第9話 伊武島

「ミサキ様の居場所が判明したそうです」

「何ですって?」

 と言ったのは織田エミ、ふわふわカールした茶色い髪に人形のような愛くるしい表情、ピンクの唇に白い肌。まるでアイドル人形のようだが、二十五歳にして日本有数の財閥、織田グループのある部門のトップにいた。

 暴力と搾取、排除と裏切りを目的とした分野だった。

 元々の資質が素晴らしく暴力的であり、麗しい見目や鈴を転がすような可愛らしい声、人々を夢中にさせる容姿とカリスマ性でエミは簡単にのし上がった。

 順調に駒を進め、織田財閥の名と謀略でエミは切り捨てられる事なく、前任者から財閥の裏世界を引き継ぎ、彼女が素晴らしい暴力によって邁進する限りは裕福で安全を織田から約束されていた。


「お姉様の?」

「さようでございます」

 とエミの執事が言った。

 年配の男で白髪だが、身のこなしと眼力に隙がない。

 何万人といる様々な織田の人材の中で一番強く狡猾な人物だ。

 エミのお守りと教育、さらに実の孫のようにエミを可愛がっていた。

 

 興奮し、頬を赤らめたエイミは立ち上がり、室内をうろうろと歩いた。 

 アトリエというには豪華すぎる一室だが、ふかふかの絨毯、イタリア製のソファ、そしてテーブルはエイミ製、素材は国産、種別は人間、まだ若い雄、が四つん這いになって、ガラスの天板を支えている。鼓動はせず、見開いた冷たい目はガラス製。内臓はほぼ現金に換えられ、かろうじて残ったのは骨、筋肉。自慢の綺麗な顔で女を食い物にしてきた元ホストだがこうしてエイミのテーブルという役目を与えられていた。その他にも部屋の隅で立ったままゆらゆらと揺れている骸骨の標本はしくじってエイミの怒りをかった元部下だ。エイミは忙しい織田の任務の合間にこうやって芸術品を作る仕事もしていた。

 彼女の悪趣味な芸術はある種の人間に酷く評価され、織田財閥の機嫌を取る意味もあって高値で売買された。


「どこに? どこにいるの?」

「レン様からの御報告によりますとW大学三年生に在学中でございます」

「大学生なの?」

「さようでございます。しかしいささか問題もございまして」

「何だよ」

「ミサキ様は今、バカンスで伊武島にいらっしゃいます」

「伊武島? お姉様がそこにいるの? 何てこと!」

「大学の後輩に伊武島出身の者がいて、夏休みのバカンスに誘われてお出かけになったようでございます」

 エミはソファから立ち上がって、窓際に立った。

 手渡された双眼鏡を覗くとぽっかりと浮かぶ島が見える。

「あそこにお姉様がいるのね。感動だわ」

 伊武島から離れて停泊する素晴らしく豪華で高価なクルーザーにエイミは乗っていた。 一億ドルはする豪華客船だがエイミ個人の持ち物で、プールにシアター、トレーニングジム、コンサートの開けるミニホールが完備されている。

「あんな半漁人達がうようよしてるちんけな島でバカンスなんてお姉様可哀想。エミだったら地中海でも連れて行って差し上げるのにぃ」

「今回の騒動を終えれば休暇を取る事も可能でございますな」

「本当ね、レンは?」

「休暇を取られてこちらへ 合流するご予定でございますが、もう二、三日かかるようでございます」

「レンはお姉様が大好きだからきっと喜ぶわね」

「ですがあの島から早めにミサキ様を脱出させなければ、最終的には銃撃戦になり得るかと」

「そうね。黒鵜に伝えて頂戴。早々にお姉様を救出して、半漁人達なんかに指一本触れさせたら駄目よって。それからあの件はどうなってるの?」

「光化学迷彩アーマーの件でしたら、黒鵜が潜って数週間ですから、まだ詳しくは判明しておりません」

「そう、カリナを儲けさせるのが嫌だからってこんな島まで来たけど、お姉様に会えるなら一挙両得だわ。さすがエミのお姉様ね。ああ、十……八年ぶりかしら。会えるのが楽しみだわ」 



 迎えの船に乗った瞬間、生臭い魚介類の匂いがした。

 床も窓もべとべとしていて、粘膜のような物が船全体に張り付いていた。

「どうぞ、先輩」

 と碧に言われてミサキはカートを押して船に乗り込んだが、不潔は嫌いなたちなので座席に座りたくなかった。

「碧ちゃん、やっと戻ったでなぁ」

 年配の男が言い、にへらと笑った。

「え、ええ、おじさん、島までお願いします」

「ええさ」

 

 碧はミサキのカートを押し上げて、通路の隅の荷物置きに固定した。 

「先輩、そのリュックもこちらへ置いておきますか?」

 ミサキは山登りでもするような大きく頑丈なリュックサックを背負っていた。

「いいえ、大丈夫」

「そうですか。島へは五十分くらいで着きますから、先輩、どうぞ、座ってください」

「ええ」

 ミサキはリュックサックを膝の上に抱き、船に固定されたベンチに座った。

 座敷のような部分もあるが、靴を脱いで上がり込む気にもならなかったからだ。

 船の持ち主は衛生面には気を使わないのか、毛布なのかゴミなのか分からない物で一杯だった。

「この船は送迎用なのね?」

「ええ、買い出しとか、大きな病院へ行く時とか、頼めばいつでも手の空いてる漁師のおじさん達が交代で出してくれるんです。元は漁船だったのを改良したのでちょっと生臭いんですけど」

「そうなの」

 ミサキは立ち上がって操縦室の方へ歩きガラス戸から男が操縦している背中を見た。

「あの、その中に入ったら怒られるので」

 と碧が声をかけた。

「そうなの?」

 とミサキが振り返る。

「ええ、女の人は入っちゃ駄目なんです。神聖な場所だから」

「そうなんだ。へえ」

 とミサキが笑ったが、碧はその笑顔に何故か背筋に寒い物が走った。

 

 夕べ、レンが言っていた言葉がミサキの脳裏に蘇る。

「行かない方がいいぞ? 閉鎖的な離島なんてさ。海くらいしかないし、それによそ者が入り込んで、かき回してるしな」

「よそ者?」

「年寄りばかりの閉鎖的な島だぞ? うさんくさい宗教が入るりこんでるぞ。行くなら気をつけてな」


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