9月1日 入学式じゃない日(その1)
今日からようやく学校に通うことになった。
日本に来てからウィッチの仕事以外は、基本的には何もしない(できない)だらだらした生活だったのでちょうどいい。
真新しい制服に袖を通す。日本の中学生以上はだいたい制服があるらしい。私の制服は紺のブレザーとスカートだった。あまり着慣れていないせいか、似合っているのかどうかもわからない。
「おお、テクラちゃん、可愛いねえ。よう似合うてる」
「うん、外人の制服姿もええな」
おばあちゃんも褒めてくれたし、あの、筋肉お化けで、彼女から褒められた記憶がないかえでさんの口からも好評を頂いたようなので、素直に受け取っておく。
日本の学校制度は不思議な感じで、4月が新年度なんだそうだ。欧州の各国はだいたい9月始まりが多いので少し戸惑う。新学期だから新しいスタートを切れると思っていたのに。
今日は早めに行って、教師とあいさつをするそうだ。日本の学校のこともよくわからないし、初めて親族や、ウィッチ関係者以外と過ごすことになるのでちょっと緊張している。おばあちゃんと、保護者代表として、おばあちゃんの次女のかえでさんも付き添ってくれるので少し安心はしてるけど。
――私の保護者はかえでさんになるのか……
家から歩いて10分くらいのところに学校はあった。
「ここがお前の通う中学校な」
おばあちゃんも、かえでさんも通った市立橋本中学校。公立の学校らしい。日本とドイツでは学校制度が違うので知らなかったが、全ての子供が小学6年、中学3年を通う。その後高等教育で自分の進路を決めるそうだ。
私は中学2年生に編入になった。ドイツでも中学2年相当の課程をほぼ終了したのに、誕生日の関係で再度2年生をしなくてはいけないそうだ。このあたりは柔軟に対応してもいいんじゃない? と思うけど、制度上無理なのだそうだ。日本が何故ダメになったのかが少しわかったかもしれない。
学校は、新しい建物と古い建物が混在していた。落書きもなく、綺麗に手入れをされているなと思った。
校舎の2階、教師のいる部屋に入ると、担任教師と挨拶をする。若い男性の教員と、女性の教員だった。
ふたりもいるんだね。ドイツでは担当教諭はひとりだけだったのに。男性は田辺といい、正担任。女性が根岸で、副担任だそうだ。
いくつかの質問をされ、授業開始までは教師と一緒にいればいいと指示があった。
勝手がわからないので従っておく。
「それでね、彼女、魔法少女なんです」
たまきばあちゃんから担任に告げられた。
「あ、おばあちゃん……」
出来れば黙ってて欲しかった。私がウィッチであるのは、やはり恥ずかしいから。
田辺は気難しい顔になった。根岸はびっくりしている。やっぱり、この人たちもウィッチは怖い存在だと思っているんだろう。どう接していいのかわからないって事なんだろうな。
そう思ったが、田辺は、
「魔法少女は任務で抜ける事が多いようですから、キチンと勉強についていけるか心配ですね。ドイツと環境も授業内容も違いすぎますから、サポートが重要ですねー」
――あれ?嫌がっていない?
「任務の間に勉強もするようですから、そこら辺を合わせてついていけるようにしたいですね。奈良は教育委員会が窓口でしたっけ? 少し聞いてみます」
副担任の根岸も嫌がっている様子はない。それどころか勉強がわかるかどうかを気にしているようだ。
間もなく授業が始まるので教室に移動する。教室の前までやって来たが、すごい緊張する。期待と不安でドキドキしていると、担任の田辺が扉を開けて教室に入る。続いて私も教室に入った。すると、ざわついていた教室内が「うおおおお」という雄叫びに近い声に変わる。
「外人や」「外人や」「髪の毛染めてるんか」「違うわアホ」「栗毛や。どこの厩舎や」そんな声が聞こえる。あー、日本人特有の反応だわ。最後のは何かわからないけど。
「はーい、静かにしてやー。新学期早々やけど、転校生やでー。ドイツ人のケーニッヒテクラさん」
「ドイツ人か」「日本語わかるんか?」などと、教室内は騒然としている。
田辺から自己紹介しろと言われる。が、このように騒いでいる時にするものか?
「はーい静かに!」
一斉に静かになる。けれど、やっぱりさっきの騒いでいた方がよかった。だって、注目されるのはすごい恥ずかしいから。
「ドイツのバイエルン州アウクスブルクから来ました、テクラケーニッヒです。家族が仕事で中国に引っ越す予定やったんですが、嫌やったんで、おばあちゃんが住むこっちに引っ越してきました。よろしくお願いします。」
「……」「……」
何故か教室内が静まりかえった。
「日本語ペラペラやん」「大阪弁や」「なんでや」そんな声が聞こえてきたが、そりゃそうよ。なんてったっておばあちゃん直々の日本語で、会話はほぼ完璧ですから。
ちょっと得意げになってしまった。
「そうそう、彼女はこの前から魔法少女になったから、授業は途中で抜けたり……」
「うおおおおお、すげー!」「きゃー!すごい」「魔法少女初めて見る」
田辺が話をしている途中だったが、生徒が歓声を上げた。みんな笑顔で、心から歓迎されていると思えた。ちょっとしたスターになった気分だった。本当に日本では、ウィッチは好意的に受け入れられてるんだなー。
「うるさい。だから、勉強とか教えてやってな。じゃああそこの席ついて」
窓際に近い、空いている席が私の机だそうだ。
そこまで歩いていると、通路の座っている人が手を振ってくれる。凱旋パレードしている女王の気分だ。
男子生徒から握手を求められた。私ってもしかしてスター? スターになっちゃった?
「今度一緒に遊びに行こうね」誰かしらない女の子からお誘いを受けた。みんなやさしいなあ。
自分の席に着く時に「ねえねえ、何色の魔法少女ですか」って聞かれたから、
「赤やで」
と、答えた瞬間、凍えるように教室内が静まりかえってしまう。
今まで情熱的に迎えられてたのに、何で?
「……もしかして、暴走事故の?」
「あ……」
はい、やりました。やってしまいましたよ。隠さなきゃならない事を、私自身が告白してしまいました。
この前やってしまった五條暴走事故。ここ20年で最も酷いという「ウワサの事件」として、ニュースにもなったあの事件。そうですよ。元凶は私ですよ。
「ああああ、あれはでも、私も知らないうちにああなったんで……」
「うおおおお、すげー!」「ニュースで見た見たー!」「さすがやるなあ魔法少女は」「俺もケツ叩かれたい」
ええ?どういう事ですか? どういう意味ですか? この反応は批判や侮蔑ではなく、好意的と受け止めていいのかな? 最後の意味はやはりわからなかったけど。
「なあなあ、窓ガラス割って」
「は?」
「あほ。それやったらステッカー貼られへんやろ」
「ああ、じゃあ壁ぶち抜いて」
「それええな」
言っている意味がわかりませんよ。………………わかるけど………………
どうやら、魔法少女が物を壊した時に貼るステッカーの現物を見たいって事のようです。
暴走した時も、お詫びに行った時にあのステッカーを貼りました。
あれは私たちの刑罰のひとつで、恥じるべき教訓にするために貼るものであり、決してファッションやカッコイイために貼るわけじゃないのです。
でも、あのステッカーや看板を貼ると、商売繁盛・家内安全になるというジンクスが出来上がっており、類似のステッカーなどが売られているのです。
机に顔を伏せてあの事件のことを恥じた。そして、この時間が早く過ぎ去って欲しいとただ願うばかりだった。
これからの学校生活、一体どうなるんだろう?
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こちらの作品は
ゾーンウィッチエイド
https://kakuyomu.jp/my/works/16817330648542556298
のスピンオフ作品です。
ぜひ本編もよろしくお願いします
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