案山子になったもへじ

案山子（かかし）になったもへじ

　昔（むかし）、ある所（ところ）に、もへじという子（こ）がいました。

　もへじは何（なに）をやってもダメで、文字（もじ）は何度（なんど）教（おそ）わっても書（か）けるようになりません。数（かず）も数（かぞ）えられません。かけっこをしたらビリばかりでした。

　もへじの家（いえ）は農家（のうか）でした。お父（とう）さんに言（い）われて、手伝（てつだ）いをさせられるのですが、こちらも失敗（しっぱい）ばかりでした。

「お前（まえ）は本当（ほんとう）に何（なに）も出来（でき）ねえな。」

　ある日（ひ）、もへじはお父（とう）さんにそう言（い）われました。

　もへじは悲（かな）しくなりました。

　文字（もじ）を書（か）けるようになりたいのに。

　数（かず）を数（かぞ）えられるようになりたいのに。

　かけっこで一番（いちばん）になりたいのに。

　何（なん）でも出来（でき）るようになりたいのに。

　でも、お父（とう）さんの言（い）う通（とお）り、もへじは何（なに）も出来（でき）ないのでした。

　こんな時（とき）、もへじは森（もり）へ行（い）きました。

　森（もり）へ行（い）くと、鳥達（とりたち）がもへじに向（む）かって鳴（な）いてくれるのです。

　ピーピー

　チュンチュン

　それはもへじを元気付（げんきづ）けているようで、もへじは、いつもうれしくなるのでした。

　そんなある日（ひ）、もへじはお父（とう）さんに言（い）われました。

「最近（さいきん）、鳥（とり）が米（こめ）をつついて食（た）べてしまうんだ。お前（まえ）は田（た）んぼに立（た）って、鳥（とり）が来（き）たら追（お）いはらえ。お前（まえ）でも、それくらいは出来（でき）んだろ。」

　もへじはいつも鳥（とり）にうれしい気持（きも）ちにしてもらっているので、いやだと言（い）うと、お父（とう）さんはおこってこう言（い）いました。

「こんなことも出来（でき）ねえなら、家（いえ）から追（お）い出（だ）すぞ！」

　もへじは家（いえ）を追（お）い出（だ）されたくないので、仕方（しかた）なく、田（た）んぼへと向（む）かいました。

　田（た）んぼに行（い）くと、鳥（とり）がお米（こめ）を食（た）べにやって来（き）ました。もへじは追（お）いはらおうとしますが、やっぱり出来（でき）ません。鳥（とり）はいつも、もへじをうれしい気持（きも）ちにしてくれるのです。

　気（き）が付（つ）くと、鳥（とり）を追（お）いはらえないまま、日（ひ）が暮（く）れそうになっていました。

　このままでは、お父（とう）さんに家（いえ）を追（お）い出（だ）されてしまいます。

　そんな時（とき）、また鳥（とり）がお米（こめ）を食（た）べにやって来（き）ました。

　追（お）いはらいたくない。

　でも、追（お）い出（だ）されたくもない。

　もへじはなやみました。

　たくさん、たくさん、なやみました。

　そして――

「…う、うわあっ！」

　もへじは意（い）を決（けっ）して、大声（おおごえ）を出（だ）して鳥（とり）を追（お）いはらいました。

　もへじが家（いえ）に帰（かえ）って、鳥（とり）を追（お）いはらったことを伝（つた）えると、お父（とう）さんは大変（たいへん）喜（よろこ）び、初（はじ）めてもへじをほめてくれました。

「もへじ、お前（まえ）もやれば出来（でき）るじゃねえか。」

　もへじはちょっぴりうれしくなりました。でも、それ以上（いじょう）に悲（かな）しくなりました。

　次（つぎ）の日（ひ）も、お父（とう）さんはもへじを田（た）んぼに、鳥（とり）を追（お）いはらいに行（い）かせました。

　もへじは鳥（とり）を追（お）いはらいました。

　もへじはもっと悲（かな）しくなりました。

　次（つぎ）の日（ひ）も、もへじは田（た）んぼで鳥（とり）を追（お）いはらいました。

　もへじはもっともっと悲（かな）しくなりました。

　その次（つぎ）の日（ひ）も、もへじは田（た）んぼで鳥（とり）を追（お）いはらい、もっともっと、もっと、悲（かな）しくなりました。

　もへじはたえかねて、森（もり）へ行（い）きました。

　でも、もへじをこわがって、鳥（とり）はもへじに近（ちか）づきません。

　いつものように鳴（な）いてくれません。

　元気付（げんきづ）けてくれません。

　もへじは悲（かな）しくなって、わんわん泣（な）き出（だ）しました。

　もへじは、次（つぎ）の日（ひ）も田（た）んぼへ行（い）かされました。

　鳥（とり）を追（お）いはらうのはもういやです。

　でも鳥（とり）を追（お）いはらわなければ、お父（とう）さんに家（いえ）を追（お）い出（だ）されてしまいます。

　もへじはなやみました。

　すごくすごくなやみました。

　そして神様（かみさま）にお願（ねが）いしたのです。

「神様（かみさま）、助（たす）けて下（くだ）さい。」

　すると、もへじの体（からだ）が光（ひか）り出（だ）しました。

　光（ひか）って、光（ひか）って、そして光（ひかり）がすうっと消（き）えた時（とき）、もへじは案山子（かかし）になっていました。

　案山子（かかし）はわらです。動（うご）けません。鳥（とり）を追（お）いはらわなくてもよくなりました。

　案山子（かかし）はわらです。心（こころ）がありません。悲（かな）しくなることはもうありません。

　もへじは今（いま）も、案山子（かかし）のまま田（た）んぼにいます。

　あ、見（み）て。鳥（とり）が案山子（かかし）のかたにとまっています。案山子（かかし）の顔（かお）を見（み）て、何（なに）かチュンチュン鳴（な）いています。

　君（きみ）にはどう見（み）えますか？

　案山子（かかし）は動（うご）けません。泣（な）いているように見（み）えますか？

　案山子（かかし）は心（こころ）がありません。うれしそうに見（み）えますか？

　もへじは鳥（とり）を追（お）いはらって泣（な）くことはありません。良（よ）かったですか？

　もへじは鳥（とり）に鳴（な）かれてもうれしくなりません。良（よ）くなかったですか？

　君（きみ）の目（め）に、案山子（かかし）になったもへじは、どう映（うつ）っていますか？