第22話 名もなき乙女の持つ力

 湯煎したお鍋の中で、先日すりおろして作った色粉を少しずつ混ぜ合わせ、新しい色合いが生まれていくのをじっと眺める。


(もっと、強力な何がを……)


 得られるなら得られるだけ力が欲しい。


 お仕事が終わったあと、しばらくの間は『ポリンピアの魔術師』として活動することは休ませてもらうことにした。


 前向きに頑張ると決めたのだから、もっと具体的に様々な解決策を見つけたいと思ったからだ。


(もっともっと……)


 絡み合う液体を目で追い、頃合いを見計らって左手をかざす。


 小さく光を宿したそれは、わたしの手の中にふわふわとした球体となって収まっていた。


 これが限界だ。


 だけど、もっともっと可能性を広げたい。


 一連の出来事以来、わたしの持つ魔力は大幅に封じられていて、普通の人の半分も力を発揮することができない。


 だけど、メイク用品に力を込めたのと同じように、何か道具を通してならほんの少しはこの魔力も使い道があることを知った。


 あまり大げさなことをしてしまうとまた王家の人たちに連行されてしまう恐れもあるからほどほどにしかできないものの、できる範囲のやり方で武器を使用して少しずつ訓練を重ねてきたのだ。


 もちろん、人知れず。


 過ぎ去った五年の間に自らも体感し、起こった大きな出来事は、愛理の持っていた書物の中で勇者によって美琴に向けて語られた過去の出来事と全く同じタイミングで起こるものがほとんどだった。


 たとえば、三年前に突然の天災が原因で起こったがけ崩れは移動の際に不便なものだったこと。おかげで物資が運ばれてこないと大きな問題になった。


 また、二年前の強風の影響で近くの教会の屋根が吹き飛ばされた話など、未来が予知されたかのように物語の中でもしっかり語られていた。


 避けられそうな些細な出来事などは何とか対処しようとどれだけわたしが試みても結局書物の中の出来事は現実化してしまう運命にあった。


 そのため、現実を受け入れるしかなかった。


 信じたくなくてもその時はやってくる。


 一年後に魔物たちが街を襲ってくるのは間違いないだろう。


 どんな魔物がやってくるかはわからない。


 それでも、物語の出来事は絶対だ。


 魔物がやってきた日について語られた作中の出来事はあまりにもひどいものだった。


 勇者が登場し、彼は街の平和を守ったあとに、世界を守るために街を出ていく。


 勇者・テオがいなくなったそのあとに魔物がやってこないとは限らない。


 では、そんなタイミングで誰がそれらの前に立つのかと考えた時に、ただ逃げているだけの存在でいたくなかった。


 いつまでも現実から目を背けてはいけない。


 ただただ守られてばかりはいられないのだ。


 いろいろ試した結果、わたしの手に一番馴染むのはやはり自身が作り上げたメイク用品の数々だった。


 蜜蝋を溶かして色素の粉末を混ぜて作った紅が一番の自信作なのだけど、それを使用して宙に文字やイラストをえがくとそれらが形となり浮き上がって、わたしの思い通りに操ることができた。


 あとは、近くにある棒状のものに魔力を注ぎながら攻撃をするのも効果的だ。


 もともと道具の扱いに長けていないから近距離からの攻撃は最悪手段で、できるだけ離れた距離からの攻撃ができるように試行錯誤を繰り返している。


 今のところ、わたしのできる攻撃というものはどれも長期戦で使用するにはとても難しいと思う。


 それでも時間を稼ぐくらいの効果はあるはずだ。


 叶うものならこれらは一生使用することがないよう願いたいものだけど、使うべきときが来たら全力で使っていきたいと思っている。


 こんな練習をするときは、アイリーンではなく愛理のほうが都合が良かった。


「あっちに逃げたぞ!」


 普段は平穏が自慢のポリンピアの街ではあるが、人々がほとんど外へ出ることのない夜になると治安が悪くなる地域もある。


 兵士たちが躍起になって酔っ払いを追いかけている光景を見かけるのも珍しくない。


 そんなとき、わたしも実力試しに人知れず街を訪れ、こっそり彼らに力添えをしていた。


 情けなくもわたしの攻撃力はまだまだ力不足のため、技を披露したところで大きな影響をあたえるわけではないのだけど、兵士たちが気づいたときに捕獲対象者に一瞬の隙を作ることはできた。


 もちろん、こんなことは非力で平凡だと知られている仕立て屋の娘の姿ではできないため、愛理の姿は助かっている。


 実のところ、愛理はわたしにとっての何者なのかはわからない。


 全く持って似ても似つかわしくないし、彼女の存在が本当に実在するのかもわからない。


 勝手に姿を拝借するのもよろしくないとは思うものの、彼女との出会いをきっかけにわたしはわたしらしく自分の日々を確立しつつあった。

 

 わたしは愛理という存在に感謝している。


 勇者に頼らなくてもやっていける。


 そう思えるようになったことはわたしにとって大きな進歩だった。


 今、できることを一生懸命こなすことは自信に繋がった。


 また、街の方で騒がしい声が聞こえる。


 急にじんわり痛みだす左腕をさすりながら、わたしは今日も夜の街に飛び出した。

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