第4話 水崎村

「彩夜? 何かあった? 具合悪いとか?」


心配そうな顔をした結に顔をペタペタ触られる。結の手は冷たい。氷みたいに冷えている。


「ううん。元気だよ。大丈夫」 


冷たい水ばかり触っていたらこうなるのか。


「ならいいけど・・。片付けも終わるし、下の村に行こうと思うんだけど」


「私の家に来て見ませんか? せっかくなのでお姉ちゃんに会って欲しいんです」


「はい」


私のために誘ってくれているのだろう。でもどんな村なんだろう? 現代のあの町とは全然違うだろうし・・何よりこんな見た目のまま行っていいのだろうか。


「かさ被った方がいいかな?」


「ちょっと目立ち過ぎますよね」


「髪を結んで隠す? こう・・くるってしてまとめて・・」


結と友梨さんに髪をいじられ・・・いい感じに隠すことができた。下を向いておけばすれ違った人でも分からないだろう。


「これでいい?」


「はい」


2人の後に付いて山を降りていく。よく人が通る道なのか歩きやすい。

だけれど結構遠い。結の家は上のところにあったらしい。


「つきました。ここからが水崎村です」


見えるのは木ばかりの道を抜けると開けた場所に出て空が見えた。

そこにある村には田んぼが広がり、ポツポツと家がたっている。この景色どこかで見覚えがあるような?


「あれが私の家です」


友梨さんの家はこの村では一番大きい。けれど大きさ的には現代の一軒家くらいだ。


「私の父はこの村の村長なんです」


「そうなんですか」


村長はこの辺りのまとめ役だろう。友梨さんはちょっといい家の子という感じだろうか?


「行こう」


結は慣れたように村に入っていってしまう。


「まってください」


二人が行ってしまう。それを慌てて追いかけた。






「ただいまー」


家の敷地に入ると友梨さんは玄関を開ける前にそう言った。

 

「おかえり、友梨」


玄関から高校生くらいの女の人が出てくる。友梨さんとよく似ているけれどそこまでふわっと感が無い。しっかりしていそう。メガネをかければ真面目な学級委員長っぽい雰囲気になりそうな人。

 

「中にいたんだ。あ、これが私の姉です」


「・・彩夜芽です」


「私は桜。どうぞ中に入って」


友梨さんの方が話しやすい空気を纏っている。


「桜、魚持ってきた。いる?」


「もちろん。で?何しにきたの?」


「彩夜をここに泊めてくれないかな? 狭いし、うちで暮らさせるってのも・・おれはいいけどあんまり良くないだろ」


「拾ったの?」


これ、と指を指される。確かに拾われた?けど拾ったって猫みたいな扱いされてる?

 

「うん、森で見つけたんだけど」


「迷子?」


「そう」


迷子ではないと言いたい。家の住所もちゃんと言える。でも言ったって伝わらない気がする。ただ帰りたい場所が遠すぎる。


実際帰れていないのだから迷子としか思われないだろうけれど。


「どこから来たの?」


「・・・分からないんです」


未来から来ました。とは言えない。


「・・・なら、働いてね」


働かざるもの食うべからずだ。しっかり働こう。


「はい」


「もうかさ取ったら?」


「え・・・あ・・・・」


「彩夜、桜は見せても大丈夫だよ」


結が言うからかさを取った。


「へえ、髪は金色、目は青・・・・目立つだろうね」


本当だ。避けられたり、引かれなかった。この時代って意外とこんな見た目でも受け入れられるもの? 友梨さんや桜さんが変わっているだけだろうか?


「じゃあよろしく」


「!・・結、帰るの?」


知らない人だけのところに置いて行かないで欲しい。


「結理、拾ってきたなら責任とって面倒見なさい」


「はい」


やっぱり桜さんは私を動物扱い。でも結と桜さんの会話がなんか姉弟みたいだ。


「彩夜芽さん」


友梨さんが結と桜さんの会話を見ながら教えてくれた。


「結理さんを見つけたのお姉ちゃんだったんです。お姉ちゃんは結理さんをここにいられる様にお父さんを説得して当時まだ7歳だった結理さんを実の弟みたいに可愛がりました」


なら友梨さんにとっては兄のような存在だということだろうか?


「でも、他人なんですよね。結理さんはすぐに壁を作ろうとするんです。お姉ちゃんは大人になるまでこの家で暮らせばいいと言ったのに、そこまで迷惑はかけれないって自分のことがある程度できるようになったら出ていってしまったんです」


それでもちょこちょこ顔を出してくれるんですけどね、と友梨さんは笑った。


「誰か連れてきたのなんて彩夜芽さんが初めてですよ。きっと今日は結理さんもここにいてくれると思うので安心してください」


友梨さんは結のことをよく理解しているらしい。


その後、友梨さんが言った通り私を置いていくことなくずっと近くにいてくれた。







 夜 友梨さんの家


 「はぁー」


 夕食の後、使って良いと言われた部屋の布団に倒れ込んだ。


 桜さんはすごい。1日中働かされた。ほぼ休みも無かった。もうクタクタだ。


 こちらの生活は現代とは全然違う。今日1日でそれをよく実感した。布団も硬い。


 「みんな、どうしてるかな?」


 こちらの時間と向こうの時間は同じように進んでいるのだろうか。


 それなら私は行方不明者になっているだろう。きっとお兄ちゃんたちは心配している。


 そんな事を考えていると・・・


 『彩夜』


 襖の外から声がした。この声は・・


 「結?」


 『入っていい?』


 「うん」


 扉が開いて結が入ってきた。結も私と一緒に働かされていたけれど、そこまで疲れていないように見える。


「今日はもう帰るから」


「あ・・うん」


「明日、朝からすぐ来るよ。だからそんな顔するな」


「えっ?」


そんな顔ってどんな顔? 心細いな、とは思ったけれど顔に出ていただろうか?


「置いて行かれる子犬みたいな顔」


思っている事、声に出てた? いや、そんなはずは無い。 まさかエスパー?


「表情でわかる。思ってる事すごく顔に出てる」


「えっ」


「面白い」


「面白くないよ。・・・じゃあね。早く帰った方が良いよ」


外は暗い。山道は月の光も届かなくてきっと真っ暗だろう。できるだけ早く帰ったほうがいいと思う。


「うん。また明日」


自分で言った事なのに後悔する。結が帰ってしまう。


「結」


「ん?」


「あ・・いや、気をつけてね」


結は帰ってしまった。言いたいことが言えない。 聞きたい事もあるのに


あなたはあの人ですか?


でも聞いてどうする?


お礼が言いたい。ありがとうって。


違ったら?


なんて言う? どうしよう。分からない。


色々考えているうちに1日の疲れのおかげか、自然と眠りに落ちていた。







 「彩夜芽さん、起きてください」


 体を揺さぶる人がいる。まだまだ眠い。


 「彩夜芽さん!」


 焦っているような声がする。目を開けると友梨さんがいた。それにまだ部屋の中は暗い。夜中なのでは?


「早く逃げましょう」


「えっ?」


なんでだろう。夜中なのに外が明るい。太陽の白いような黄色いような光ではなく赤い光が見える。


あちこちで炎が燃えているんだ。


「火事ですか?」


「それもあるんですけど・・人を食べるあやかしが出たんです」


あやかしが村を襲っているってこと?


「逃げている時に慌てた人が松明を落として火がついたようです」


ここは現代では無い。懐中電灯なんて存在しないから本物の火が灯りとしても使われている。


「大事なものは持ってください。ここも燃えるかもしれません」


そういえば友梨さんは風呂敷を抱えている。中に大事なものが入っているのだろう。


「大丈夫です。ここに持って来ていませんから」


「ついて来てください。裏山の方に逃げます」


外に出て周りを見るとすでにこの家にも火がついているのがわかった。


「こっちです。ただの火事と思えば怖さも半減するでしょう。安全な道を通って避難してるだけと思ってください」


あやかしに見つからないように建物の陰を移動する。そうだ。見つからなければただの火事。火に隠れてきっと私たちの姿なんて見えてない。だから大丈夫。


「そういえば、桜さんは?」

 

「先に村の人たちを連れて山に向かってます」


耳を塞ぎたくなるような声がする。なんでこんなに悲鳴が?


「・・自分の事が最優先です。気にしたらダメですよ。助けに行っても助けられませんから」


「そうですね」


これが現実だ。物語の中なら誰かが助けてくれる。あやかしも倒してくれる。でもこれは現実だから誰も助けにはこない。ただ逃げるだけ。


「あぁ」


どこからか小さな子の声がする。泣いている?


「彩夜芽さん、先に山に」


「私も一緒に探します」


友梨さんはどこかにいる泣いている子を探して山に連れていくつもりだろう。逃げ遅れて迷子になっただけかもしれない。その子を見つけて一緒に連れていくくらいなら私たちにもできる。


「どこにいるの?」


叩き起こされて連れ出され、状況があまりわかっていなくて怖いなんて感じていなかった。ここにきてやっと理解できて恐怖が湧いてくる。


「いるなら返事して」


パチパチと燃える火のおとにかき消されることなく声が聞こえているのだから近くにいるはずだ。どこに?


「お・・さ・」


見つけた。ほんの5m先くらいのところに小さな影が見えた。木の陰で見えなかったらしい。


「大丈夫?」


近づいて手を出した。小さくなって泣いている。まだ幼い女の子。


「お母さんが・・」


「・・行こう」


きっとこの子の母親は火の中か、逃げ遅れたかだろう。でも先に山に向かっている可能性もある。この子だけでも一緒に裏山へ連れていかなくては。


「山の方にいるのかもしれないよ」


「・・・うん」


手を繋いでぎゅっと握ってくれた。これではぐれることはない。


「彩夜芽さん!」


「見つけたよ!」


「逃げて!」


「え?」


この子ばかり見ていて気付かなかった。バキバキ、ミシミシ。すぐそばで嫌な音がした。


火のついた木が私たちの方へゆっくりと倒れて来ていた。


 

 

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