第15話
豪華な屋敷は島民が毎日のように連れだって祈りにやってくる。
門扉のインターフォンで名前を告げれば電動のゲートが開く。
碧が自分の名を告げればすぐにゲートが開いた。
妹の手をしっかりと握って碧は屋敷の中に入って行った。
入り口の両開きの扉の前には祈りに来た島民が数人いた。
扉が開かれると島民は我先にと入り込み、奥の方へ小走りに走って行った。
「どこへ行くのかしら?」
「お祈りの部屋だよ」
と翠が答えた。
「お祈りの部屋?」
「うん、でも、手ぶらじゃ駄目なんだって。うちはお金がないから、入れて貰えないんだって。中に入れば天真様とお話も出来るし、それが続けばカリヤ様にも会えるんだって。でも、お布施が出来ないからうちは駄目なんだって」
「お父さんがそう言ったの?」
「うん……でも……千吉おじさんにお嫁さんが来たら、おじさんがお金をくれるから、そしたらうちもカリヤ様に会えるって……」
「お金の為?」
「うん……お母さんが言ってた。お姉ちゃんが大吉のお嫁さんになれば隣のおばさんからも貰えるって」
碧の腹の中に怒りがわいてきた。
「金の為だなんて……お金の為に私も翠も……」
「お姉ちゃん」
「翠、ミサキ先輩を探して一刻も早くこの島を出るわ。いいわね? しっかりお姉ちゃんについてくるのよ」
「うん」
碧は翠の手をしっかりと握り、力強い足取で歩き始めた。
「翠はここへ来た事あるの?」
「二、三回くらいだけど」
「そう、ミサキ先輩、どこにいるのかしら……」
宮殿は外見がそれらしく作ってあるだけで中は機能的なビルの中のような作りだった。
白い壁につるつるした廊下、だがかすかに香の甘い匂いが漂っている。
碧は翠の手を引いて、人気のない階段を上がって行った。
「こんなへんぴな離島にこれだけの屋敷が必要なのかしら? 本部協会は内地にあるだろうし、いくら環境が良い場所でも何もない島にこんな大きな支部を置く意味があるのかしら? それに……島の人はみんな変になってしまったし……」
碧はため息をついた。
ぎゅっと握った手から翠の震えが伝わってくる。
「お姉ちゃん」
「大丈夫、きっと逃げだせるわ」
自分にも言い聞かせるように、碧は強い口調で言った。
「誰だ?」
背後からの声に碧は飛び上がり、翠を背に隠すようにして振り返った。
「あ……」
碧の後ろに天真が立っていた。
「何をしている?」
「す、すみません……ま、迷って……」
天真は白い上下を着用していたが、それはいつか見た島民達の人を喰らう姿を碧に思い出させた。
「うげっ」
胃からこみ上げてくる物があり、碧は口を押さえてその場でしゃがみ込んだ。
「天真様ぁ」
と翠が言い、天真はその方へ視線を向けた。
「翠じゃないか……なるほど、君が碧か、島を離れていた西原の娘」
「あ、はい」
碧は口元を押さえて立ち上がった。
微笑んだ天真へ翠が駆け寄り、甘えるように飛びついた。
「翠!」
「いいんだ。翠は私に懐いていてね。君の両親は祈りに夢中だし、君は遠い場所で暮らす、この島には中学生が二人と小学生が三人しかいないから、子供達は親に連れられてよくここへ来てるんだ」
「そう……ですか……」
両親が宗教に夢中になるように仕向けたのはあなたではないか、と碧は思ったが久しぶりに見る翠の笑顔に碧は戸惑った。
「でも、うちはお金ないからあまり天真様に会えないの。よっちゃんや三ちゃんはよく来てるのに」
と翠が言った。
翠の言ったよっちゃんや三ちゃんは碧にも心当たりがあった。
よっちゃんは漁業の代表である家の子供で、三ちゃんは村長の家の孫だった。
金によってこの宗教内の立場が決まるならば西原では太刀打ちが出来ない、と碧は思った。
「天真様」
翠は天真に抱っこされてご満悦だった。
自分から天真の首に腕を回して抱きついている姿に碧は不信を覚えた。
「翠、行きましょう。天真様のお邪魔だよ」
碧は翠の方へ手を出したが翠は嫌々と首を振った。
「かまわぬ、お前は何をしに来た? 祈りなら祈りの部屋に行け。翠は私の部屋で遊ばせよう」
と天真が言うと、翠は嬉しそうに笑った。
「え……でも」
「かまわぬ」
天真はそう言うと、翠を抱っこしたまま碧に背を向けた。
「あの! ミサキ先輩に会えますか?」
天真の足が止まり振り返った。
「ああ、あの女か、集会所にいるだろう」
「集会所って、あの……頂上のプレハブですよ……ね」
前回の帰省の時に両親に連れて行かれた、拝みの末にバラバラに千切れた人肉を争って食っていた場所だ、と碧は思った。
「そうだその奥の扉から出れば近いぞ」
と天真は奥を指した。
「先輩……まさか……」
真っ青な顔で碧が言うと、
「まだ生きておるわ。祈祷は月一度の日曜日と決まっているからな」
と天真が言った。
「明日だもんね、天真様」
と翠が言った。
「おお、そうだったな。翠は賢いな」
と天真が翠の頭を撫でると、翠は頬を赤くして嬉しそうに笑った。
「翠……」
天使が翠を抱いたまま立ち去ろうとした。碧はそれを見送りながら、碧が島へ戻ってから見た事のない妹の笑顔、それが宗教のトップに対してだけ見せる笑顔が気になったが、天真が翠を手元に置くうちは両親から無茶な嫁取りの話はないだろうと碧は判断した。
そして碧は天真に言われた通りに奥の扉の方へ歩いて行った。
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