第5話 水崎村2

 

とっさに目の前の女の子をぎゅっと抱きしめた。

 

この木に潰されてしまうだろうか?


景色がゆっくり動いて見える。こういう時、時間がゆっくり動いて感じられるのは聞いたことがあったけれど本当らしい。


どうすれば助かるだろうか? 


動けばいいのかもしれない。頭ではわかっているつもりなのに体は動いてくれない。


力を使えばいいのだろうか? でも使えるかなんてわからない。


幼い頃からあやかしと呼ばれるものに関わってきた。それで怪我した事も、食べられそうになった事も何度もある。助けてもらったことも楽しい時間を過ごしたこともある。

関わる中で力というものの存在を知ったのは小学生になったばかりの頃だった。





その日、あやかしは逃げても逃げても追いかけてきた。いつもは優しいあやかしの所に逃げ込んで隠れさせてもらっていたけれどその日は逃げる途中で小さな私は石につまずいて転んでしまった。隠れる場所まではまだまだ距離があった。


食べられると思った。とても怖かったけれどそんなことは起きなかった。


恐る恐る目を開けると私の周りにはシャボン玉のような物があり私を包んでいた。なぜかあやかしはこの中に入って来られなかった。でもバンバンとシャボン玉のようなものを割ろうとしていて怖くて動けなかった。ちょうどそこに優しいあやかしが来てくれて、追いかけてきたあやかしは逃げていった。


それから時々そのシャボン玉のような物が包んで守ってくれるようになった。


それからしばらくして、シャボン玉のような物が魔法のような、けれどそうではない力だと味方のあやかしさん達が教えてくれた。

一緒に教えてもらったのは使うととても疲れることと、慣れれば自分の思うように扱えるようになること。危ない時にはこの力が私を守ってくれることだった。


何度か私は力というものを使っているようだけれど、それはいつも自分で使おうと思って使っていない。怖いと思って気づいたらその力に守られているだけ。



この世界に困った時、物語のように助けに来てくれるヒーローはいない。そもそも物語は理想が詰め込まれたもの。現実には存在しないからこそ、物語の中でたくさんのヒーローが輝いているのだろう。


だから自分でどうにかするしかないのだ。助けなんか求めない。求めている暇があるなら行動する。私が頼れるのは力だけ。


これはただの木だ。食べられる心配もない。あやかしに比べれば怖くない。落ち着けばきっとできる。


「おねがい」


少しでも倒れてくる木をずらせたらそれでいい。潰されなければ・・・軽い火傷くらいで済むのなら潰されるよりマシだ。


手を地面につける。あとはイメージを・・・シャボン玉が私たちを包んでくれる。大丈夫。木はきっと避けて倒れてくれる。

 

木は私たちに当たる寸前で横にずれ、・・・大きな音をたてて地面に倒れた。


「彩夜芽さん! 大丈夫ですか?」


「友梨さん・・・はい。大丈夫です」


本当は大丈夫ではない。ふらふらする。力を使ったからだろう。使った後はいつもこんな風になって倒れてしまう。けれど今はこんな所で倒れられない。それこそもっと危険だ。


「行きましょう」


「はい」


この子と手を繋いで笑って見せた。そしたら少し笑顔を見せてくれた。よかった


ふと、倒れた木を見るとなぜか火が消えていた。


でも気にする間も無く火のついた建物の火が大きくなる。巻き込まれないうちに急いで森の方へ抜け出した。





3人で山を歩いていく。結構きつい。気を抜けば倒れてしまいそうだ。


「あの・・」


手を繋いでいる小さな子が話しかけてきた。


「ありがとう・・助けてくれて」


「大丈夫だった?」


「うん」


「よかった、お母さんも見つけようか」


するとその女の子はコクっとうなずいた。いるかわからないけれど見つけたい。

 




しばらく山を登っていると・・・


「もうすぐです」


「友梨ー」


桜さんが手を振っている。近くにはたくさんの人がいる。みんな避難してきた人だろうか?


「あ! お母さん」


この子もパタパタと走って行って、そこにいた女性に抱きついていた。よかった。見つかったんだ。


「娘をありがとうございました」


もう大丈夫。ここは安全。


そう思った途端、気が抜けたのだろう。そこでぷつりと意識が途切れた。

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