10th オビアスランチ
「言織さん!常識ってなんだと思います!?」
「えっ!?えっと、なんだろうね……」
一時間目の準備をしている常盤さんは、いきなり話しかけられたことに目を丸くした。
「葛さん……裏見さんに殴ってもらおうと思っているのですが、これは常識を逸脱していますかね?」
夏来よ、少なくともお前のその聞き方は逸脱しているぞ。
「え!?裏見くん、暴力してるの……?」
常磐さんは驚嘆した声でオレのことを見る。オレは焦ることなく冷静に対処する。
「してないよ」
「え……?」
常盤さんは困惑している。少なくとも、オレの第一印象は地の底に落ちているだろうから、ここで焦ってミスるよりかは、落ち着いて否定しておいた方がお得だろう。
「ひへへ……クズくんはこの前ゲーセンの路地裏で暴力を……」
「してません!」
篦河の余計すぎるパスは逆にハッキリと否定してみる。
「えっ、えっ?裏見くんの名前って『かず』、だよね……?『くず』なの?」
引っかかるのはそこなんだ。まあ、暴力に引っかからないでくれるのはありがたい。
「いやいや、オレは間違いなく『カズ』だよ。間違ってもクズじゃない」
「そ、そうだよね。ちなみに暴力……ってのは?」
うっ、やっぱり気になるよな。そりゃクラスメイトが犯罪に手を染めてる可能性があれば聞きたくもなる。逆に聞かないだなんて選択肢はどこにもないんじゃなかろうか。
「したことないなぁ……なんの事?」
オレは全力でシラを切る。もはや、まるで夏来とも篦河とも関わりがないかのように。
「葛さん、『なんの事』とはなんですか!私はあなたに殴って欲しいんですよ!?」
「知らねぇよ!!したことないってことには変わりないだろ!!」
唐突に始まったオレと夏来の口論を見た常磐さんはそれを止めようと間に入る。
「ちょ、ちょっと!!暴力はどっちにしろダメだよ!」
「では私の被虐心はどこで発散すればいいのですか!?」
「誰かに殴ってもらえよ!」
「それではダメなのです!葛さんに殴って欲しいのですー!!」
もうめちゃくちゃだ。というか、誰かと出会う度にめちゃくちゃになっている気がする。しかも、常磐さんは他の三人とは異なり常識人。なんだか申し訳なさが先行してしまう。
「もう!殴ってくださいよー!!」
「嫌だー!!」
オレと夏来の口喧嘩は長引きに長引き、最終的に授業が始まる直前まで続いた。「いや、口喧嘩っていうか押し問答じゃない?」と思う人もいるだろう。まあ、実際その通りだ。ただ主張をぶつけ合っている水掛け論。それは認めよう。だが、勝手ながらオレはこれを「口喧嘩」と表現したいのだ。
それは、単純に夏来との関係性をこれ以上に発展させない――すなわち、「口喧嘩」を「喧嘩」に発展させないで、今の『言葉』だけで争う間柄でいたい。そういう思いがあるからだ。もっとも、夏来の場合は殴られるだけで、返しはしないのかもしれないが。
◆ ◆ ◆
昼休み。銀河と糸振は互いの机を向かい合わせにし、それぞれの机の上に弁当箱を出した。銀河の弁当は桃色のプラスチックタイプ。対して糸振はなんの柄もないステンレス製の二段弁当。二人は蓋を開け、まずはご飯から食べ始めた。
「ねぇねぇ、しふれん。聞きそびれたけど、貢いでる男の子ってどんな子なの?」
「うん?そうね……目が鋭くて、背が高くて、それでいて優しそう……みたいな?」
「うわ、なにそれちょっとクズっぽくない?捨てられたりするんじゃないの?」
「聞いただけでも何となくDVとかやっちゃいそうでしょう?でも、それがいい。生粋のクズであって欲しい。本人はクズではないんだけどね」
「クズじゃないなら問題ないじゃん。しふれんがクズを求めているとかは関係なしに、しふれんのことを捨てるわけじゃないってことでしょ?」
「まあ、それはそうね。彼は多分わたしを見捨てたりはしないわ。いや、依存させてやる……」
糸振は自分の理想の男を作ろうと狂気を込めて意気込む。銀河は「ふーん」と言いながら肉と米を口の中に入れた。
「でも、委員会の子はなんでそんな子を紹介してくれたの?えっと……ナックルちゃん?だっけ?」
「
「え?なんで?殴られたら痛いっしょ?ドMってやつ?ウチはよーわからんわ」
「まあ、そうね。わたしもよく分からないわ。でも、『理想のクズ男に殴られたいんですよねー!』みたいなこと言ってた気がするから……わたしと似てるとこあるわね。紹介してくれたのはそこが決め手だったのかも」
「似てるとこ」で済ませられないだろ、と銀河は思った。銀河にとっては、糸振の貢ぎ欲も、夏来という子の殴られ欲も同じ被虐的な思考としか思えないのだ。体に実害があるか、財布に実害があるかの違いはあるが、その本質はほとんど一緒だろう。
糸振は最後の卵焼きを一口で食べ、箸を片付けて手を合わせる。
「ごちそうさまでした。この後は何をしようかしらね」
「ウチ、裏見って子がどんな子か見てみたい!お願い、紹介してくんない?」
「なんだかその言い方だと含みがありそうでイヤね。取らないよね?」
「取らん取らん!!逆に取ったら多方面から殺されそうだわ!」
◆ ◆ ◆
昼休みになった。今日は朝から学食で食べるとを決めていたオレは、授業が終わると同時に教室を出た。一年生の教室は四階にあるので学食からは少しだけ遠い。この感じだといい席は取れないかもな。
急いでいるオレを見た夏来は、どこに行くのかと問いかける。
「あれ、葛さん学食で食べるんですか?」
「いっつも教室だと代わり映えしないから、たまにはな」
「そうですかー?ご一緒したいところですが、混んでいるところは苦手なんですよね……」
「まあ、たまには篦河とか常磐さんとかと女子トークしなよ」
「そうですねぇ……それもまた良いですね!また後で会いましょう!」
いやぁ、久しぶりのぼっち飯。しかしこういう日もどこかのタイミングで必要だ。一人で色々考えてご飯を食べる。趣があるじゃないか……いや、無いか。
オレは急いで階段を駆け下り、食堂へと向かった。席、あいてるかな……?あ、一人用の席が空いてる。ここに座ろう。持ってきておいた小さなバッグを机において、席取りの意志を示す。
そして、入口に向かい、そこに置いてある食券機で食券を購入する。あとは料理を受け取るための行列に並んでいれば自動的に食事が手に入る。
しばらくして、ようやく自分の番が回ってきた。購入した食券を渡し、それと引き換えにラーメンを受け取る。箸とレンゲを取り、トレーに置く。さて、席に戻ろう。
――あれ?オレの席、ここだったよな……なぜかオレの座るはずだった席には、オレの知らない男がいる。制服は三年生用――先輩だ。
どうしよう。とりあえず注意するか?
「あ、あの。そこ、オレが取ってた席なんですけど?」
「は?一年ごときがオレに楯突くわけ?何様?」
「い、いや、そこにバッグ置いてたじゃないですか」
「はぁ?あーこれ?だからなに?席離れたお前が悪いんじゃん」
その三年生はバッグを手に取り、俺に向けて投げてきた。そして、バッグは見事にラーメンの中にダイブした。
オレは絶句した。高三にもなってこんなことをするやつがいるのか。しかも友達がいる訳でもなく
「――分かりました。ここは退散します……」
「おう!椅子無かったら床で食えよ〜!」
冷やかしもダサい。なんだそれは。世の中には色々な人間がいるもんだ。こんなクズにはならないようにしなければ。
オレは席を探す。しかし、一連の流れにより空いている席はもう無くなっていた。どうしようか。入りたての一年生には人脈も無い。どうしようもない。
オレが絶望に打ちひしがれていると、どこからか声がした。
「おーい、そこのバッグ入りラーメン持ってる一年生〜」
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