第33話 魔物退治と魔術師の結界

「……んっ」


 ひんやりしたタオルが頬に触れ、ゆっくり重いまぶたを開く。


「あら、アイリーン……調子はどう?」


「姉さん……」


 ぼんやりした視界の先にクロエ姉さんの笑顔が見えた。


「迷惑かけてごめんなさい」


 あれからどれだけ寝ていたのだろう。


 もやもやと霧のような夢が続き、寝ても寝ても眠くて眠くて、起き上がることさえままならなくなった。


「あなたは頑張りすぎなのよ。たまには家族を頼りなさい!」


 額の汗を拭ってくれる姉さんの声色は優しい。


 何にもできないから努力だけはさせてほしいのだ。


 もちろん、こんな風になってしまった以上、何も言い返せないけど。


「早く良くなってね」


「……うん」


 うなされるときには決まってみる夢があった。


 愛理の世界の夢や未来の巫女と勇者の物語やおどろおどろしい魔物が現れる夢。


 だけど、今のわたしは灰色の世界の中をさまよっていた。


「誰よりもアイリーンのことを心配している人がいるんだけどなぁ〜」


 わざとらしく大げさな動作で姉さんは笑う。


「やっぱり嫌?」


 誰のこととは言わないけど、言われなくてもわかっていた。


「い、嫌だ。こんな姿、見せたくない」


 というか、会うのが嫌だ。


 なんだかとっても気まずいのだ。


 どうしたらいいかわからない。


 何度もテオからの面会願いはあったものの、そのたびに姉さんたちに頼んで断り続けていた。


「毎日毎日空いた時間に店に顔を出しているのに」


「………」


「休む隙もなく警備に当たっているって聞いているし、ご褒美くらいあげたいと姉さんは思うわけよ」


「や、やめて……」


 そんなの冗談じゃない。


「ぜっ、絶対に怒られるわ……」


 あんな時間に出歩いていたんだもの。


「あなたが元気になったら、わたしたちも同じく怒る予定ではいるのよ」


「……っ! そんな……」


「みんな、あなたが大切なのよ。そこは理解してね」


 再びひんやりとした感触がおでこに触れ、また目を閉じる。


 ふわふわとして気持ちがいい。


 またこのまま眠ってしまうのかもしれない。


「ゆっくり休みなさい。もう大丈夫だから」


「え?」


「街のことも、もう大丈夫」


「そ、そうなの?」


 驚いて再び瞳を開いてしまった。


「魔物が現れたから、これから一週間は急な用事がない限り、女性や子どもは外へ出ないよう発表されたんだけどね」


「えっ……」


 ぎくっとした。


「ま、魔物……」


 やはり、あれは魔物だったというのか。


 それより、姉さん、どうして……


「今日は特に兵士の見回りも増えたし、この国の術師がすぐにでも魔物よけの結界を張り直してくれるそうよ」


 有り難いわね、と姉さん。


 いろいろと進んでいる情報に置いてきぼりになりかける。


「魔物が、出たんだ……」


 ほんのちょっとだけ呆然としてしまった自分がいた。


 やはりあれは魔物で、街は襲われたのだ。


 そうかもしれないと思っていたけど、現実にその話を耳にするとぞっとしてしまった。


 あと一年先。


 一年先だと思っていたけど、予定の日は徐々に迫りつつあるのだ。


 確実にその日に向かって現実は進み出している。


 そう実感させられる。


 軽い魔力が使えるからって喜んでいるだけでは足りない。


 もっともっと強くなる必要がある。


 でも、どうやって。


 あれだけの力を使っただけで疲れてしまうし、左腕から背中にかけて、術式が施されている部分がすぐに締め付けるように痛くなる。


 自分で限界を決めるのは好きじゃないけど、わたしには制限されていることが多すぎる。


 もっともっと考えたいことは山ほどあるというのに容赦なく襲ってくる睡魔に敵わず、いつの間にかまたわたしは意識を失っていた。

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