第23話 モブキャラは戦闘に参戦する

 騒ぎの方へ向かうと、時計台のある大きな広場での出来事だった。


 もうすぐ収穫祭が行われる場所である。


 ひとりの男が奇声を発しながら暴れていた。


 酔っているのだろうか。


 設営準備やら何やらで、すでに街人たちが少しずつ用意を進めているのを目にしていただけに、このタイミングで暴れられたら大変だとものの影からその様子を眺める。


 六人の兵士が両サイドから囲むように男に近づく。


 またか、とため息が出る。


 季節の変わり目は羽目を外しやすいのか、自身を開放しすぎてまわりに迷惑をかける者も少なくない。


 今回もそのたぐいの騒ぎだろう。


 いずれは魔物が襲って来て、街のみんなを恐怖のどん底に叩き落とす。


 それでもわたしたちはともに助け合って生きていかないといけないというのに、ずいぶん平和ボケしている。


 ひとりに対して六人もの兵士がいるのなら出る幕はなさそうだな、とぼんやり考える。


 そんな時、


「う、うわあああああ!」


 兵士のひとりの叫び声にびくっとする。


 男の奇声がいやらしい笑い声に変わる。


「え?」


 そして、目に見える光景に唖然とした。


 男が口を開けて、大きな牙を見せたところだった。


「ど、どうして……」


 考える間もなく、兵士のひとりが噛みつかれ、耳を劈くような悲鳴が広場一体に広がった。


 影に浮かぶ男の影にぞくっとした。


 暴れているのは男だ。


 でも、その影は男の影をしていない。


 その姿は……


「ま、魔物……」


 この雰囲気を覚えている。


 あのときの恐怖がそのまま蘇る。


 『禁断の森』へ足を踏み入れたときに遭遇してしまったあの生き物だ。


 がくがく……と心なしか体中が震えだす。


 怖いのだ。


 悲鳴はまたひとり、またひとりと増え続け、地面には無惨な血しぶきが飛ぶ。


 血を流しながらも兵士たちは戦おうとしていた。


 じりじりと距離を取りつつ相手を挟む。


 指先が自分のものでないくらい揺れている。


 だけど、怯んでちゃダメだ……


 ポケットに忍ばせていた紅に手を伸ばす。


 毎朝わたしが使用しているローズピンクの鮮やかな発色が目に映る。


 左手に力を込めると小さく光が瞬き出す。


『自信を持って!』


 どこからともなく声が聞こえた。


 大丈夫。


 みんな言ってくれていた。


 落ち着けば大丈夫だから、と。


 大丈夫。大丈夫よ。


 魔力が少しずつ集まりだした左手に紅を持ち、ゆっくり宙に一本線を描く動作をする。


 すると、ローズピンク色の長い線上の物体が指の動くあとについてふわふわと浮かび上がり始める。


「捕らえて。あのいきものが動けなくなるくらい、しっかりと」


 震える声が音となる。


 その瞬間、ローズピンク色の線は暴れる男めがけて一気に飛び込んでいく。


 眩い光とともに光が男に巻きつく。


「えっ?」


 驚いた兵士たちがたじろいだのがわかる。


 いつもこうして陰ながらともに応戦していて、どこからともなく現れる謎の攻撃(しかも決して強力とはいえない)に混乱をさせてしまって申し訳なくは思っている。


 だけど、出ていくわけにもいかない。


「くそっ!」


 ほんの少しだけ、男の動きを封じることに成功する。


 あまり長くは持たないのだけど、兵士たちもその様子に気がついたのか、その隙を見落とさず、男に向かって一気に飛びかかる。


 そこからはあっという間だった。


 どうやら無事に捕獲できたようで安堵する。


「ふう……」


 ゆったり息を吐き、震える左手をさする。


 まだまだこれくらいのことしかできないけど、もう少し精度をあげられるように努力したい。


 油断をしたら、体からすべての力が抜けてしまいそうだった。

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