第6話 水崎村3


暗い。陽が落ちてきてどんどん暗くなっていく。梅の花の咲くこの時期でもいつもはこの時間はもう少し明るい。けれど今日は空が分厚い雲に覆われて光が見えない。


「お兄ちゃん、みーちゃん、宙!」


一生懸命大好きな人たちのことを呼んだ。いくら叫んでも返事はない。


「うるさいな!」


大人が取り囲みどんどん人気ひとけのない方に連れて行かれる。大人1人に簡単に連れていかれるほど私の体は小さかった。


「だれか、だれかたすけて」


「静かにしろ!」


大人たちに体を押さえつけられる。


「やめて!」


暴れても大人からは逃れられない。暴れているうちに口を塞がれ、両手両足を縛られた。


「んー」


口を塞がれているせいで思うように声が出ない。


「どうする?この子」


「山の奥で片付けよう」


小さな体は簡単に大人に抱えられる。いくらバタバタ暴れても効果がなく、どんどん山の奥へ連れて行かれる。そんな時ポタポタと雨が降ってきた。


「こんな時に・・」


どんどん大雨になっていく。服に雨が染み込む。寒い。早く帰りたい。


「この辺で片付けましょうよ」


「そうだな」


どさっと地面に落とされた。痛い。


「んー、あぁー」


口を塞がれているせいで言葉にならない。


「大人しくしてろ!」


「!・・・」


目の前に銃が突きつけられた。幼い私でもそれがどういうものかくらい知っていた。

怖い。だれか・・


「私にさせて下さいよ」


「いいだろう」


「あー」


身を捩って逃げようとする。自分を守るように小さく丸くなろうとした。でもうまく動けない。


「じゃっ」


バンっー!!  すごい音がした。


熱い? 痛い? 苦しい。なにこれ? 赤い。


「はずした。あと数センチで一発だったのに」


目の前がぼやける。顔が濡れている? 雨のせいかな?


「どうする?ほっといても長くはないよ」


「とどめは俺が」


 ・・・森中に2発目の音が響きわたった。





        • • •





目を開けると見慣れない天井があった。ここは・・・結の家だ。


「彩夜・・大丈夫?」


結が眉を顰めて私の顔を覗き込んだ。


「うん」


どれくらい眠っていたんだろう? 外は明るい。起き上がってあたりを見回す。もう昼かな?


「もう少し寝たら? 顔色悪いし・・」


夢の中の恐怖がまだ残っていた。それに痛い。


「もしかして怖い夢でも見た? うなされてたけど」


「・・・うん」


あの夢は小さな頃から何度も何度も見てきた。見た後は必ず左胸の下の方が痛くなる。そこは夢の中で撃たれた場所。最近はこの夢見てなかったのに。


「・・・あれからどうなったの?」


「あやかしは帰って行った。村は半分くらい燃えた」


「そっか」


村の人たちは無事だったんだろうか。でも聞かないほうがいいいな? 悲しくなるかもしれない。


「今いつ?」


「次の日の昼」


かなり眠っていたらしい。そういえばお腹が空いた。


「なんか食べる?」


「うん」


結は囲炉裏にある鍋からあったかい汁をついで渡してくれる。


「美味しい。ありがとう」


「ならよかった。それ山菜たっぷり入っているんだ」

 

「えっ!」


全然わからなかった。山菜がたっぷりとは思えないほど癖がない。


「山菜苦手だろ?」


「なんで知ってるの?」


苦手だけれど、この状況で好き嫌いなんてしてられずそんなこと言った覚えはない。

 

「食べる時嫌そうな顔してた」


「苦いんだもん」


「だからさ、食べやすいように料理してみた」


すごい。結はそんなこともできるんだ! もしかしてなんでもできるのだろうか?


「お兄ちゃんみたい!」


「存在がって事?」


「違う、私のお兄ちゃんに似てるって思ったの」


お兄ちゃんは料理が得意だ。よく私が好きな料理を作ってくれる。誕生日にはケーキも作ってくれるし、正月なんかおせち料理まで作った事もあった。


「そして、お兄ちゃんは数少ないこの髪と目でも良いって言ってくれる人なの」


「やっぱり彩夜もその色のせいで色々言われてきた?」


「そうでもないけど、みんなとは見られる眼が違うよね」


どうしても珍しいから注目を集めてしまう。私はそれが苦手。


「この色嫌い?」


「うん。黒とかせめて茶色がよかった」


生まれつきなのに染めているように思われる。どこに行ってもたくさんの視線が向けられる。


「おれはその色が綺麗だと思うんだけど」


「!」


そんな風に言われたのは初めてだ。お兄ちゃんでもそんなことは言ってくれなかった。


「・・次は帰る方法を探さないと」


「う、うん。そうだね」


いつの間にか夢の恐怖は無くなっていた。かわりにとてもあったかい気持ちで満たされている。


「どうしようかー、彩夜はどう思う?」


「・・わからない」


川に落ちたのが理由かと考え、同じようなことをして試してみたけれど今も私はここにいる。


「んー」


「帰ったら・・」


ひとりごとのようにそう呟いた。


お兄ちゃんが待っている。家族とみーちゃんと宙も待っているだろう。


「彩夜、夕食の材料取りに行こう」

 

「うん、考えるのは?」


「作業しながら」


現代に帰ったら結とはどうなるの? もう会えない?


私がいなくなったら結は一人になるのかな?


昨日今日の短い間だけれど見ていて思った。結は誰とでも間に壁がある。友梨さんたちとも見えない壁が。桜さんたちのような家族のような人たちがいても本当は孤独なんじゃないだろうか


私と違って家で待っている人もいないのに・・・


「寂しくないの?」


つい思ったことが口に出てしまった。慌てて口を塞いでも遅い。口にしてしまった言葉は戻らない。


結がどこか困ったような笑顔で私を見ていた。













 

 

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