第3話 はいっ♡ 召しあがれ……っ♡

 その日の夜。


「まだか……。はぁぁぁ……緊張する……」


 部屋のローテーブルの周りをぐるぐる歩き回ること、十分。


 その上に置かれているスマホをじっと見つめながら、今か今かと待ち続けていた。


 ――九時を過ぎたか。……そろそろだな……っ。


 歩き続けていたことで足が疲れたため、一旦、休もうとベッドに腰をかけた瞬間、


 ブゥウウウーッ。ブゥウウウーッ。


「――ッ!!? キ……キタァァァアアアアアーーーッッッ!!!!!」


 今年一番の雄叫びを室内にこだました。


 ――うるさいッ!


 どこからか声が聞こえた気がするが、そんなことはどうでもいい。


 ドキッ……ドキッ……。


 恐る恐る画面を見ると、そこには『凛々葉ちゃん』の文字があった。


「…………っ」


 なぜ、彼女から電話がかかってきたのかと言うと、自販機の前でバッタリ会ったときに、夜に電話でお話がしたいと言われたからだ。


 学校で一緒にいるところを誰かに見られるわけにはいかないし、誰がどこで見ているかわからない外で会うことも難しい。


 そういった諸々もろもろの状況を踏まえて、考えてくれたのだろう。


 ブゥウウウーッ。ブゥウウウーッ。


 ――おっと、早くでないと……っ。


「……よしっ」


 高鳴る胸の鼓動を一度落ち着かせてから、ゆっくりと通話をオンにした。


「も……もしもし……っ」

『あっ、せんぱ〜いっ♪』


 画面越しに聞こえてくる彼女の声に、早速、魅了される自分がここにいた……。


 睡眠用のBGMにしたい。切実に……。


『せんぱいっ? あれ? わたしの声、聞こえてますかー?』

「!! きっ、聞こえてるよ……っ!」


 慌てて返事をすると、画面の奥から『ふふっ』と笑う声がした。


『そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。せんぱいが寝落ちするまでお付き合いますから♡』

「…………っ!!」

『でも。もし、わたしが先に寝落ちしちゃったら……恥ずかしいので切ってくださいねっ?』

「え?」


 ――…ああぁ、イビキを聞かれて欲しくないからか。


『せんぱい?』

「!? わ、わかったよ……っ!!」

『ふふっ。せんぱいって、もしかして夜になると元気になるタイプですか?』

「え? まぁ、そう言われたら、そうかも……?」


 ベッドに横になってゲームをしていたら、いつの間にか朝になっていたこともあったし。


 過去の実例を挙げればきりがない。


『せんぱーいっ?』

「あ、なに?」

『わたしたちってまだ付き合い始めたばかりで、まだお互いのことよく知らないと思うんですよ』

「まぁ、確かに……」


 そう言われると、俺はまだ彼女のことをよく知らない。他の学生と同じ程度しか知らない。


『そこでですね。これからせんぱいにいくつか質問するので、いろいろ教えてほしいんですっ♪』

「質問?」

『はいっ♪ じゃあ最初は~っ』


 ――え、いきなり?


『せんぱい、好きな食べ物はなんですか?』

「好きな食べ物? えーっと…――」

『――ちなみに、わたしの大好物はオムライスとパフェなので、今度一緒に食べに行きましょうね~♪』

「へ、へぇー。そうなんだ……」


 なんとも可愛らしい並びだな。なんというか、凛々葉ちゃんらしくて…………とてもイイッ!


 ――って、あれ? もしかして、今、誘われた? 『今度一緒に』って……。


「………………」

『せんぱ~いっ、教えてくださいよ~』

「あっ、そうだな……み、ミルクティー、かな……っ」

『え?』




 ………………………………………………。




 突然のしーんっとした空気に、手から変な汗が出てくる。


『あの、聞き間違いかもしれないので、もう一度言ってもらってもいいですか?』

「み、ミルクティー……だけど」

『……せんぱい。そういうことではなくて、ですね……』

「う、うん?」


 ――もしかして、会話が通じてない? ……そうか。食べ物のことを聞かれたのに、「ミルクティー」って答えたから……。


『せんぱいって、実は偏食だったりします? 例えば、主食がお菓子みたいな……?』

「さすがに主食はご飯だよ。たまにパンの日もあるけど」

『そうなんですね。よかったー……』


 そう言って、彼女はホッと息を吐いた。


 なぜかホッとされてしまった。……早く、さっきの返答の訂正を――と思ったのだが、凛々葉ちゃんが徐に咳払いをして言った。


『要するに、せんぱいは食べ物の好き嫌いがないってことですね?』

「え。まぁ、そうなるかな。特にこれってものがないから……」

『なるほどなるほどっ。……食べ物の好き嫌いはなし……っと』


 電話の向こうから、シャーペンでノートに書き込んでいるときの音が聞こえてくる。


 ――えーっと……ミルクティーのことは……。まあ、いいか。


 ……。

 …………。

 ………………。


 それから、お互いに質問し合っている間に、気づけば日にちが変わっていた。


 最初の緊張が噓のように、途中から段々楽しくなっていき、あっという間に時間が過ぎた。


 長い時間喋ってみてわかったことと言えば、凛々葉ちゃんが聞き上手ということだろう。


 こちらがたどたどしい口調で話していても、最後まで話を聞いてくれたり、時折、自分の話を間に挟んできたりするからだ。


 コミュ障の自分とは大違い。……ちょっと羨ましい。


『せんぱい……』

「ん?」

『わたし……眠たくなってきたので……そろそろ寝ます……』


 声色から、今にも寝そうだということがわかる。その声を聞いていたら……


「ふわぁ~……」


 どうやら、こっちまで眠たくなってきたようだ。


『えへへ……せんぱい、おやすみなさい……っ』

「うん、おやすみ」


 と言って通話を切ろうとしたが、


『すぅ……すぅ……』


 画面の向こうから可愛らしい寝息が聞こえてきた途端、手がピタッと止まった。


 ――ほ、ほんとに寝落ちしちゃったよ、この子……。




『んっ……♡ せんぱい……ダメですよ……っ♡ そこは……♡』




「…………ッ!!!???」


 ――ダメってなにが……!? そこってどこ……ッ!?


 一瞬に眠気が吹っ飛んでしまった。


 俺は密着するように画面に耳を押し付け、ゴクリと唾を飲む。


 ――恥ずかしいので切ってくださいねっ?


「……そうだよな。おやすみ、凛々葉ちゃん」


 スマホからそっと耳を離すと、通話を切った。






 そして、次の日の昼休み。


 扉を開けて屋上に出た俺は、ポケットからスマホを出す。


 画面に映し出されたのは、今日の朝、凛々葉ちゃんから送られてきたメッセージだ。


『お昼休みになったら屋上に来てください。待っていますからっ♪』


 この学校の屋上は、昼休みと放課後限定で開放されていて、晴れの日は使う人の数が多いらしいのだけど。


 ――曇ってるな……。


 生憎あいにく、今日はどんよりとした空模様ということもあり、人の姿はなかった。


 ……彼女を除いて。


「………………」


 花壇に囲まれたベンチの真ん中で、彼女は不満げな表情で空を見上げていた。


 この天気だと、そうなる気持ちもわかる。


 すると、足音に気づいた彼女がこちらを向いた。


「あっ、せんぱ~いっ♡」


 一瞬で、その表情がパァッと明るいものに変わった。


 表情がコロコロ変わるから見ていて飽きないし、昨日と今日だけでも、新たな発見があるからとても楽しい。


「せんぱい、来るの早いですねー♪」

「ま、まぁね。そう言う凛々葉ちゃんも早いね」

「そうですか? これでも普通に歩いてきましたよ?」

「そ、そっか……。とっ、ところで、どうして俺をここに…――」

「せんぱいっ♡ わたし、お弁当を作ってきたので、一緒に食べませんかっ?♡」

「……えっ、お弁当!?」


 それも、「作ってきた」ということは……。


 ――凛々葉ちゃんの手作り……!?


「じゃ、じゃあ、ここに呼んだのって……」

「人目に付きにくくて、景色がいいところがここだったからですっ♪ まあ、天気の方は……今日はしょうがないということで……」

「あぁ……」


 どうりで空を見上げながら怒っていたわけだ。


「ほんとは、教室で食べられればいいんですけどね……」


 お昼ごはんを一緒に食べようにも、教室や食堂だと他の学生にバレてしまうため、彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。


 まあ、こっちからするとこれだけでも十分だ。いや、十分すぎるくらいだ。


「ありがとう、凛々葉ちゃん」


 お礼を伝えると、ニコッと笑った彼女と並んでベンチに座ると、広げたランチョンマットの上に、彼女から手渡された黄色のお弁当箱を置いた。


 そして、木目の入ったフタを開けると、


「おぉ……っ!!」


 つい口から声が出てしまった。


 チキンライスでできたクマさんが、卵で見立てた毛布を被っていたのだ。


 これは……オムライスだっ! それも、とても可愛い……っ。


 その枕元には、ミートボールやちくわきゅうり、そして、端にブロッコリーやミニトマトが小さく盛り付けられていた。


 キャラ弁を生で見るのは初めてだけど。その完成度は『凄い』の一言だった。


「……あ。昨日、好きな食べ物を聞いてきたのって」

「お弁当にせんぱいの好きなものを入れようと思って……♡」

「…………っ!!」


 こんな幸せな気分を味わっていいのだろうか? いや、いいんだっ!


「でも。せんぱい、好きな食べ物を聞いたら、ミルクティーって言うんですから。わたし、びっくりしましたっ」

「あははは……。ごめん……」

「あの後、朝まで悩みましたけど。好き嫌いがないなら、自分の得意料理を食べてもらおうかなって♡」

「朝まで? ……もしかして、寝てなかったの?」

「一応寝ましたよ? おかげで遅刻…――」

「遅刻しちゃったの!?」

「いえ、遅刻しかけましたけど、なんとか間に合いましたよ」

「そ、そうなんだ……よかった……」


 ほっと胸を撫で下ろすと、凛々葉ちゃんは口元に手を当てて「ふふっ」と微笑む。


「せんぱいって、実は真面目さんなんですね」

「そうかな? 自分では思ったことないけど」


 ぐうぅぅぅ……。


「あははは……」

「じゃあ食べましょうか♪ わたしも、もうお腹ぺこぺこです」


 そう言って、凛々葉ちゃんは同じお弁当箱を膝の上に置いた。


「うんっ、食べよっか……っ!」


 ――うちの彼女、可愛すぎるにもほどがあるだろ!!!


「? せんぱい、どうしたんですか?」

「え、いや、なんでもないっ! さぁ~って、なにから頂こうかな~……っ」


 誤魔化しながら、俺は目線を下に落とす。


 ――この木のスプーンで、あの可愛いクマさんを……。ちょっぴり罪悪感はあるけど。


「……いっ、いただきますっ」

「はいっ♡ 召しあがれ……っ♡」

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