15th テンプレートコミュニケーション

 ここまでは銀河の確認作業。さあ、ここからは相言の反撃と行きたい。


 相言はいつパパ活について切り込むかを考えていた。大切なのはいかに自然に持ち込むか。さりげなく会話の中に入れられる瞬間を探る。しかし、ここまではただイチャついているだけでろくな会話をしていない。とりあえずなにか話さなくては。


「銀河は最近どうなの?学校楽しんでる?」


 あまりにも簡素な質問ではあるが、会話の切り口としてはテンプレート。「テンプレ」と書くとなにか悪いことのように見えるかもしれないが、テンプレートになっているということはそれだけどこかが秀でているということなのだ。王道には王道である理由がある。


 この質問は二人の現在地を測る上で非常に便利。近況の確認ができるからだ。しかも、「学校」という単語を使うだけで校外のことをシャットアウトすることが出来る。それはつまり、「パパ活を疑ってる」ということを隠すことが出来るということだ。まさに一石二鳥。完璧な作戦だ。


 ――ちなみにここまで書いたことは後付けだ。先程の質問は会うのが久しぶりすぎて何を聞けばいいのか分からなくなったというだけ。質問した時点では、それ以上深い意味はなかった。それでも後々考えてみれば割といい質問なのではないか、と思えたので綴った。それだけの話なのだ。


 相言の質問に銀河が返す。


「学校?そうだねー、楽しいよ。友達も面白いし」


「友達?友達って女子?」


 相言は少し食い気味に質問を返す。しまった、疑い深くなりすぎて意味の無い質問をしてしまった。これでは浮気パパ活を疑っているのがバレバレではないか。


「もう、ソーゴ独占欲強すぎっ!女子だから安心しなー?」


 相言は胸を撫で下ろす。――いやいや、撫で下ろしている場合では無い。大事なのは校内のことではなく校外のこと。校内恋愛なのに別の異性と話しまくっていたら誰だってイヤだ。


 相言は校外のことも聞くために別の質問を用意する。


「本当?俺より強そうな男と話してるんじゃないの?」


 今度はやんわりと校内限定を外してみた。ニュアンス的には微妙であるが、少なくとも相言はそう思った。


「しばらく会えなくて不安だったのはわかるけど、それはだいじょーぶ!」


「それ、俺の目を見て言える?」


 相言は無意識に禁じ手を使う。そんなことしたら恥ずかしくなるのは明白なのに、彼はそれに気付かない。

 銀河は相言の真っ直ぐな視線に困惑する。


 え、マジ?そういうことしちゃう?


 パパ活をしてるとかしてないとか、そういう次元の話ではない。フツーにハズい。でも、ソーゴの瞳はあまりにも整然としている。仕方ない。やってみるか。


 銀河も相言の瞳を見つめ返す。


「えー、ウチはソーゴ以外の男子とは話してっ……ぷふっ……話して……くぅっ……ません……ひぃ……」


 銀河はたまらなくなり笑いながら目を逸らしてしまう。おじさんと話していても恥ずかしくなることはないのに、今はものすごく顔が熱い。恥ずかしいだけではなく、面白いのだ。相言の顔ってこんなに面白かったっけ?


 いや、ブサイクだとか、とてつもなく変な顔をしているわけではない。そう思ったこともない。しかし、まじまじ見るとなんだか変な感じに見える。いわゆるゲシュタルト崩壊と言うやつだろうか?


 銀河は恥ずかしくて顔を背けた。しかし、相言は「恥ずかしい」だなんて思わない。なんせ、今の相言は疑い深くなってしまっている。銀河の行動全てが怪しいのだ。しかも、怪しむだけならまだしも銀河のこの行動を「パパ活の決定的な証拠」であると勘違いしてしまった。


 相言としては自分の顔がなんとなく面白がられているだなんて発想はない。すなわち、銀河が純粋な後ろめたさから顔を背けたと感じたのだ。顔を赤くしているだとか、笑みをこぼしているだとかそんなことは気にも止まらない。むしろ逆で、相言視点では顔を青くし、慟哭しているかのように感じたのだ。


 人間は所詮利己主義。どうしても自分が思った通りになったと勘違いしてしまうのだ。


「ふぅん、やっぱりそうなんだ」


「え?何が?」


「パパ活だよ」


「は?」


 相言はとてつもなく早とちりした。実際にはなんの証拠も出ていない。銀河にとっては前後の文脈が全くない中で突然パパ活の話を出されたのだ。


「ちょ、ちょいまち?なぜにそうなる?ウチ、なんか変なこと言った?」


「言った、というかまともに俺の目を見てなかったじゃん。後ろめたいことがあるって言っているようなものじゃないか。証拠としては十分でしょ」


「はぁ??」


 銀河にそんなつもりは微塵もない。しかし、この相言という男は何故かそう捉えてしまった。


「いやいや、そんなの証拠のうちに入らんっしょ?ウチの口からそんなこと言ってないし」


「いや、絶対そうだ!やってるでしょ!パパ活!」


「『いや』じゃないが?まずウチは証拠きっちり揃えろって言ってんの。ソーゴは都合よく解釈しすぎ!とりあえずウチは帰るから、次会うときは証拠でも集めときなっ!」


 銀河は荷物を全部持って店の外へと出てしまった。相言は後悔する。なんであんなにハッキリ言ってしまったのだろう……?もうちょっと少しずつ詰めれば良かったじゃないか……


 正直に言うと問題はそこでは無い。しかし、相言にとってこの出来事があまりにも悪手だということは後にならないと分からないことであった。

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