12th ジョシカイトーク
菊鳧夏来は、高校生活初めて葛のいない昼休みを迎えていた。
「うーん、どこで食べれば良いのでしょう」
彼女はいつも葛の机の近くで、殴打を要求しながら食事をしていた。しかし今日はいつもの葛が居ない。このままでは仕方が無いので言織の近くで食べることにした。
「言織さん、お隣で食べて良いですか?」
「えっ?うん、いいよ」
言織はそのスペックのせいでみんなから高嶺の花だと思われ、いつも一人でご飯を食べていた。孤独な今日の夏来にとってはちょうどいい相手なのだ。
そうして椅子に座りつつお弁当を広げた時、それに釣られるように篦河もやってきた。
「ひへへ、女子会だぁ」
「確かにそうですね!でも、女子会って何を話せば良いのでしょう?」
「いやいや、ただのお昼ご飯なんだから普通に雑談でいいんじゃないの?」
「えぇー?せっかく葛さんがいないんですから葛さんに言えないこととか話しましょうよ」
夏来は頑張って葛に話せないことを考える。何かあるだろうか……交友の話、恋愛の話、性癖の話……?あれ、全部葛にさらけ出している。葛以外の男子と関わらなさすぎて好きな人は居ないし。
「びっくりするくらいありませんね!」
「ひへへ、さらけ出しすぎだよ」
篦河はヘラヘラ笑いながら弁当の蓋を開けた。言織はスプーンを取りだして、大きな六角形の二段弁当を開けた。そこには、均一に盛り付けられたチャーハンがドンと存在感を放っていた。
「うわぁ!言織さんのお弁当美味しそうですね!チャーハンなんてお弁当で食べたことないですよ!」
「え、えへへ、そうかな?これ、私が作ったんだ」
「そうなのですか!凄いですね!あー、私そういう家庭的な人に憧れます〜」
「そうなの?夏来ちゃんって家庭的というよりは仕事人って印象かも」
「確かにそうかもしませんね……私はどちらかと言えばバリバリ働くタイプかも知れません……でも、やっぱり殴られつつ料理も作る最強のダメ男メーカーになりたいんですよね」
「え、えぇ……?」
言織はまた困惑する。普通クズ男というのは自然現象的に発生するものであって、わざわざ自分から作りに行くものでは無い――。これが言織の認識だ。
「言織さんはなにかされたいこと、みたいなのないんですか?」
「さ、されたいこと?例えばどんなの?」
「暴言を吐かれたいー、とか、殴りまくって欲しいー、とかですよ」
「そ、そういうのは無いかな」
「いや、人間誰しも被虐欲がどこかに眠っているものです。だからこそ、ホラーものやバッドエンドなストーリーを読むし、ほとんど無給なのに働いてしまったりするわけですよ」
この考えが合っていると肯定することはできないが、言織はそういう考えもあるのかと理解した。
「そうは言っても、パッとは思いつかないよ〜!」
「そうですか?ほらほら、潜在意識をぐるぐる回せば見えてくるかもしれませんよ」
「私はわかんないよー!!」
言織は逃げ道がなくて困りきってしまう。どうにか出来ないものか、と思ったその時、瞳の中に篦河の姿が飛び込んだ。
「ね、ねぇ、心ちゃんはどう?なんかない?」
言織は何とか篦河に押し付けるという逃げ道を見つけた。これでどうにかなるだろう。
「ひへへ、そうだなぁ……あたしも特にないかもなぁ……」
そう。篦河心という女は夏来や糸振のような明確な性癖がある訳では無いのだ。単純に少し被害妄想をしてしまうだけ。それ以外には何も無い。殴られたい訳でも、貢ぎたい訳でも無い。
ただ、これは「明確な」ものがある訳では無いというだけであり、実際には精神的な苦痛という少し抽象的な被虐が好き、というのは篦河も気づかないところだ。
しかし、そんなこと言織にとってはどうだっていい。次の一手として、今はとにかく話題を逸らそうと考える。
「じゃ、じゃあ逆に夏来ちゃんはどうなの?なんで殴られたいのか気になるかも」
「え〜?そうですね〜……特にありませんね」
「そ、そんなわけないでしょ?そんなに殴られたいのなら何か理由があるものだと思うけど」
「いやぁ、甘いものが食べたくなった時に、『なんで食べたくなったのかなぁ。脳に糖分が行ってないのかな?』とか考えますか?それと同じで、殴られたいなぁー……という思いがあるだけなんです」
言織は納得する。欲に欲以上の理由などない。食べたい、寝たい――確かに元を辿れば「お腹が空いた」「疲れた」などの理由があるが、わざわざそれを分析することはあまりない。
それだけ夏来にとって被暴力の意識は日常に溶け込んでいるということだろう。
言織はチャーハンの残った一粒をパクリと食べ、下段に残ったサクランボをパクッと食べた。
「サクランボですか!いやー、いいですね。私もデザートが欲しくなってしまいます」
「ひへへ、夏来ちゃん。クッキーあるけど食べる?」
「本当ですか!有難くいただきますね!」
篦河は大入りのチョコレート付きクッキーを夏来に差し出す。夏来は目をキラキラと輝かせながら小袋を一つ取り出す。
「ひ、ひへ、えっと、常磐さんも食べる?」
「本当?じゃあ、貰っちゃおっかな」
言織は夏来とは違う種類のクッキーを取りだし、ゆっくりと袋を開けた。ミルクチョコレートのいい香りが鼻を突き抜ける。
夏来がクッキーを食べ終え、弁当箱を片付ける頃、彼女の頭にひとつの疑問が生まれた。
「――言織さん、葛さんのこと、どう思います?」
言織は考えてもいなかった質問が来て本日三度目の困惑をする。どう思ってるって言ったって、今日初めて会ったんだからなんとも言えない。一目惚れ的な恋心もどこにもないし。
「そんなこと聞かれたって困るよ〜……いろいろちょっと可哀想な人……みたいな?」
「あー、やっぱりあまりいいイメージは持たれていませんでしたか。私は葛さんに少しマイナスな印象を付与してしまいがちなのでね。そこは申し訳ないなと思っているんですよ」
あんだけいろいろやっておきながらそういう感性はあるのか。言織は「不思議な子だな」と思いながら、弁当袋へと箱をしまったのだった。
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