8th イチエンウォーズ
「お会計8633円になりまーす」
店員さんがそう言うと、それを聞いた糸振さんが1万円札を取り出してトレーに置いた。
「一万円からですねー」
店員さんがお釣りとレシートを手渡す。これで支払いは完了だ。
――というか、高すぎない?どうやったらこんなにも高い値段になる?単純に四で割れば一人あたりだいたい2150円程になるが、オレはハンバーグセットしか頼んでいない。ということは、これほどまでに高くした要因は女子陣……?いやいや、そんなことを気にしたところで安くなるわけじゃない。それよりもお金を返さなきゃ。
オレたちは店外に出る。それからオレは糸振さんにお金を返すために財布を取り出し、料金を半分に割った4317円を手に出した。
「――
「あそこまで議論したんだもん。受け取らないなんてことはダメよね。ちゃんと頂くわ」
先に大きい方4000円から。それから小銭の317円を渡す。糸振さんは受け取った小銭を種類別に分け、しっかりと数を確認する。
「百円玉が三枚……十円玉が一枚……五円玉が一枚……一円玉が……二枚?」
糸振さんは怪訝そうな表情を浮かべる。その後ろで夏来と篦河は駐車場で謎の遊びをしている。その様子がなんとも言えぬ不可思議さを演出している。
「一円玉が一枚多いわ。裏見くんは一枚だけでいいの」
「――いえいえ。オレが後輩なんですから多く払いますよ」
不毛な争いなのは百も承知だ。しかし、夏来との戦いで負け癖が付いているオレにとっては、ここで譲る訳にはいかない。糸振さんとオレのバチバチ口論のゴングが鳴った。
「そんなこと気にしないの。ここでは先輩後輩はなし。ただの遊び仲間だと思って」
「いいや、オレが払います。というか一円くらい受け取ってくださいよ。二人の出会いの記念だと思って」
「嫌よ。さっきも言ったけど、わたしはキミに貢ぎたいわけ。出会いの記念が貰った硬貨なんてムリ」
「逆にオレもここで受け取ったら完全にヒモってことになりそうなんでイヤですよ」
「ヒモになるならむしろ受け取ってよ」
「嫌です。それなら誰かにあげた方がいいです」
「――じゃあもう夏来ちゃんにあげちゃいましょうか」
「――そうしましょう」
口論は意外な形で決着した。確かに当事者間で争うのなら他人に丸投げしてしまった方が楽なこともある。オレたちは今回の争いはそれに該当すると判断したのだ。
夏来と篦河は駐車場の車を観察している。いつも通りのニコニコフェイスだ。
「うわー!この外車かっこいいですねー!こういうのをポンっとプレゼントできるくらいになればどんな人も養えそうですよねー!」
なんの話をしているんだ。まあそれでも楽しそうだしいいか。
オレは夏来に近づき、一円玉をプレゼントする。
「夏来。良かったらこれ貰ってくれ」
「えっ、葛さん良いんですか?これってつまり……そういうことですよね?」
「――どゆこと?」
……まさか、この小さな円形を見てなにかしらを思い浮かべたのだろうか……指輪、とか?
「もうっ!にぶいんですから!見ててくださいね!じゃあ、篦河さん、お願いします!」
夏来は篦河に一円玉を手渡し、二人は五メートルほど離れる。それから、夏来は中腰になり、篦河は野球の投手のような格好になった。篦河は大きく振りかぶって一円玉を――
投げた!一円は夏来の頭に直撃した!ちょっと痛そう!
「なにこれ」
オレは理解が追いついていなかった。もしかしたらオレは、別世界に迷い込んでしまったのかもしれない。
「直撃すると死にはしないだろうけど痛そうなものを貰う……!そんなの、こうしろって言ってるようなものじゃないですか〜!」
夏来は両頬に手を当てる乙女っぽいポーズを取りながら腰をクネクネさせた。
いやいや、訳がわからない。ここまでの夏来との時間の中で最も意味がわからない。
――いや、もしかしたらこれはなにかのメッセージなのかもしれない。直撃したら痛そうなものを貰ったらこうなる……ということは、思いっきり当たっても痛くないものが欲しいってことか!?ぬいぐるみとか、洋服とか!!なるほど、そういうことだったのか!?
「ま、まあ夏来の気持ちはよく伝わったよ。でも、この伝え方はおかしいですよね。糸振さん――」
「いや、全くその通りね」
「ですよね!」
「夏来ちゃんの意見は全て正しい!」
「えっ、そっち!?」
どいつもこいつも頭のネジが吹っ飛んでいる。ここまで来るともはやオレがおかしいみたいになってくる。こいつらの周りの人は指摘しないのかな?
夏来は地面に落ちた硬貨を拾い上げ、持っていたポーチの中に入れた。
「これは記念品としてとっておきますね!」
「まあ、いんじゃね?」
糸振さんに言ったはずのことを夏来が実践する形になった。でも、なかなか夏来も回りくどいことをするな。柔らかいものが欲しいならそう言えば良いのに。
「ところで、このあとどうしようか?」
糸振さんが聞いてきた。『このまま遊びに遊びまくりましょう!』と言いたいところではあるのだが、あまりに残念なことに今のオレにはお金が無い。先程の会計でほとんど飛んでいってしまったのだ。自分はそんなに食べていないのに……そういう気持ちが少しだけ残るが、昨日のこともあるし文句は言えない。
「あらら?裏見くん、お金ないの?」
若干顔をしかめたオレを見て、糸振さんがニマニマしながら質問してくる。まだ正午過ぎだ。遊び足りないこの時間に、お金が無くなった男子高校生。糸振さんにとって今のオレはまさに狙い目。ここを逃したく無いとばかりに財布をチラつかせてくる。
ここまで来たオレも負けてはいられない。
「いいえ〜?オレはただ残った課題を終わらせるために家に帰ろっかなって思ってただけですしー?」
地獄を脱するにはやはり帰宅が一番だ。どうにかして解散、もしくは女子だけで遊んでもらう方向に持っていきたい。
「え〜?ホントは遊びたいんじゃないの?高校一年生になりたてのこの時期なんてまさに遊び盛りじゃない?」
それは間違いない。今はまだ四月の中旬。テストまではまだある程度時間があるし、受験の反動もある。ここで遊んでおきたいというのは間違いがない。
「ねぇ、今日だけはお金のこと考えずに遊んじゃおうよ」
『今日だけは』。この言葉は危険だ。まさに薬物依存への第一歩と言っても過言ではない。人にお金を払わせ、自分はなんの負担もしないという快感は、恐らく「薬物」と同じようなもの……と言えるだろう。糸振はオレを金に依存させることで良い貢ぎ相手を作ろうとしているのだ。
それは何としても避けなければならない。
「いやいや、糸振さんのお金だって親御さんから貰っているものなんでしょう?大事にしなくちゃ」
オレがそう発言した瞬間、糸振さんの表情が一気にしおらしくなった。マズい、地雷を踏んだかもしれない。先程糸振さんは「親に甘やかされ続けてきた」と言っていた。そう考えると、今のこの性格も納得でき……ないけど、繋がりそうな気はする。
「――いや、違うのよ。わたしのお金はぜーんぶわたしが稼いだの。しかも、いつもはバイトを入れてるから遊べる日は今日しかないのよ」
……オレはなんてことを言ってしまったんだ。まさかそういう過去があっただなんて。不用意すぎた。
「――ごめんなさい糸振さん……わかりました。今日は遊びましょう」
「……うれしい。じゃ、色々遊ぼっか」
「ほ、本当にごめんなさい……まさか親御さんが居ないだなんて」
「――ん?なんの話?わたしは両親ともいるよ?」
……え?マジで?あんなに悲しそうな表情で言ってたのに?別に深い意味はないってこと?ただ単にオレが騙されていたってこと?いや、もちろん騙すつもりが最初からあったとは思わない。とはいえ、なんだか負けた気分だ……!!
あーもう!結局またオレの負けかよ!!
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