16th ディフィカルトチャット

『証拠でも集めときなっ!』


 この言葉は銀河と相言、どちらにも重くのしかかった。


 銀河にとって、証拠を突きつけられることはパパ活を辞めさせられる口実を作られてしまうことと同義。パパ活は短時間でかなりのお金を稼げる。彼氏がなんと言おうと、こんなところで辞めるわけにはいかない。


 逆に相言にとっては憶測で疑いをかけてしまったことが辛かった。まだパパ活をしていると確定している訳では無いのに、その場の目の動きだけで決めつけてしまった。そもそも、録音も録画もしていないのに証拠になり得るわけがない。


 今の相言が何をするべきか――。


 簡単な事だ。謝ればいい。まだ憶測でしかないことを、まるで事実かのようかに大声で決めつけて彼女のプライドに傷をつけてしまった。これはとんでもなく悪いことだ。悪いことをしたら謝る。三歳児の間でも常識だ。


 相言は急いでチャットアプリを起動し、謝罪の言葉を打ち込む。


『ぎんが、ごめん』

『結構酷いこと言っちゃったよね』


 既読はすぐに付いた。しかし、何分待とうと返信は返ってこない。あぁ、未読無視か……でも仕方の無いことだ。あんなに酷いことを言って許されるわけがない。




 では、受け取った銀河はどうだろうか。ハッキリ言ってものすごく返信に悩んでいた。


 早めに既読を付けてしまった以上、このまま悩み続けてずっと返信しないのも感じ悪い。でも、これ以上パパ活については詮索しないで欲しい――。


 全てが丸く収まるような良い返信は無いだろうか?銀河は場合分けをして考えてみる。


 まず、謝罪を素直に受け入れ、いっその事パパ活の詮索をするなと言ってしまう方法。しかし、これはパパ活をやっているという証拠を提出してしまうようなもの。却下だ。


 次に、このまま既読無視を続ける方法。――これはいくらなんでも印象が悪すぎる。意見が合わないとは言え、相言は高校で出来た初めての彼氏。極力別れないでいたい。


 いや、意見が合わないのなら、逆にパパ活を認めさせるのはどうだろう?そもそも、相言はパパ活をしているのかどうかを聞いただけで、辞めろとは一言も言っていない。ならば、パパ活を認めさせる方向に持っていくべきではないだろうか……?ただ、この方法は失敗した時のリスクが大きい。ただ自白して終わり、だなんてことになればもう後戻りは出来ないだろう。


 あーもうどうしたらいいんだ!


 銀河は考えても仕方がないと思い、一気に指を動かす。思うがままに、動くがままに!最終的に送信ボタンを押した時に踊った文字は――


『ぱぱかつやってないです』


 単純な否定!!しかも全ひらがな!!なかなかに酷い文面ではあるが、これがベストな回答に思えた。




 相言は二時間越しに届いた通知に胸をドキリとさせ、どんな返信が来たのかと見てみれば……この有様である。こんなの逆になんて返信したらいいのか分からない。でも、悩んでいても仕方ないし……とりあえず返信してみよう。


『そっか……ほんとにごめんな』


 今度はすぐに返信がきた。


『いいよ』


 簡素なやり取りだ。しかし、二人にとって

はとても重要な時間だった。これから先、一人の少女のパパ活を巡るいざこざは規模を大きくして行く――のだろうか?


◆ ◆ ◆


「なんてことがあったんだよ!どうすればいいと思うよ葛!!」


 相言さんから相談を受けた翌日、オレはまた同じように相談を受けていた。


「いや、彼女さんと話せただけでも十分だと思いますよ」


「いや!そんなことない!!どうにかパパ活の証拠を掴みたいのに本人は否定してしまった!どうすればいいんだ!」


 相言さんはすごく混乱しているようだ。しかし、証拠を掴むったってどうしたらいいのだろう?


「なぁ、葛?お前女友達いない?女の意見も聞いてみたくてさ」


 女友達……思い当たる節はあるが、オレはアイツらを紹介したくない。


「いません」


「おいおい、そんなドキリとした顔で言われても説得力ないっての。ほら、紹介してみ」


「――はい」


◇ ◇ ◇


 仕方が無いので夏来を呼び出した。篦河よりはマシだろうし。


「はい!菊鳧夏来と申します!」


「俺は役炎相言。よろしく」


「相言さんですね!よろしくお願いします!」


「急にこんなこと聞いて悪いんだけどな、夏来ちゃんはパパ活の証拠集めってどうしたらいいと思う?」


 夏来は昨日の会話の流れから何を聞かれるかをある程度予測していたようで、少し考えるだけですぐに答えた。


「やはり、本人の動きを探るしかないでしょう。本人が夜にどう動くか――。それが相手を知る近道です!」


「そうは言ったって、そんなことしたら――」


「パパ活を悪だと思うなら、受け入れるか辞めさせるかの二択しかないんです。しかも、相言さんは辞めさせることを選んだわけですよね?なら、多少荒療治でもやるべきです」


 夏来はいつもの整然とした目で相言の心に訴えかけた。確かに、本人がいない中で証拠を集めるのは困難だ。


 相言さんは少し考えてから二回頷いた。


「――じゃあ、今日の夜に集合しよう。尾行して、証拠をつかんでやろうぜ!」


 相言さんの提案によって、オレたちは今日の夜に尾行をすることを決めた。また凄いことになったな。


◇ ◇ ◇


 相言さんと話した昼休みももうすぐ終わる。教室に帰ってきていたオレは次の授業の準備をしていた。すると、オレの席の元に糸振さんと謎のギャルの二人がやってきた。


「糸振さん?どうしました?」


「いや、友達に裏見くんのこと教えてあげようと思って」


 余計なお世話だ。どうせあんたの紹介する女もろくなやつではないんだろう。


「ほら、銀河?これが私の未来のヒモ、裏見葛くんよ。そして裏見くん?これが私の友達、友井銀河ね」


「よろー」


「よろしくお願いします」


 銀河って名前……どこかで聞いたことがあるような……?気のせいか。


「にしても、良い感じだね!」


「でしょ?」


 糸振さんと銀河さんがテキトーに評価してくる。

 まさか自分に「良い感じ」という評価を付けられるとは思ってもなかった。


「まあ、もう授業始まっちゃうから、今日は紹介だけ!また後でね!」


 二年生二人は勢いだけで帰って行った。まあ、今日はあの二人のことより夜のことだ。残りの午後授業、頑張ろ。

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