がわからないのに『これは嫌だ』とか、知らないはずの事をすらすら言えるんだ。不思議だよな。気づいたら知らない場所に一人で立っててそれを桜が見つけてくれたんだ」


それが2人の出会い。桜さんが結を見つけたから今こうして私たちは一緒にいるのだろう。出会いとは不思議なものだ。


「困ることなんてないし昔の記憶はいらないかな。・・思い出したくないって思うから」


辛い記憶だったのならそれでよかったのかもしれない。そのほうが幸せだろう。


「結は桜さんと仲良いよね」


「拾ってもらってから1人で生活できるようになるまではせわしてもらってたし・・姉みたいな感じ?」


姉というにはどこか壁があるように見えるのは気のせいなのかな。


「あっ、早く材料取らないと日が暮れるよ」


「うん」


山の中を慣れたように歩いていく結をついていく。


見上げるとまだ若い葉っぱの間から柔らかい光が降ってきて、飛び回る小鳥の影が見える。


「あった。これは食べやすいよ。比較的癖がない」


「えっとー、まるくてふわふわ」


見つけたら一つ一つ山菜の特徴を覚えていく。やくに立てるように一つでも多く山菜を覚えたい。


「これは少し苦いかな」


「ちょっとギザギザ?」


「あと・・・これとこれ」


なにこれ? どれも似てる。どれがどれだかわからない。覚えようとしているうちにも結は次の場所へ行ってしまうのを追いかける。


「次はきのこを、えっと・・これ」


「食べれるの?」


きのこは毒を持っているものもあって素人が採るのは危ないと聞いたことがある。何もわからない私が摘んで大丈夫なものだろうか?


「これは食べれる。でも似てるのがあって、そっちは毒あるから気をつけて」


きのこは難しい。どれも茶色で違いがよくわからない。かさの形が微妙に違う?それとも茎の太さ?


「あっ、しいたけ!」


これはわかる。スーパーでよく見かけるえのきやしめじ、エリンギなんかもあるのかな?


「しいたけはわかるんだ」


「うん。家で育ててるの」


家にはキノコのもとになるものを打ち込んである木がいくつか壁に立てかけてある。


「へー、育てられるんだ。あっ、危ないから勝手に遠くに行かないように」


「はーい」


小さい頃から裏山で遊んでいたから少しくらい離れても大丈夫だろう。川や斜面に近づかなければそこまで危険がないのはわかっている。


「わぁー」


すごく大きいきのこがいくつも生えている。しいたけ? ちょっと色がしいたけより薄いような気もするけど美味しそう。


「結、見つけたよ」


「どれ?」


キノコは少し凹んだところに生えている。結のところからは見えないのかな?

プッチと取って上にあげた。これで見えるかな?


「ほらー、大きいでしょ?」


「! 彩夜、それは捨てろ!」


「え?」


どうして?と首をかしげていると結が走って私のところに来て持っているきのこを奪い、投げた。


「なんで?」


「早く、こっちだ」


手をひかれ近くの川まで連れて行かれた。そして川の中に突っ込まれ、手が冷たい水に包まれる。


「早く手洗って! えっと薬草は・・」


とりあえず言われた通りにする。何かダメなことをしただろうか?


「どうして投げたの?」


「あれは毒きのこ! 触ったら赤く腫れる」


ふと見れば結の手が赤くなっていた。見た目は椎茸にしか見えなかったのに毒キノコだったなんて。やっぱりキノコ取りは危険らしい。


「結も手洗って!」


「あれ? もう赤くなってる。早いな」


私が勝手に動いたせいだ。


「ごめんなさい」


「大丈夫。これくらいよくあること。薬草貼っとけば治るから」


「・・でも」


手の赤くなり方が痛そうな感じだ。


「彩夜、手どうもなってない? おれより触ってた時間長かったよな」


そういえばなんともない。自分の手をじっと見つめてみてもいつもと変わらない。でもどうして私だけ?


「大丈夫みたい」


「よかった」


「触る場所によって違うこともあるらしいから・・・今度からは気をつけて」


「はい」


やっぱりまた怒られてしまった。私が悪いから仕方ない。


「勝手に色々触らない事。おれのそばから離れない事」


すぐに心配するところなんかはお兄ちゃんによく似てる。


「猪出ることもあるからな」


結は赤くなった手に薬草を乗せ上から布で巻いている。けれどうまくいかないようで・・・


「私がしようか?」


「できる?」


「うん。できたよ」


それなりに手先は器用だからこういうことならできる。 


「ありがとう。じゃあ行こうか」


「うん」


結は私より歩くのが早い。それに頑張ってついて行っているうちに・・


「あっ」


べちゃっと転けてしまった。痛い。木の根につまずいたらしい。


「大丈夫か?」


「うん」


落ち葉のおかげで怪我はない。


「あー、よごれちゃった」


着物が落ち葉だらけになってしまった。パタパタと払うと思ったよりすぐに落ちた。


「危なっかしいなー、ほら」


結が手を出してくる。手を繋ぐってこと? 結の手に私の手を乗せてみた。


「これでどっか行かない。安全だな」


ぎゅっと手を繋がれた。これで合っているらしい。でも少し気に入らない。


「私そんな子供じゃないよ」


「まだ子供、おれだって子供なんだから」


こう言われては反論できない。


「もう」


「はいはい。ふくれないで」


一つ歳上なだけなのに子供扱いするのはとても嫌だ。けれど、ここが現代から遠く離れた時代で帰れるかもわからないことを忘れるほどこの時間は楽しかった。

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