7th アヤシイトリヒキ
オレはお金を払っていない事実に気づき、一刻も早く手を打ちたいという思いでスマホを開く。全てを凌駕する圧倒的なスピードでスワイプをし、勢いを付けてチャットアプリを開く。
一瞬にしてまっさらなグループを開き、謝罪の一言を打ち込んでいく。
『マジでごめん!お金払ってなかった!』
まさに最低という言葉がよく似合う。第一、お金を払うことを忘れるだなんてことがあるのだろうか?言い訳はしたくない。でも、オレの頭は都合の良い言い訳を求めている。
返信の言葉は意外にもすぐ返ってきた。
『いえいえ!良いのですよ!』
夏来からだ……良いわけがない。お金の切れ目は縁の切れ目と良く言われる。極力、いや絶対にお金の問題は作りたくない。
『むしろ返さないでください!』
『そうすれば葛さんがお金を奪いつつ暴力もするクズ男として完璧な存在になりますからね!』
絶対に返そう。身を滅ぼすとかそう言う次元で片付けられる話じゃない。焦りを加速させていると、またメッセージが飛ぶ。
『絶対返しちゃダメだぞ☆』
――ん?なにかおかしくないか?このグループにはオレと夏来、篦河しか居ないはず。夏来はこんな返信はしないだろう。ということは……?
『篦河……?』
『あったりまえよ☆』
え?ネットの中でだけ元気になるタイプ?いや、意外でもなんでもないけどさ。
『とりあえずオレは返済したいからさ、明日にでも会いたいんだけど』
『ふむふむ』
『ならば明日会いましょう!中船駅すぐ側のファミレスに来てください!』
中船駅というのはここら辺でもいちばん大きな繁華街のある駅だ。
でも、なんでファミレスなんだ?別に公園とかでもいいんじゃないか?いや、奢ってケジメをつけろってことなのかも。なら納得だな。
◇ ◇ ◇
集合時間の十時が近づいてきた。オレは早めに来て入店。店員さんには三名と伝えた。
スマホが一度震え、メッセージがピコンと光る。
『もう入ってますか?』
『入ってるよ』
集合時間の五分前になり、何故か制服を着た夏来と篦河がやってきた。対してオレは私服。
制服で来るなら言ってくれよ……合わせるのに。
夏来が隣に座り、篦河が正面に座る。完全に封鎖された格好だ。オレは退路を絶たれたことから、この二人がお金を返して欲しがっていると感じた。そりゃそうだ。タダで遊園地を満喫しようなんてことは許されない。娯楽にはそれに相応する対価が必要だ。
「あ、じゃあお金返すね」
「いえ!要りません!」
「いや、そういう訳にはいかないからさ」
「返さなくても良いので、とある人に会って欲しいんですよ!私の尊敬する人なんです!」
――?なにかおかしくないか?「とある人に会って欲しい」?「私の尊敬する人」?なんだか何か学校の授業、というか講演会で聞いた事のあるフレーズだ。
先程も言ったように、オレは退路を塞がれている。やはりおかしい。
まさか、オレは何かおかしな商売や宗教の勧誘を受けることになるのか?
いやいやまさか。方向性はおかしいが、正義感の強い夏来がオレを騙そうとするなんてことないだろう……
しかし、今までと変わらない夏来の笑顔が、なんだか含みを持ったもののように感じられる。
「ちょっと呼びますね!」
夏来はスマホで誰かにメッセージを送った。疑念が深まる。そんなまさか。いやでもこの光景……
「こんにちは〜」
やってきたのは随分大人っぽい雰囲気を持った女性だった。いやしかし、大人ではない。明らかにうちの学校の二年生用の制服を着ている。大人びているだけの女子高校生だ。
「この人が私が尊敬する
「初めまして〜。
「――裏見葛です……」
一人が私服で、あとは全員かしこまった格好をしているこの構図。これが凄まじい怖さを冗長させている。
というか、夏来の顔の広さがすごい。委員会の先輩とも仲良くなってしまうだなんて。コミュ力お化けだな。
「そ、それで、なんの用ですか?」
「ふふーん?ねぇ、裏見くん。お金困ってない?」
オレは確信した。これ、怪しげな商売の勧誘だ。おおよそこれから消費者金融にでも連れていかれ、高額の借金をして人生の崩壊を迎えるって所なんだろうな。あー、本当にしくじったなぁ……
「こ、困ってません!それじゃあこの辺でオレは失礼――」
夏来が押え付ける。出れない!
「いやいや、この先が重要なんですから!」
「うるせぇー!!オレは何も買わんぞ!」
一刻も早く出ようと必死で突進するが、夏来が全身を使って押さえつけてくる。
「何か買う?違うよ裏見くん。買うのはわたし。裏見くんは何も買う必要はないのよ?」
ますます怪しい!なんじゃそりゃ!何か裏がありそうで怖すぎるわ!
「わたしが買って、裏見くんが使う。裏見くんが欲しいものをぜーんぶ買ってあげる」
「いりませんよそういうの!あー!!今日奢るんで許してください!!」
「葛さん!いいから座ってください!欲を持て余すのは構いませんが、いくらなんでも私に突っ込みすぎです!!」
「ひへへ……うわぁー……あたしもあんな風にめちゃくちゃにされちゃうのかな……」
もうめちゃくちゃだ。オレは恐怖で理性を失ってるし、夏来は顔を赤くしてるし、篦河は被害妄想全開だし、糸振さんはもはや何を言っているのか分からないし。
その時、オレはハッと我に返り、椅子に座った。単純にこの状況が恥ずかしくなったからだ。
「裏見くん。わたしに貢がせて?いくらでもお金は払うわ。借金もする。ね?」
「お金を払うのはともかく、借金は絶対にやめてください!オレのせいで一人の人間を滅ぼすだなんてことになったら、罪悪感で生きていけませんから」
半分驕った発言ではあるが、借金はいけない。実際オレは借金のような事をしてこんな事になっている。
――そういう訳ではないかもしれないが。
「いや、それになんでオレなんですか?別にオレじゃなくてもいいでしょ?その道のプロのイケメンでも引っ掛ければいいじゃないですか」
オレはこの人にマイナスイメージを持たせてオレから離れてもらうという戦法を取り、「引っ掛ける」という少し悪い言い方をする。しかし、これが悪手だと言うのを発言後に察した。
「なんでって……夏来ちゃんが糸振さんに相応しいヒモ男がいるって言うから。そのキツめの言い方を見るに本当にヒモのようね?昨日も遊園地の支払いをせずに帰ったらしいじゃない」
――ミスったなぁ……この人たちはオレをクズにしようとしているのだ。キツい言い方をしたら思う壺じゃないか。というか夏来はなんてことをしてくれてんだ。迷惑極まりない。
キツい言い方がダメなら……優しく言ってみるか?
「いえいえ、それは語弊がありますよ。オレは今日そのお金を返済しに来たんですから?」
「ふぅん?それで?夏来ちゃんたちには払ったの?」
「――いえ、まだですけど、今すぐにでも払えます」
「へぇ?着いてすぐ払えばいいのになんでまだ払ってないの?」
アンタと夏来のせいだわ。オレはすぐに返そうとした。でも夏来が「要りません!」とか言って受け取ろうとしなかったんだよ。
と言いたいところではあるが、ここでキレたら相手の罠にまんまと引っ掛かることとなる。それは避けたい。
「夏来に『払わなくていい』と言われたので、『じゃあ代わりに今日奢るよ』ってことにしたんですよ」
「?私は聞いてませんよ?」
夏来が余計なことを言う。まあこいつは最初からオレ側では無いのでハナからどーでもいい。
「ひへ?言ってた気がする……?」
なんと、あちら側のはずの篦河が謎のアシストパスを出す。もしかしたら先程のいざこざで言った「今日奢るんで許してください!」という発言が効いたのかもしれない。
「篦河さんがそう言うならそうなんでしょうかね?」
「ひ
間違ってないぞ篦河!そのまま頼む!
「へぇ?裏見くん、そういう優しいところあるんだー……?まあ優しさはヒモ男の条件みたいなところあるからねぇー……」
よし、ちょっと押してるぞ!このまま押し切ってやろう!
「というか、なんで今日出会った年下の男なんかに貢ぎたいんです?しかも高校生でしょう?お金の出処はどこなんですか」
「――貢ぐ理由なんて簡単、寂しいのよ。わたしは親に甘やかされ続けてきたの。でも、そのせいで親以外の交友があんまり広くない。恋愛もしてこなかった。だから私は、私の元から離れない男の子が欲しいわけ」
「――恋愛をお金で買おうってことですか?」
「まあ、悪い言い方をすればそうね。でも、わたしはただ寂しくて、甘えてくれる子が欲しいの」
「――その関係を作るのにお金が必要なんですか?」
「ええ。私がその子の命運を握れる、そういうのって興奮しない?」
ダメだ。この人は強大すぎる。篦河や夏来のような明らかな隙がない。この対話は勝負などではないが、なんとも言えない緊張感が漂っている。
「さ、注文でもしちゃいましょうか?葛くんは奢るだなんて言ってるけど、今日はわたしが奢る」
「いや、オレはケジメをつけるためにここに来たんです。オレが奢ります」
「あららぁ?カッコイイ言葉使っちゃって。四人分なんて払えるのかしら?せいぜい払えて三千円じゃない?」
「いや、行けます」
「ふふっ、嘘ね?」
「じゃあもう、こうしましょう」
「あ、何言うかわかった。じゃあそうしましょうか?」
「そうしましょう」
『割り勘で(ね)!!』
最後は驚くべきほどに息のあった一言になった。まるでかなり長い時間一緒にいたかのようだ。
◇ ◇ ◇
「これ美味しいですね!!ファミレスとは思えないクオリティですよ!」
「ひへへ……いつもと違うメニューだけど好きな味だ」
オレと糸振さんが和解した横で、夏来と篦河がちゃっかり料理を食べている。まあ、昨日は払わせちゃったし良いんだけどね。それでも……頼みすぎじゃないか?大丈夫かなぁ?
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