知らない世界
第2話 もう一つの世界
「大丈夫か?」
手を差し出された。表情は特にないような、怒っているような心配しているような・・よくわからない。
「大丈夫、です」
手を伸ばしてその冷たい手を取ると重かった体が軽くなったような気がした。恐怖が薄れたからだろうか? どうにか動けそうだ。
「立てる?」
「はい」
ゆっくり立つとスカートが足にまとわりついた。ベチャベチャでぐちょぐちょ。とても気持ち悪い。
「彩夜芽、とりあえず・・」
私の名前、呼んだ? なんで私の名前を知っているのだろう。
「・・・そっか。おれは
彼は屈んで・・何をするのかと思えば、私の服に付いた落ち葉や土をとってくれている。
「結理さん、ありがとうございます」
「・・ううん。濡れてるし、張り付いて取れない。洗った方が良さそう」
なぜか寂しそうな表情でそう言った。なんでそんな顔をするんだろう?
「ここはどこですか?」
「山だけど」
それくらい見ればわかる。早く帰らないとお兄ちゃんが心配する。
「じゃあ・・その服は?」
結理さんの服は着物でこの時代に山の中で着てる人なんていないだろう。浴衣でもなくちゃんとした着物。男の人は山の中どころか街でも成人式くらいしか着ている人は見ない気がする。
「何か変?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
決して変ではなくとても似合っている。いつも着ているように見える。もしかして・・・
「なに時代ですか?」
「?」
「すみません。おかしいですよね」
私は何を聞いているんだろう? ふと考えが一つ出てきてしまってつい聞いてしまった。
「変わった服を着ているのは彩夜芽の方」
・・どうなってる? ちょっとアニメの見過ぎかな? 現実ではありえないし、もしそうだとしたらとても困る。きっとこの人が変わっているだけ。
「えっと」
「・・・ここはどこですか?」
この質問はおかしくないはず。地名がわかれば街までの道を教えてもらって・・そしたら帰れるだろう。
「水崎村」
「えっ、みずさきむら?」
それは私の住んでいる町の昔の呼び方。今どきそんな呼び方をするのはおじいちゃんおばあちゃんよりも上の年代の人だけだ。
「とりあえず、うち来る?」
「でも・・・」
「寒いだろ。それに帰れるのか?」
「お願いします」
ほかに頼れる人はいない。ここにいてもどうしようもないからついて行ってみよう。
「こっち、ついてきて」
学校のバックとか荷物を結理さんは持ってくれた。初対面で名前しか知らないのになんでここまでよくしてくれるんだろう。
「ねえ、おれのこと怖いとか思わない?」
「なんで?」
「こんな見た目だから」
確かにこんな見た目の人はほとんどいない。普通の人なら怖がると思う。赤い目なんて特に怖がられそうだ。
「・・・それなら私と一緒です。だから怖くないです」
結理さんはちょっと驚いたような顔をした。
「そっか」
この時、初めて結理さんの笑った顔を見た。
「ついたよ」
「!・・ここなんですか?」
「そう、けっこうボロボロだけど中はきれいだから」
確かにボロボロだ。だけど私が驚いたのはそこではない。
「なんか初めて見ました」
森の中にポツンとあったのは昔話に出てきそうな建物だった。中には囲炉裏もあって、けれど
キッチンも水道も電気も見当たらない。
「中で待ってて、木の枝とってくるから」
「枝?」
「火つけないと」
これはやっぱり・・・
「確認ですけど、電気は通っていないだけですよね」
「電気って何?」
・・・これはやっぱりタイムスリップしてしまったのかもしれない。
「・・・どうした?」
「こんな事ってあるの?」
タイムスリップなんてマンガとかアニメでしか聞いたことがない。でもタイムスリップとしか考えられない。電気も水道もガスも知らないなんて・・・
「魚、食べる?」
串に刺して丸焼きになっている川魚を差し出される。
「うん、ありがとう。・・・・一人暮らしなんですか?」
「そう、この村の人が拾ってくれたから」
「・・・なんか・・・すみません」
「いいって、・・その服変わってる」
今着ているのはバックに入っていた体操服だ。バッグの中にあり、さらに袋の中にあったからか川に落ちたのに濡れていなかった。
「・・・私の住んでいる所の服です」
「貴族か?こんな布なかなか無い」
「違います」
貴族なんて言葉が出てくるし、やっぱりそうなの?
「彩夜芽、普通に話して。歳あんまり変わらないし」
「・・いえ・・あの、いくつですか?」
「多分16」
16歳、にしてはちょっと背が低くて顔立ちも子どもっぽい気もする。
成長が遅いタイプなのかもしれない。
タイムスリップだと確かめるにはどうしたらいいのだろう。何時代か聞く?でも今のような平成とかみたいな区切りでは無いし・・そういえば江戸時代はどうして江戸なんだっけ?確か地名だったような・・・
「都はどこですか?」
「えっと、山の向こう」
どういうことか分からないけどこの辺に都があったことは無いはず。じゃあ・・・。
「幕府はどこですか?」
幕府が無いなら1000年以上前の平安時代以前になる。もしくは江戸幕府が終わった後の近代の時代。幕府があるのならその間の800年ほどの時代のどこかだろう。
「幕府?・・・鎌倉だったかな?」
「やっぱり」
鎌倉時代は良い国だから1192年からだったはず、ということは約800年前だろう。
場所は私の住んでいる場所と近いのに・・近いようでずいぶん遠いところに来てしまったらしい。
「帰りたい・・・」
もう二度と帰れないのだろうか、もう二度とみんなと会えないのだろうか。
嫌な想像をしてしまって急に寂しくて怖くなる。
勝手に涙が溢れた。中学生になったのに私はやっぱり泣き虫だ。
「おれが帰れるようにする」
「出来るんですか?」
時代を超えないといけないのに? それをわかってるのかな?
「多分、今すぐは無理だけど」
「でも・・・」
私はここの時代の人では無い。結理さんはそのことを知らない。
「結理さん、私・・」
「結理って呼んで」
「そんな初対面ですから」
「いいって、その呼ばれ方なんか距離あるし」
ちょっと抵抗があるけれど・・仲のいい友達のお姉ちゃんには普通にタメ口だしまあいいか。
「結理・・・これで良いですか?」
「敬語もいらない。好きじゃないから」
変わった人だ。さっきから話すことに裏表がない。どうしてそう思うかというと、幼い頃からなんとなくわかってしまうからだ。
「明日からどうする?」
「えっと・・」
ここにずっと居るのは邪魔になるだろう。けれど他に頼れる人はいない。それにこんな見た目の私が誰かに声をかけても逃げられる気がする。
「彩夜芽が嫌じゃないならここに居ていいけど、でも・・近くに知り合いがいてそこに姉妹がいるんだ。そっちの方が落ち着く?」
「・・知らない人苦手で、だから」
この時はまだ子供だった。特に何も考えずにそんなことを言って、このずっと後やめておくんだったと思うことになる。
「2人とも優しいから、・・・無理にとは言わないけど」
「やっぱり・・・迷惑かけてる?」
「そういうことじゃなくて、ほら・・」
どういうことを言いたいのかわからない。
「何歳だっけ?」
「今年13」
「13・・・ならもう少し距離とるものだろ?こんなで大丈夫なのか?」
どうしたのだろう。よく聴こえないけれど頭を抱えてぶつぶつ言っている。
「あの・・」
「明日1回、2人と会ってほしい」
「うん」
「これで・・後は2人にまかせて、次は」
宙を見つめて考えるような素振りを見せてぶつぶつ言っている。
「どうして・・・こんな風に良くしてくれるの?」
ずっと気になっていた。初対面なのに・・・他人なのに・・
「なんとなく・・かな」
「・・そっか」
これは・・・本当でもあるけど嘘でもある。
「もう寝る?」
「・・うん」
外は真っ暗だ。何時か分からないけどすごく疲れている。早く寝てしまいたい。
「・・この布団使って」
どうやら1つしか無いらしい。
「・・・結理は?」
「その辺で」
「私がそっちでいい」
ここまでよくしてもらっているのにそんなのまでなんてダメだ。
「彩夜芽が」
「結理が」
「気にしなくていいから」
「まだ寒い時期だし」
少し寒いかもしれないが一晩布団なしでも風邪はひかない。我ながらいい案だと思う。
「慣れてるから」
どちらも引かず決まらない。
「じゃあ・・・・半分」
これならお互いいいんじゃないかな?
「半分?」
「そしたらどっちもあったかい」
「いや、それは・・」
結理はためらうような素振りを見せる。
「なら、私はこっちでいいです」
「わかったから」
まだ12歳だ。1ヶ月前まで小学生だった。別にセーフなはず。2人で布団に入るととても暖かい。私はあまり寝相がよくない。蹴らないように気をつけなければ。
「なんか・・なつかしい」
「?」
「私、3つ上に兄がいて昔はこうやって寝てたから」
私はかなりのお兄ちゃんっ子だった。よく考えればいつも付いてくるお兄ちゃんに頼っていたのかもしれない。
「・・兄弟か」
「結理は兄弟いる?」
「さあ、どうかな」
曖昧な答え。聞いてはいけないことだったのかもしれない。何か別の話題にした方がいい?
「・・・あっ! あの、・・・結って呼んでいいかな?」
「うん」
「私のことは彩夜って呼んで」
名前を呼び捨てするよりずっといい。
「わかった」
いつの間にか涙は止まっていた。
「おやすみ。・・・今日はありがとう」
「・・おやすみ」
「なあ・・」
となりを見るともう彩夜芽はぐっすり眠っていた。すぐに泣き止んでくれたのはよかった。あれはすごく焦った。
安心して眠ってくれたのはいいけれど・・・しようと思っていた話ができない。それにこのまま隣で寝てるわけにもいかない。とりあえず起こさないように・・・。
「んー」
彩夜芽が動いて腕を掴んできた。起こした?
「にいちゃん・・」
どうやら兄と勘違いしてるらしい。それに起きたわけではないらしい。
「彩夜芽、もう少しさ・・」
距離をとってくれないとこっちが困る。さっきだって一緒に寝ようなんてとんでもないことを言いだした。昔は良かったけれどそれはまだ8歳くらいの頃の話だ。
「覚えてないのか?約束」
彩夜芽にとって覚えていない方がいいことだけど。あと、帰れるようにすると言ったけれどどうしようか。彩夜芽は未来の人だ。どうしてこうやって隣にいるのか、おれも知らない。帰ったとして、もう一度会えるのかも分からない。どうすればいいのかわからない。
だから考えるのはやめてもう寝ることにした。けれど・・・。
腕にくっついて離してくれない。どうしようか?寝ている間にどちらかが動いてくっつくようになっていたら怒られるのはおれの方だろう。たとえ彩夜芽が悪かったとしても。
「・・・」
そんないきなり嫌われるのは避けたい。だから壁のように彩夜芽との間にまるめた掛け布団を置くことにした。これでいいだろう。
「・・・おやすみ、彩夜」
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