11th カッテナスタート
「おーい、そこのバッグ入りラーメン持ってる一年生〜」
冷やかしだろうか。ふたり用の席に座る先輩らしき男子高校生が手招きしている。オレは「またか」、と呆れた思いで無視して別の席を探す。
「あっ、おい!!無視するな!!せっかく相席して食べよーぜって誘いなんだから」
――なんかこの言葉にも裏がありそうだというのは深読みしすぎだろうか?あまりにも頭のおかしな人々と関わりすぎて人を信用出来なくなっている。
でも、夏来経由で出会ったわけでも無ければ女子でも無いわけだし、ある程度は信頼してみるか。
オレはとりあえずそちらに向けて歩みを進めてみる。
「よしよし。んで?なんでそんなことになっちゃったわけよ」
「あー……いえ、先輩に投げつけられた……みたいな?」
「あーね。まあまあ、そういうこともあるわな」
ないだろ。よっぽどの事がなければ初対面の後輩にバッグを投げつけるなんてことは起きるはずがない。
オレは先輩の前の席に腰をかけ、バッグが入ったままのラーメンをトレーごと置いた。
「キミ、一年生?」
「まあ、そうっすね」
「『まあ』ってなんだよ。ちなみに俺は見ての通り二年生で、名前は
なんか不吉な説明の仕方だな。名前の説明に「遺言」などという言葉を使うだろうか?普通は使わないだろう。
まあ、この高校に来て会った人間にろくなやつは居ないのでこれは逆に普通かもしれない。
「えっと、オレは
葛飾と言って伝わるだろうか?まあ、大体の人には伝わるだろう。有名な漫画のタイトルにもなっているしな。
「あーはいはい、葛くんね。とりあえず食べなよ。それとも、まだ時間もあるしもう一回買ってくる?」
もう一回買うことなど出来ない。なぜなら今日はこのラーメンを買うお金と、かろうじてジュースを買えるくらいのお金しか持ってきていないからだ。昨日は四千円を払ってしまったし、今の自分にお金などない。
「いえ、もうこれ食べますよ」
「えー?マジで?ここだけ出し変えとこうか?」
「流石にクラスも知らない先輩から借りることは出来ませんよ」
――まあ、オレは糸振さんのクラスを知らないけど。糸振さんからは『借りてない』しセーフ?いやアウトかな。
「いやいやー。遠慮すんなって!あんな酷いことがあったんだ。少しはいいことがあったっていいだろ?」
「――本当にいいですって……ラーメン二杯も食べられないですし、だからといってこれを捨てるわけにはいかないですし……」
オレはラーメンからバッグを取り除き、箸とレンゲで食事を始めた。味に問題は無い。あるとすれば、嫌悪感による余計なスパイスくらいである。
「えぇー!マジで食うの?まあいいけどさ。腹壊すなよ?」
「壊れたら壊れたで別にいいです」
もう衛生面などどうでも良かった。とにかく手早く済ませてしまおう。その思いで麺をすする。
「めっちゃ変な質問していい?」
「なんですか?」
「彼女いる?」
ゲホッ……オレは啜っていた麺が気管に入りかけ、思わずむせてしまう。こんなこと創作の世界だけのものだと思っていたが、本当に起こるものなのか。
「ケホッ……いませんよ。そういう役炎さんは――」
「相言でいいよ」
食い気味に相言さんが割り込んでくる。少しめんどくさい。
「えーっと、じゃあ、相言さんはどうなんですか?彼女」
「うん。結論から言えばいるよ」
はぁ?なんだコイツ。マウントをとるためだけにこんな質問をしたのか?そうだとしたらめちゃくちゃムカつく。
「あーいやいや、そんなイヤな顔すんなって。自慢するみたいになっちゃったのは謝るよ。でも違うんだよ」
「何が違うんですか」
「あー、それはな、相談したいなって思っただけなんだよ」
「相談?初対面なのにですか?」
「『なのに』じゃなくてな、初対面『だから』なんだよ。初対面で……なおかつ後輩だから。ほら、同級生とかに聞いちゃうと色々からかわれたりしてメンドーだろ?かと言って先輩に聞くのはハードル高いしな。だから、まだ俺のことを知らない葛に聞くわけさ」
なるほど、ある意味合理的かもしれない。――そうでも無いかもしれない。オレがバッグ入りラーメンを持っていなかったらどうするつもりだったのだろう。別の人に聞くのだろうか?
「それで、相談ってなんなんですか?彼女さん関連のことなら……浮気とか?」
「うーん、まあそうといえばそう。違うと言えば違うかも」
「なんでそんなに中途半端なんですか。浮気だと思うなら強く出なきゃ」
「浮気、じゃないんだよな。あまり言葉にはしたくないんだけど、パパ活……みたいな?」
パパ活?表向きはただ年上の人と食事したりするだけだけど、実際はもっとディープなことをしてる――という行為だよな。話を聞いたことがあるだけで、それ以上は何も知らないが。
「彼女さんは高校生なんですか?」
「あーうん。銀河は高校生――あ、彼女の名前、銀河って言うんだけどな?去年の冬に何となく付き合って、休日遊んだり、連絡取り合ったりしてるんだよ。でも、夜になると連絡が取れなくなったり、三枚だの四枚だの、訳の分からないこと誤送信するんだよ。去年は同じクラスだったんだけど、今年は結構離れちゃって、学校内でもそこまで顔をあわせられないし」
言い逃れの出来ないくらいの情報の数々。これは間違いなくパパ活だろう。
「それで、相言さんはその……銀河さん?をどうしたいんですか?」
「いや、別に俺だけのものにさせたいだとか、そんなことじゃないんだよ。そういう難しい事じゃなくてさ、やめさせたいんだよ。パパ活をさ」
「お金も関わりますし、体にも影響あるだろうし、なにより犯罪になる可能性もありますもんね――」
「そうなんだよ。そういうところから薬物なんかに手を出しちゃうかもしれない……!まあ、オレは銀河に犯罪者になって欲しくないんだ。だからさ、葛。初対面のキミに頼るのは申し訳ないんだが――」
「協力すればいいんですね?」
「そう!できる?無理なら無理って言って!別の人を探すから!」
オレはこの高校に来てから、クズにされかけることはあってもクズをまともな人間に戻したことはない……というか人の役に立ったことがない。
「分かりました。やりましょう。銀河さんをパパ活から脱させて、なにか別のことに転換させる。そうすればいいんですね?」
「ありがとう!!葛がいい人でよかったよ!!急に話しかけてこんなこと背負わせてごめんな」
夏来や篦河にも協力させれば、「クズ」がいかに恐ろしいかを覚えてまともな道に向かわせられるかもしれない。救いの手か、余計な手か。一人の女子高校生の脱パパ活への道が勝手に開き始める。
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