9th キョウシツフレンズ
翌日。丑込糸振は何事も無さそうに登校していたが、心の中の気分はウキウキだった。なんせ、昨日の食事のあとも当然のように後輩たちに大盤振る舞いをし、夕飯まで面倒を見たというのだから。糸振にとって、これ以上の幸せは無いのである。
「しふれんー!なんか元気そうじゃん?」
糸振自身はいつも通りの表情のつもりでしれっとしているが、彼女の友達である
銀河はまさに「ギャルです!」と自己紹介しているかのような見た目をしているパーマをかけた金髪ツインテールの女子。銀河という名前ではあるが立派な女子だ。
糸振は、銀河の指摘に得意げな表情をうかべた。
「ふふっ、わたし、昨日ついに良い貢ぎ相手見つけちゃったのよね!」
「へ、へぇー?いいんじゃん?」
銀河は困惑する。出会った頃から糸振がこういう人だとは知っていたが……ついにやったか。ずっと年下に貢ぎたいって言ってたもんなぁ……新入生が入るこのタイミングで狙ったのか。
「え、えと……しふれん、どーやって出会ったわけよ?下級生食べたってことでしょ?」
「うん、委員会で一緒だった
この瞬間、糸振と銀河の間に少々の誤解が生まれた。糸振は「食べた」の意味を深く考えていない。本当にただ一緒にご飯を食べたという事実だけを答えたのだ。
銀河はそうとは受け取らない。糸振の言う「夏来」という子と一緒に貢ぎ相手を……ストレートに言えば性的に食べたものだと思ったのだ。
「そかー……しふれんもなかなか遊んでんねー……でも、色々気をつけなよ?仮にも相手は年下なわけだし、いざと言う時に責任とか取れんかもよ?」
「いや、責任はわたしが取るから問題ないの」
「うん?
「まあ、その時々ごとに相談するわ。そうしたら問題ないでしょう?」
「確かに……当事者間のことだし、ウチが介入することでもないかぁ……」
銀河は友人が道を踏み外していく様子が心配だった。いや、元々道なんかないのかもしれないが、それでも人にお金を貢ぎ続けて快感を得る糸振のやり方はどうも受け入れられない。
銀河の知っている「貢ぎ」という行為は、受け取り手がある程度の「体験」を提供することで、出し手がそれに価値を感じてお金を払う、ということ。糸振の貢ぎ相手はそれだけの価値を提供しているのだろうか?
「でもさ、紹介してもらったわけっしょ?男の子側はどー思ってるわけよ?」
「そうね……最初はちょっと抵抗あったみたいだけど、最終的には割と受け入れてくれたかな」
「え!?それってどーなんよ?いわゆる逆――」
銀河は言葉を詰まらせる。さすがに男女問わず色々な人が居る教室内で発言するに相応しくないと感じたからだ。
「逆、なによ」
「そこ掘る?ウチの口からは言えんよ」
「そう?」
糸振は何がなんだか分からなかった。それでも、銀河に「分からない」ということを悟られないために「分かってる」様な顔をする。銀河はそれにまんまと騙され、自分の失言をからかわれている様に感じたのだった。
「銀河ちゃんはそういうのないのかしら?」
「――そういうのって?」
「お金を貢いだり貢がれたりって話よ」
「!?――それウチに聞く?いちおー脱税にならないように調整はしてるけど……食事含めちゃうと超えちゃうかもなぁ……」
実は、銀河も見た目に即するように割と遊んでおり、尚且つお金も受け取っていた。しかも、税金についてもちょっと怪しくなってしまうほど。しかも、先程の発言から察せられるように、貢ぐ人間の心情を理解していない。すなわち、友井銀河はどちらかと言えば「クズ」なのである。
「そういうのは気をつけなよ?わたしはちゃんと計算してお金使いすぎないようにするから」
「というか高校生のバイトでそんなに稼げるわけないでしょ」
「あら酷い。まあその通りなんだけどね」
糸振はふふっと笑う。銀河は少々苦い表情をしながらその笑いに応えた。
◆ ◆ ◆
糸振と銀河のやり取りとほぼ同時刻。オレ、裏見葛はいつも通り夏来と篦河に絡まれていた。
「葛さーん、たまには殴ってくださいよー」
「嫌だ。お前を殴るくらいなら自分を殴るわ――痛っ」
オレは何を血迷ったか言葉の通りに自分を殴ってしまった。なんかこいつらと過ごすていると自分まで頭のおかしなヤツになってしまう。いや、どうだろう?もともとオレは頭のおかしな奴……なのか?
「えー?自分は殴れるのに他人は殴れないんですかー?」
「あたりまえだろ。逆になんで他人を殴れると思うんだよ」
「あ、じゃあ蹴りでもいいですよ。他には……ビンタとか。のしかかられるのもいいかもですね!」
「やめろやめろ、あんまそういうこと言うもんじゃないぞ?変なやつに絡まれたりしたら大変なんだから」
「そうですかー?私は葛さんに殴ってもらうまでは、他の誰にも殴られることの無いように過ごすつもりですけどね」
いやいや。「他の誰にも」とかじゃないだろ。オレも含めて全ての人に殴られない方がいいに決まってる。オレも夏来含めて誰も殴らないつもりだし。
「ひへへ……良いじゃん殴ろうよ……洒落にならないくらいの暴力、受けたらどうなるかなぁ?」
「冗談でもそういうことは言うもんじゃない。オレも犯罪者になりたくないしな」
「――やっぱり期待を裏切るんだね。裏切りものめ」
「もういいからそういうの」
この二人はなにも変わらない。ちょっとは変わって欲しいものだ。
「ほら、お前らもあんな感じになってみたらどうだよ」
オレがそう言いながら指をさしたのはクラスメイトの女子、
茶色がかった長い髪を後ろで編み込んでおり、ゆったりとしたタレ目を持つお嬢様感のある女の子だ。ここまでの小テストでは全て満点を取っているという噂もある。まさに「才女」という言葉が良く似合う完璧美少女だ。
「
「お前が言うか。
「にしても、言織さんのようになるとはどういうことでしょう?」
「常識と落ち着きを持てってことだよ。常盤さんは成績だっていいんだぞ?」
「なっ!?まるで私が点を取れないみたいな言い草ですね!」
「なんだ?テストの点数いいのかよ」
「まだ定期テストは来ていないので小テストだけにはなりますが、毎回九割は取れていますよ!」
「常盤さんは毎回満点だってよ」
「毎回九割取れていれば十分でしょう!?それともなんですか?毎回満点を取れば殴ってくれるんですか?」
こういうところには常識的な感覚があるのか……まあ、ここは話題を逸らしてやり過ごすか。
「というか、オレが求めるのは成績じゃなくて世間一般の常識なんだよ。『殴られたい』だなんて感覚、常識的には有り得んだろ。それに、夏来には体を大切にして欲しいんだよ」
さすがにこれは間違っていないだろう。体を大切にして欲しいのは事実だし。
「うーむ、常識ですか。やはり当人に聞くのが一番早そうですね!おーい、言織さーん!」
夏来は何故か常盤さんのことを大声で呼び始めた。
「ひへへ……行動力あるなぁ……」
篦河は不安そうに笑う。オレも不安だ。今までの経験上、この後なにかおかしなことが起こることがほぼ確定しているからだ。おおよそ常盤さんにオレのことを誤解されるか、常盤さん自身がオレをクズにしようとするとか……ってところだろう。どちらに転んでもオレに得など何もないだろう。
不安だー!!
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