第34話 封印されし傷跡

 そのときは、気配で目が覚めた。


 悪い気はしない。


 むしろ満ち溢れるような強い力だった。


 近くにいることを悟り、ふぅっと息を吐いた。逃げてばかりではいられない。


 体を起こすと今までの気だるさが嘘のように思えた。


「もう大丈夫よ」


 窓を開けてそう告げると、直ぐ側で腰掛けていた彼は顔を上げる。


 心なしか、ずいぶん疲れて見える。


「ただでさえ忙しいんだって聞いているわ。こんなところにいちゃダメじゃない」


 たとえ未来ではもてはやされる存在になろうとも、今はただの一般人なのだからこき使われる覚悟は持たなくてはならない。


 わたしの顔を見るなり、その表情は色を取り戻していく。


「アイリーン……」


 信じられない……と言わんばかりに立ち上がるからの視線はわたしを離さない。


「助けてくれて、ありがとう」


 会いたくなかったし、会ったら会ったで何で言えばいいのかわからなかったけど、やっぱりわたしたちは幼馴染なのだろう。


 一度会話を交わせば、そんな不安は消え去っていく。


 だからこそ、今までだって離れたくても離れられなかったのだけど。


「少しだけ、そっちに行ってもいい?」


「うん」


 答えると同時に、彼はひょいっと身軽に窓を越えてくる。


 さすがは未来の勇者様である。


 というよりもよく見る光景にわたしも自然と受け入れていた。


 夜の闇に小さな風が吹く。


 大きな月明かりだけがわたしたちを照らしている。


「もう本当に大丈夫なのか?」


「平気よ」


 本当はずっと寝ていたのだけど、これ以上彼を心配させてはいけないと思った。


「いつも心配して見に来てくれてたんだって姉さんたちから聞いていたわ」


 今にも彼が崩れてしまいそうに思えた。


「ごめんなさい。弱っているところを見られたくなかったの」


 わたしなんかのために、そんな顔をしないでほしかった。


「ごめんなさい」


「腕は?」


「えっ?」


「腕は、もう痛くない?」


 そっと触れられた左手にじんわり熱がこもる。


「変わってあげられたら良かったのに」


 わたしの傷のことを言っているのだろう。


 見せたことはなかったけど、彼は当時のわたしのことを知っている数少ない人間のひとりだった。


「アイリーンを守りたいんだ」


「うん」


 逆光で表情はよく見えなかったけど、彼がつらそうに見えたから嫌だな、と思う。


「十分守ってもらっているわ。テオには感謝してるの」


 わたしも、アイリーンのときでなくてもいつもいつも。


 あなたはわたしを守ってくれている。


「魔物が出たって知ってるよね」


「姉さんが言っていたわ」


「今朝、王宮の人間たちが現れて、街を調査して行ったんだ。その中に術師たちもいて、街に結界を張ってくれた」


「うん」


 知っている。


 知っているわ。


 だって、彼らは……


「収穫祭は中止になった」


「うん」


 ぽつりぽつりと語る彼の感情はわからない。だけど、


「もっと練習の期間が増えて安心したわ。来年はもっともっと自信を持って完璧に舞えるようにしてみせるから」


 努めて明るく言ってみた。


 来年の今ごろ、収穫祭が無事に行われていたら、の話だけど。


 テオには変わらず笑っていてほしかった。


 

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