第6話

 男は殺風景な部屋に入り、すぐさまカーテンを閉めた。

 背負っていたリュックサックからカメラを取り出し、それからららの方へ振り返った。

「ららちゃん、おいで、プ、プレゼントあげるから」

 男はリュックサックから紙袋を取り出し、それの中に手をつっこんで白いフリルのついたスカートを取り出した。

「これはプ、プレゼントだよ」

 ららはミサキに言われた通りに、部屋の奥のテレビの横に座ってじっとうずくまった。

 両手にスカートを持った男は汗をかき、鼻息荒くららに近づいて行った。

 両足を抱えてうずくまっているららの両脇に手を入れ、ひょいと抱え上げてららを立たせる。履いている地味なスカートを下ろして、ピンク色のパンツをじーっと見つめた。

 ららは小さい声で「嫌」と言ったが、それは何の抵抗にもならなかった。

「そ、その前におパンツも新しいのにし、しようか。汗もかいてるし、ふ、拭いてあげよね」

 興奮した男がららのパンツに手をかけた、瞬間、

「ららちゃん、ぎゅっと目を瞑るの」

 と言う声がして、ららは目を瞑った。

「え?」と男が顔を上げた瞬間に、男の後頭部に鈍器が振り下ろされた。

 ミサキの手には大きなガラス製の灰皿があった。 

 山盛りだったタバコの灰は絨毯の上に散らばり、男の後頭部から出た血がほんの少しついていた。

「な、何……」

 男が頭を押さえながらミサキの方へ振り返った。

「ららちゃん、お掃除するからお姉さんの部屋に行っててくれる?」

 ららは立ち上がって一目散に玄関まで走って行った。

「あ、ららちゃん!」

 男が去って行くららの背中に手を伸ばしたが、ミサキは男の顔めがけてまた灰皿をふるった。眼鏡が吹き飛び、今度は額が割れて血を流した。

「ど、どうして……」

「どうして自分が見ず知らずの女にこんな目に遭わされるのかって?」

 とミサキが言った。

「そうね、ららちゃもそう思ってるでしょうねぇ。それであなたはららちゃんに何て答える? もちろん楽しいからって答えるわよね? そうでしょう? 私もなの」

「え……」

「私も人を壊すのが楽しいからやってるのよ。あなたと同じでしょう? 楽しい事ってやめられないわよねぇ。例えそれが人としてどうかって事でもね」

 と言うミサキの瞳がきらっと輝いた。

「え……え……」

 同時に男の顔に怯えが浮かんだ。

「止めろとか許してとかは無しにして。ららちゃんだって嫌だって言ったはずだけど聞かなかったんでしょう? しょうがないわよね。強い者が勝つんですもの。あなたも負けるの。私にね」

 そう言うとミサキは再び灰皿を振り上げた、

 男は咄嗟に両手を出して、ミサキに掴みかかった。

「このアマァ!」

 ミサキは右手に灰皿を持っていたが、左手には殺虫剤を持っていた。

 プシュウウウウと発射され、男は倒れ込んだ。

「ゲエエエエエ」

 両手で顔を覆い苦しげに倒れた男の後頭部をミサキは灰皿でガツンガツンと殴りつけた。

「もっと有効な武器もあるけど、今日はこれしか使えないわね」

 皮膚が破れ流血し、頭蓋骨が割れる頃には男は大人しくなった。

 ピクピクと身体が小刻みに震え、視線は定まらない。

 頭部の皮膚が破け割れた白い頭蓋骨か茶色いべっとりとした物が零れだした。

「ふふ、脳みそ」

 ミサキは床に散らばっている家財道具の中に子供用のプラスチックスプーンをみつけて男の頭の中にそれをさしこんだ。

「これこそサルの脳みそ」

 ふふふとミサキが笑っているうちに、カンカンカンと甲高いサンダルの音が近づいてくるのが聞こえてきた。

 すぐにガチャッとドアが開いて、

「ねえ、もう一時間たったんだけどぉ。延長するなら金払ってよね」

 と言いながら母親が入って来た。

 ミサキはさっと立ち上がり玄関の母親に近寄った。

「あんた、人んちで何を……?」

 怪訝な顔で母親はミサキを見た。そして倒れた男を見たが何が起きているのかがすぐに理解出来なかった。

 ミサキはすでに持ち替えてたこの家のキッチンにあった包丁で母親の胸を刺した。

「ぎゃっ!」

 と母親が叫んだが、ミサキの体重が乗った包丁はずんっと母親の身体の奥深くに刺さった。

「何……あんた……誰……」

 母親がミサキを睨みつけた。

「死ねよ、クズ野郎」

 とミサキが言った。

 ららの母親はぽかんとミサキを見て、それから般若のように顔を歪めた。

「て、てめえ!」

 ミサキは包丁を持った手をぐりっと半回転させた。

「ぐはっ」

 と母親が血を吐いた。

 母親の身体中の力が抜けていくのがミサキにも伝わった。

 彼女は床に倒れ込み、すぐに身体の周囲は血だまりとなった。

 ミサキは母親の手に灰皿を握らせ、彼女の息の根を止めた包丁を男の手に握らせるような姿勢に動かしてから部屋を出た。


「ららちゃん、パン、食べた?」

 ミサキが隣の自室に戻るとららはまだパンを握りしめていた。

 部屋の隅でパンを抱き締めるようにして座っていた。

「ミルク、入れてあげるね」

 ミサキはマグカップに牛乳を入れて、机の上に置いた。

「こっちでパン食べよ? 今日お迎え遅くなりそうだから、お腹すいちゃうかも」

 ミサキの優しい笑顔にららはおずおずとうなずいたが、ミサキの手にある物を不思議そうな顔で見た。

「あ、これ? ららちゃんちから借りて来ちゃった」

 とミサキはスプーンを目の高さまで持ち上げて笑った。

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