第11話
「この千吉はそれはもう孝行息子でな、漁の腕もいいからよく稼ぐんじゃ」
と碧の父親、西原が言った。
歓迎会と称して招かれた碧の家で膳を前に千吉と紹介された男の横にミサキは座らされた。
「あんたともお似合いじゃ。あんたみたいな嫁をずっと待っとったんじゃ」
とも言った。
コの字型に膳を置き、親族らしき者がぐるりと座っている。すでに酒を飲んでいる男が大半で女性は台所仕事をしているのか姿を見せない。
ミサキはちらっと隣の千吉を見た。
昼間の民宿の息子と同じで半漁人のような顔だった。ただ、年を取っている分、太っていてしわくちゃで醜悪だった。
「何の冗談ですか」
とミサキは言った。
「何で自分の父親みたいな人の嫁にならなきゃならないのかしら」
「おめえみたいな女は千吉の嫁んなってな、そんでイタイノイタイノトンデイケ様にお頼みするがええんじゃ」
と西原が言い、周りの親族はうんうんとうなずいた。
「イタイノイタイノトンデイケ様って何ですか、宗教とか興味ないんですけど。バカンスに来てってあなたの娘さんが言うから来たら、何ですか。無理矢理、嫁になれって言うんですか。これ犯罪ですよ」
とミサキが言った。
「ぶつぶつ言うな! 生意気な女じゃ!」
碧の家も海の家と変わらず、古く傾いた長屋の一棟だった。
どこもかしこも生臭く乱雑で、目の前に置かれた膳もあちこちが欠け、その上の皿も不揃いで、人数的に数が足りなかったのか広告紙を折ってその上に焼き魚を置いてある膳もあった。
西原はミサキの前に縁の欠けた湯飲みを差し出し、それに酒を注いで「飲め! 夫婦の杯じゃ」と言った。その言葉に親族がやんやと騒ぎ出す。
ミサキはその親族達を見回した。全ての者が半漁人顔で、笑ったり叫んだりしているが、視線はどこかズレている。
「お断りします。夫婦の杯とか意味が分からないし」
「千吉っつあんが嫌なら、うちの康夫はどうだね?」
末席に座っている康夫の横の男が声を上げた。
康夫の父親は康夫がもうこの世のどこにもいない事にまだ気がついていなかった。
康夫の母親が「康夫、どこに行ったんだか」とぶつぶつと呟いていた。
「康夫はまだ若い、千吉が先じゃ」
西原が追い払うように手をしっしっと振りながら言った。
「まず、あなたの娘さんを嫁がせては?」
とミサキが言った。
ちょうどその席へエプロン姿の碧がビール瓶を運んで来て、ミサキの言葉にびくっと身体を震わせた。
「碧は大吉の嫁と決まっとる。なあ、大吉」
と西原が三人隣の青年を見た。
ミサキが視線をやると、大吉は「へ?」という様な顔をした。
「西原さん、それはおめでとう。あなた、こうなる事を知ってて私を招待したの?」
とミサキが碧に言った。
碧はぶるぶると震えながら、俯いた。
「すみません……」
ミサキは自分のリュックサックを引き寄せた。。
「そんな事はどうでもええ、はよ、杯を交わすんじゃ」
と西原がミサキに湯飲みをぐいっと押しつける。
「嫌だって言ってるでしょ。非常識にもほどがあるわ」
とミサキが言って、押しつけられた湯飲みを払いのけると、
「この女ぁ!」
と西原が激怒して、湯飲みを膳の上に叩きつけた。
ミサキは同時にリュックを掴んで立ち上がった。
畳の上の膳を蹴散らしながら部屋の中を駆け抜けて廊下へ飛び出した。
玄関まで駆け抜け、靴をつかんでそのまま屋外に走り出る。
外は暗闇だ。
島民の数が少ない上に、港周辺以外はぽつんぽつんと離れて家が建っている。
碧の家は小山の麓に親族二、三軒と固まっているだけで、家から離れるとすぐに暗闇になる。
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