第26話 再びの悪夢と未来の勇者
「……くっ」
しまった!と思ったのと同時に悲鳴にならない声が漏れる。
それどころではないのに、嫌なことを思い出した。
おかげで咄嗟に左手に力を込めたものの、間に合いそうもない。
大きな口が迫ってきて、飲み込まれる!ととっさに目を閉じた。そんなとき、
「!」
突然宙に浮く感覚に、思わず目を開く。
宙に浮くというより、抱き抱えられていて、いつの間にか場所を移動させられていた。
「え……」
ザクッという生々しい音がして、その大きな口の生き物が動きを止めたのが目に入った。
「やったか」
わたしを抱えた人間が生き物の前に立つもうひとりの人間に声をかける。
「ああ」
ひどく汚いものを触るのように、生き物に刺さった剣を引っこ抜き、嫌な顔を見せた赤毛にそばかす顔の青年に見覚えがあった。
「なんだったんだ、一体……」
そして、わたしを抱えるこの声の主も。
「大丈夫ですか?」
お怪我は?と軽々しくわたしを抱き上げ、その人は笑う。
ああ、また……と、胸が痛くなる。
未来の勇者は、わたしに向かって優しい瞳を向けていた。
「おい、女! こんな時間にちょろちょろうろつくんじゃねぇ!」
わたしの存在を思い出したのか、赤毛がこちらを見るなり凄まじい剣幕で怒鳴りつけてくる。
この人は、たしか……オルガー……
テオとよくいる青年のひとりだった。
物語ではたしか、魔物と戦ったあとに王家から引き抜かれて専属で護衛についたはず……
「おい! 聞いているのか、女ぁ!」
不愉快極まりない呼び方で捲し立てるように怒鳴り続けられる。
「オルガー、落ち着け。彼女も被害者のひとりなんだから……それにしてもひどいな。 なんだこれ……」
赤毛の後ろからまた颯爽と現れたのは、先日会話をした青年、ヨハンだった。
赤毛がギャーギャーと喚いている中、冷静にその生き物を縛り上げる。
「うるさいやつですみません」
と目の前の未来の勇者、テオは苦笑した。
いつの間にこんなにもしっかりした体つきになったのだろうか。
わたしを抱えてもびくともしないその逞しい体に胸が熱くなる。
なにより最近、こんなに彼に近づいたことがなくてドギマギさせられる。
夜の闇でも失われない輝き。
やっぱりきれいな顔をしているなぁとぼんやり思う。
どれだけしっかりした体つきになってもそれは変わらない。
「どこか痛いところでも?」
「あっ……いえ、大丈夫です」
不思議そうに見つめられた青い瞳にとても美しい少女が写っている。
愛理だ。
気の強そうな瞳は変わりなく、守られているような印象ではなかったものの、傍から見たらずいぶん絵になる光景ではないだろうか。
自分の姿で並んでいるわけでもなく、鼻高々にそう思うのはいささか情けないものであるけど、素敵だなと本心から思った。
「甘すぎなんだよ、テオルド! この女が横から変な技でちょっかいさえかけなきゃこいつは狙われることがなかったんだぞ」
「なっ……」
変な技でちょっかいをかけた。
その表現は胸にやりが突き刺さったような気分にさせられた。
「ったく、おい、女! 一体何なんだよ、あれは……」
「オルガー!」
テオの静止にしぶしぶながらもようやくオルガーは口を閉じる。
「何もなくてよかったです」
いつも、みんなに囲まれて余裕の笑みを浮かべている姿やわたしに接してくれているときのテオの顔しか知らなかったけど、この人は誰に対しても親切なのだな、と思った。
「ですが、彼の言うことも一理あります。無茶なことはしてはいけませんよ」
何もなくてよかったです、と彼の瞳は憂いを帯びていて真剣そのものだ。
か、完璧だ。
ただ怒鳴るだけではだめだ。
こう言われると感謝の気持ちや申し訳ないと思える気持ちが改めて生まれる。
「た、助けてくださって、ありがとうございました」
頭を下げる。
勇者には頼らなくても大丈夫だとさきほどまでえらそうにしていた自分が恥ずかしくなる。
結局わたしは何もできなくて、守られたことが悔しい。
彼らが来てくれなかったら、わたしは今頃あの生き物のお腹の中にいたはずだ。
それも見ると無惨な姿で。
そう思うとぞっとした。
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