第13話

「お帰りなさいませ、天真様」

 小高い丘の上に建つ、宮殿風の豪華な建物に帰り着いた天真を出迎えたのは大きな青年だった。腕も肩もごつい筋肉で出来ており、ラガーマンのように逞しい。提灯男と同じ紺色の上下を着ているが、筋肉の盛り上がりで窮屈そうに見えた。

「うむ」

 青年は天真の足下にスリッパを差し出してから、脇に避ける動作をしたがその時、天真の背後にいるミサキに視線を移した。

「天真様、その方は」

「西原が千吉の嫁にしようと本土から連れてきた娘だが、見合いは失敗したらしい。逃げてきた所を拾ったのだ。千吉の嫁にはもったいないくらい美形なのでな」

 と天真は言って笑った。

「それではお客様という事で?」

「そうだ、そういえば名前を聞いていないな、何という?」

 天真が振り返ってミサキを見た。

「ミサキ」

 とだけ言ってミサキは横を向いた。

「いい名前だ。黒鵜、世話を任せるぞ。怖い女だから怒らせると三郎のようになるぞ」

 天真はそう言うと上機嫌でスタスタとそのまま奥へ入って行った。

 提灯男の三郎は玄関の外におり、やはり手ぬぐいで片目を覆っていたが、その手ぬぐいも血が滲んできて真っ赤になっている。 

「あっしもこれで」

 と言い、三郎は背中を向けてよろよろと去って行った。 「どうぞ、こちらへ」

 と黒鵜が言い、ミサキにスリッパを差し出した。

 ミサキは靴を脱いでそれに履き替えて、奥へ進んでいく黒鵜の後について歩き出した。

 半漁人顔の島民や宗教関係者にうんざりしていたミサキは部屋に入り、ほっと息をついた。

 リュックサックをソファにどんっと置いてから黒鵜の方へ振り返った。

「ねえ、お兄さん、お風呂とかないの?」

「そちらのドアがシャワー室になっておりますので、お使い下さい」

「ありがとう」

 ミサキはそう言ってリュックサックの中からポーチや着替えの類いを取り出した。

「ここって他に誰か住んでるの? 信者がいっぱいいるの?」

「いいえ、信者はお祈りするために昼間通って来ますが、夜はおりません。天真様と世話役が何名かおりますが」

「小さい島には似合わない凄い豪華な宮殿よね、ここ」

「何かご入り用の物はございますか?」

「……いいえ、何もいらないわ」

 と言った瞬間にミサキの腹がぐーっと鳴った。

「お食事の用意でも」

「いいえ、結構よ。目が覚めたら半漁人がベッドの中で隣にいた、なんて冗談じゃないわ。何を食べさせられるかたまったもんじゃない。この島に来てから何も食べてないから、お腹が鳴るのはしょうがないわ。新鮮な海の幸をご馳走します、なんて言うからバカンスに来たのに、半漁人の嫁にされそうになるなんて」

 とミサキが唇を尖らせて言うと、黒鵜は笑いをかみ殺した表情になった。

「毒味が必要なら私がやらせていただきます」

 黒鵜はそう言ってから頭を下げて部屋を出て行ったが、すぐに手早く作ったおむすびと卵焼き、そしてペットボトルの茶を運んで来た。

 ミサキはペットボトルが開封前なのを確認しようとして、盆の上のメモ紙に気がついた。

「自分は潜入捜査員であり、エミ様の配下である。窓から見えるクルーザーにエミ様が、レン様もすぐに合流するとの事」と書いてあった。

 ミサキが黒鵜を見ると、黒鵜は指を唇に当ててしぃっと小さな声で言った。

 ミサキは「どういう意味だ」の意味を込めて黒鵜を見た。

「どうぞごゆっくり」

 と言い、黒鵜は再び部屋を出て行った。

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