第2話 せ〜んぱいっ♡
次の日の朝。
いつものように教室に入ると、所々でクラスメイトがザワザワしていた。
耳に入ってくるのは、
「おいおい、聞いたかよ」
「え、それってほんとなのか?」
「まさか、奇跡が起きたって言うの?」
「信じられないわ!?」
「あの、
「「「「「彼氏ができたなんて……っ!」」」」」
………………。
……あれ、もしかして、告白したのバレた?
どうやらこの噂には
うーん……。細心の注意を払って、校舎裏に来てもらったのに……。人の目がある学校で告白したのは、さすがにまずかったか。
既に学校中では、『相手が誰なのか』という詮索が始まったようだが、見つけるまでには至っていないらしい。
まぁ……だろうな。だって、その相手である俺に、まだ誰も詮索してこないのだから。
「はぁ……」
朝から谷底のように深いため息を漏らしながら、一番後ろの自分の席に座ってカバンを机の上に置くと、ポケットに入れていたスマホを取り出した。
(……えへっ)
思わずニヤけてしまったのは、別にイヤらしいものを見ていたからではない。
ただ、画面の『凛々葉ちゃん』の文字を見ていただけだ。
(……えへへっ)
告白に成功した後、彼女と連絡先を交換したのだ。
今、誰かが後ろを通ろうものなら、『例の男』が俺だということが一発でバレてしまうだろう。
でも、どうしてもニヤけてしまう。
(……えへへへっ)
すると、
「ふわぁぁぁぁあ……っ」
長い
あの眠たそうな顔……やれやれ。
「おっすー……
「おはよう。相変わらず、朝には弱いな」
「お前に……言われたくねぇよ……。遅刻常習犯のくせに〜……」
それを言われると、返す言葉がない。
確かに、朝に弱いのは俺も同じだ。
宏也はフラフラと体を揺らしながら前の席に座ると、クルンッとこっちに体を向けた。
「ところでよっ……どうだったんだ?」
「……やっぱり聞いてくるか」
「当たり前だろ? 誰がアドバイスしたと思ってるんだ?」
「……感謝してます」
さっきまで寝そうな勢いだったのに、切り替えが早いな……。
「わかってるんだったら、早く教えろよ~。未希人く~んっ」
「こういうときだけ君付け止めろ。はぁ……」
告白をする上で、この男にはいろいろと協力してもらったのだから、答えないわけにはいかない。
「ゴッホン。じゃあ……言うぞ。返事は……」
「おぉ、返事は……?」
――――――――――――――――。
「オーケーを…………いただきましたっ!!」
………………。
すると、目をパチパチしていた宏也が、ゆっくりと口を開けた。
「ま……マジかッッッ!? やったな……ッ!!!」
「ああ!!」
喜びを分かち合うように、俺たちは抱き合った。
これは、勝利の抱擁だっ。
『…………フフフフッ』
その二人の様子を、離れたところから見つめている視線が三つ。
実は、クラスの一部の女子の間では、二人のカップリングの話で盛り上がっているのだが。
「よっしゃ~! 今日は祝杯だぁあああーーーっ!!!」
「おぉーっ!!」
二人は、そのことを知らない。
もしかすると、知らない方がいいのかもしれない。
「いやぁーっ、まさかお前もついに彼女持ちかーっ」
と言ってニヤニヤする宏也。
ちなみにこの男のアドバイスはというと、
『いいか? まず間違っても首から下は見るなよ? 女の子は視線に気づきやすいからなっ』
『わ、わかった……っ』
『よしっ。じゃあ後は、誠心誠意、自分の気持ちを伝える! これだけだっ』
『……本当にそれだけで大丈夫なのか?』
『大丈夫だってぇ〜。まあ、もし断られたら、飽きるまで笑ってやるからさっ!』
『いやいや、ただ傷つくだけだから』
と言うと、宏也は『ガハハハッ!!!』と笑った――。
まあ、“当たって砕けろ”の精神で行けってことなのかもしれない。
……そういえば、告白のアドバイスをしてくれたにも関わらず、この男のそういう噂を全く耳にしない。
まあ、おおよその検討はついているけど。
「ふわぁぁぁぁあ……っ」
寝癖でボサボサの髪、曲がった襟と首からぶら下がっているだけのネクタイ。
「……お前、もう少し身だしなみを整えたら、もっとモテるだろ?」
「これくらいがちょうどいいんだよ。“彼女”は、今の俺が好きだって言ってくれたからな」
「ふーん……ん? 俺の聞き間違えかな? 今、“彼女”って聞こえた気が――」
「お前と同じだよ。まっ、俺は去年の今頃から付き合ってるんだけどなぁ~」
「は……はい〜っ!?」
話を聞くと、どうやら彼女との時間を確保するために、入る予定だったサッカー部に入らなかったらしい。
相変わらずというか、行動力が段違いなんだよな……。
それから時間が経ち、昼休みが始まったのだが。
「はぁ……」
今日一のため息がこぼれた。
「どしたー? やっと
「実は……向こうから、学校ではあまり会わないようにしようって言われてさ……」
「? なんで?」
「今、周りに恋人関係がバレるといろいろ面倒だから、とは言ってたけど……」
「ああぁー。まぁ、そりゃそうだろうな」
「え?」
「おいおい、忘れたのか? お前の彼女は、この学校で今一番注目を集めてるんだぞ? 男共からの人気は絶大だっ」
「…………っ!!」
言われてみれば……確かに……。
付き合えることに浮かれて、すっかりそのことを忘れていた。
「ここは……我慢するしかないのか……」
「そういうこった。なぁーもう腹減ったし、早く食堂行こうぜーっ」
それから、俺たちはいつものように食堂に向かったのだった。
……。
…………。
………………。
昼食を食べ終え、俺たちは教室に戻る前に食堂近くの自販機でジュースを買っていくことにしたのだけど。
『我慢できねぇ……っ! ちょっと行ってくるわ!!』
と言い残して、
ほんと、騒がしいやつだ。
と心の中で呟きながら、自販機とにらめっこをすること、五分。
「うーん……」
ペットボトルの方はお茶と水以外全て売り切れで、残っているのは紙パックのジュースだけか。
カフェオレもいいが……レモンティーも捨てがたい。
「うーん……でも」
ちょうど甘いものが飲みたい気分だったし、今日はカフェオレにしておこう。
早速、財布から出した小銭を投入口に入れていると、
「せ~んぱいっ♡」
ん? この声は……
「……っ!? り、凛々葉ちゃ――」
「しーっ。大きな声を出したら、周りの人たちにバレちゃいますよ?♪」
「…………っ」
ウインクをした彼女に言われて、慌てて周りを確認したが、誰の姿もなかった。
ホッ……。
「ふふっ」
彼女は
「みんな、わたしたちの関係を必死に調べているみたいですよ……っ♡」
と魅惑の声色で囁いてきた。
耳がこそばゆい以前に、油断したら蕩けてしまいそうだ……。
「? あの、せんぱい」
「ひゃ、ひゃい……?」
思わず気の抜けた声を出してしまった。
「っ……な、なに?」
「ジュース、買わなくていいんですか?」
「え? あっ、そ、そうだねっ!!」
無理やりテンションを上げて言うと、投入口に小銭を入れた。
えっと……カフェオレだったよな???
ド忘れしながらも、ボタンを押して取り出し口から紙パックを取り出すと、彼女の方から「あっ」と言う声が聞こえた。
どうやら、買おうとしていたジュースを俺が買い、それが最後だったらしい。
さっき押したボタンに、『売り切れ』と表示されているし。
「もしかして、買おうとしてた……?」
「い、いえ……っ」
と言ってはいるが、シュンと落ち込んでいるのがわかる。
「えっと……飲む?」
「えっ、いいんですかっ?」
紙パックのカフェオレを受け取ると、凛々葉ちゃんは嬉しそうに頬を緩めた。
「えへへっ、ありがとうございますっ♪」
……この笑顔を見られるのなら、ジュースを奢るくらいお安い御用だ。
「じゃあ、わたしはお先に……」
「え? ああぁ……」
このまま一緒に戻ったら、確実に誰かに目撃されてしまう。
そして、その情報が校内を駆け巡り……。
「……俺はもう少し、ゆっくりしてから行くよ」
「すみませんっ」
と言って歩き出した凛々葉ちゃんは、ふと足を止めてこっちに振り返ると、
「ねぇ、せんぱい……っ」
「うん?」
彼女は首を傾げながら言った。
「今日の夜。時間、空いてますか?」
「……へっ?」
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