たぶん、ある

 私は三年以上にわたって各地の心霊スポットを巡った。目に見えないものを知覚する手段として、それが最も近道になると思ったからだ。無論、如何なる理由があろうとも、曰く付きの場所へ能動的に近づくなど、決して褒められた行動ではない。ただ、我々は一般的に行われている肝試し――興味本位で現場へ入り、騒ぎながら非日常感に興じるといった、娯楽めいた態度で臨んでいたわけでもない。以下、探索において徹底していた点を先に挙げてゆく。


 まず、私たち三人は夜中に移動するのが常だった。信憑性はともかくとして、霊と呼ばれるものは深い時間帯に現れる確率が高いそうで、我々はこの不確かな情報に則り、往復と調査、合わせて22時~翌3時までの5時間以内に完了させるケースが大半だったと記憶している。そして、この際に問題となってくるのが"音"である。

 人々が寝静まる深夜、とりわけ閑静な土地では、些細な音であっても大変よく響き渡る。特に喋り声は、想像以上に騒音足り得る周波数を持っている。もしも目的地が市街や民家に近い場合は、なるべく離れた位置に車を停め、そこからは黙々と現場へ向かう必要があるのだ。加えて足音も殺さねばならないし、仮に何かしらの恐怖が襲ってくる事態に見舞われたとしても、叫んだりするのはご法度。要するに、ある程度の精神力を要求されるのが私たちの心霊スポット巡りだった。ちなみに山や湖といったひと気がないところであっても、基本的に同様のスタイルを貫いていた。

 また、夏の時期は他のグループに遭遇し、コミュニケーションを取らざるを得ない確率が高くなる。これを忌避し、もっぱら冬を選んで活動するよう心掛けていたのも重要なポイントである。単純に、暑い時期は毒虫に刺されたり、野生動物と鉢合わせするリスクを伴うほか、台風によって足場が泥濘んでおり、探索できない場所が増えるとった物理的な事情もあったのだが……とかく、音に対してかなり気を遣っていたことは予め断っておく。

 あとは、スポット内の物には絶対に「触らない、壊さない、持ち帰らない」の三原則を遵守しつつ、遊び半分の気持ちで足を踏み入れないことも念頭に置いていた。場所によっては供養のため、酒や食べ物を一時的に供えたり、黙祷したりもした(当然、痕跡は残さない)。その上で、長居は無用、一通り調べ終えたらたむろせず速やかに立ち去るというのも肝要な配慮として徹底していた。

 ――等々、果たしてこれらが最低限、礼節を弁えていることになるのかは自信がないが……以上のように、モラリティを以って粛々と行動するのは我々にとって暗黙の流儀だった。


 さて、ここからは実際に不可思議な事象と出くわした際の、代表的なエピソードを二つ挙げる。なお、万が一決定的な何かを捕捉した時に物証を得るため、探索時はいつもカメラとICレコーダー、懐中電灯を引っ提げていたのを前提として書いてゆく。



■女性の声


 とあるトンネルに行った時のこと。そのトンネルは約100年ほど前に掘られたものらしく、老朽化による崩落等を危惧して、内部への立ち入りが禁止となっていた。出入り口は10年以上も前から塞がれており、現在は扉のない鉄板が取り付けられ、厳重に管理されているため入る術はない。

 しかし実は、この鉄板とトンネルの間には僅かな隙間が空いている。そこへ耳を澄ませてみると、滴っている水の反響など、内部の音を聞くことができるのだ。私はICレコーダーを隙間の近くに設置して、録音を行った。このかんに変わったことはなかったから、現場の様子については割愛する。

 無事に帰路についた私は、早速録った音を確認した。すると、水の反響に混じって妙なものが聞こえるではないか。謎の音声は断続的に、1分ほど続いていた。

 編集し、該当部分をリピート再生してみる。――何度聞いても、それは女性の声だった。ただ、「æ」のような母音が数回発せられているだけで、イントネーションはあるが、言葉として成立している感じではない。つまり、残念ながら決定的とまでは言えぬ、なんともデータであった。

 だが、物証を得られたのはこのトンネルが初めてで、当時はかなり興奮していたと思う。データは今も残してある。



■なぞの煙


 これが最も鮮烈な体験だった。今はもう、そこへ至る道路が取り壊されてしまい、二度と訪れることはできなくなってしまった某所――山中の渓谷付近にある心霊スポットの話である。

 この場所は冬場の気温が-8℃という過酷な環境だった。私は極度の冷え性であるため、各種ヒートテックの上から防寒用の靴下を二足、上着を四枚、ズボンを二着と重装備で、さらにカイロやネックウォーマーの力を借りながら挑んだ。

 道中に大きな橋が架かっている。体感だが、長さは40メートル、幅は10メートルくらいあったと思われる。直下は谷になっていて、おそらく100メートル強の高さがある橋だ。この橋の真ん中を、三人で横並びになってテクテクと歩いていった先に、卒塔婆と慰霊碑の立っている"現場"がある。

 結論からいうと、そこでは何も起きなかった。我々はプラネタリウムのように美しい夜空を眺めながら、10分程度調べたところで、寒さが限界を迎えたこともあって踵を返す。その帰り道、例の橋を通り始めた時だった。


「なにあれ?」


 懐中電灯役のKが囁き、不意に橋の中心部を照らす。すると地上1.5メートルほどの高さに、煙が浮かんで停滞していた。それも、ただの煙ではない。

 たわんだ数十センチの光の線がたくさん重なり合って、歪な円を象り、その周りを纏うように煙が流動しているのだ。線は蜘蛛の糸が反射するかの如く、青白く光っており、煙の方は白かった。

 異常事態を察知したKは、周囲の状況を確かめるべく一瞬、懐中電灯の向きを変えた。時間にして1秒程度――私はその間も目線を動かさなかったと思う。しかし、もう一度Kが煙の方を照らすと、そこにはもう何もなかった。煙は、忽然と消えてしまったのである。

 車に戻った我々は状況を整理した。まず、当時は霧も靄も出ておらず、直近で雨は降っていなかった。路面の凍結もなかったし、喫煙者もいない。さらに、煙を見失った直後に付近を隈なく調べたが、同様の現象は確認できなかった。線についても、蜘蛛の巣であるなら行きの時点で引っかかっているはずであり、もし新たに張られたものであったにしろ、刹那に消え失せたのは物理的におかしい。

 また、なぞの煙は三人が同時に観測しているが、真正面にいた私と他の二人では、少々見え方が異なっていたと発覚する。KやTは線の部分を「光の羽」と表現し、たくさんではなく幾つかが重なっているように見えたと言っていた。

 ――その後も色んな可能性を考えた。所謂プラズマが最も近い現象である気もしたが、我々はとうとう、本件において納得のできる答えを見いだせなかった。よって煙は正体不明の怪奇現象へ認定することに相成り、唯一視覚的な体験を得られた事例として、今も語り草となっている。カメラに収める暇がなかったのが、大変悔やまれる。



 以上が代表的なエピソードである。他にも探索の後日、家の空き部屋からドンドンと足音が聞こえたり、扉が勝手に閉まったり、あとで縛ろうと重ねてあった紙ゴミの山が独りでに崩れたりと、細々とした怪奇現象は銘々見受けられたが、取り立て言うほどではなかろう。友人の友人が体験したというものならば、もっと強烈な話もあるのだが……そちらは実体験ではないから、ここでは書かない。


 そして、気づけば我々は地元から半径100km以内にある場所を軒並み制覇していた。それより遠方は時間的制約の観点から諦めるに至り、長いようで短かった心霊スポット巡りは幕を閉じた。幸い事故や病気、怪我などすることはなく、三人は今でも元気に暮らしている。

 なお、写真はオーブ的なもの以外で、有力な画は撮れなかった。音声も上記のトンネルの他に良いデータは録れていない。……実のところ「これは録れたぞ!」と思っていたデータが一つだけあったのだが、当時誤って削除ボタンを押してしまったのか、気づかぬうちに消えていた。物証を得るのは本当に難しいのに……と落胆したのを覚えている。


 さて、私は"信じるために"心霊スポットを旅をしてきたわけだが、その結果どうなったのかを最後に記す。

 お察しの通り、明確に「こうこうこうだから」と目に見えないものを万人に説明できるレベルの材料は手に入らなかった。とはいえ、明らかに変な現象、不可思議な状況には数多く遭遇したし、もはや"無いものは無い"と割り切るのは難しいほど、私の価値観には変革が起こっていた。これは当初の目的に叶う大きな収穫であり、その後、までの軌跡において、重要な土台になったと今では思っている。


※次回に続く。

 


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